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14.殊勝な態度

「やはり、身に流れる血は品性となって表れるのですわね。卑しい女は見た目も下品ですもの。雑草がよくお似合いですわ」


 アイリスがうんざりしているのを怯んでいると受け取ったのか、ストロベリーブロンドの令嬢は調子に乗ったようだ。

 得意げな顔でアイリスを見下した発言をしてくる。

 令嬢のドレスには、百合をかたどったブローチが飾られていた。アイリスのものとほぼ同じだが、色は金色だ。彼女も王妃の侍女なのだろう。

 元々の顔立ちは整っているはずなのに、悪意に歪んだ顔は醜く見えるものだと、アイリスはそっとため息をついた。

 そして、驚いた顔を作り、アイリスは口元を押さえる。


「まあ……私のことはともかく、こちらのカトリーナ王女殿下のことまで侮辱するなんて……これは不敬罪……いいえ、もしかしたら王家に対する反逆かもしれませんわ……なんて恐ろしい……」


 わなわなと震えながらも、はっきりとした声でアイリスは言い放つ。

 その途端、令嬢はぎょっとした顔で、アイリスの隣にいるカトリーナに視線を向けた。そして、唖然として立ち尽くす。

 どうやらアイリスに気を取られて、カトリーナにまで注意が向かなかったらしい。

 輝かしい金髪に鮮やかな濃い青の瞳という王家の色彩を見逃すなど、随分とそそっかしいことだ。


「早く誰か呼んで、この反逆者を捕まえていただかないと……」


「ちっ、違いますわ! 王女殿下のことを侮辱したわけではございません! 私はこちらの身の程知らずな女に……」


 令嬢は、慌てて言い訳を叫ぶ。

 その後ろから、人影が近付いてくる。アイリスははっとしたが、必死な令嬢は気付かないままだ。


「……何の騒ぎだ」


 現れたのは、レオナルドだった。

 気怠そうな顔で騒いでいる令嬢を眺める。

 口をつぐんだ令嬢は振り向き、そこにレオナルドの姿を認めると、ほっとしたような笑みを浮かべた。


「レオナルドさま! この卑しい女が……」


「お前に名を呼ぶことを許した覚えはない」


 だが、訴えようとした令嬢を、レオナルドは冷たく切り捨てた。

 令嬢は愕然とし、信じられないといった表情で固まる。


「それに、私の愛するアイリスへの侮辱も聞こえたようだが」


 レオナルドはアイリスの隣にやってくると、肩を抱き寄せながら言い放つ。

 ますます、令嬢の顔色が悪くなっていく。


「そ……それは……」


「この場で斬り捨ててやりたいところだが、アイリスの目に汚いものを見せたくはない。見逃してやるから、さっさと失せろ」


 レオナルドが吐き捨てるように言うと、令嬢はガクガクと震えながら後ずさる。

 足がもつれてうまく動かないようだが、それでも精いっぱい急いで逃げていった。


「……レオナルドさま、手を……」


 未だ肩を抱き寄せたままのレオナルドに対し、アイリスはか細く抗議する。

 すると、レオナルドは苦笑しながら手を離した。


「カトリーナさま、嫌な思いをなさったでしょう……カトリーナさま?」


 気を取り直してカトリーナに声をかけたアイリスだが、カトリーナの様子がおかしいことに気付く。

 先ほどまで元気だったはずのカトリーナは、青い顔をして俯いていた。

 その姿を見て、アイリスは血の気が引いていく。


「ま……まさか、私が長い間、外に連れ出していたから……」


 カトリーナは病弱だと聞いていたのに、花冠作りでずっと芝生にいたのだ。

 何も気遣わなかった自分の責任だと、アイリスは罪悪感がわき上がってくる。

 だが、レオナルドは首を横に振った。


「いや、違う。アイリスのせいではない。後で話す。……カトリーナ」


「だ……大丈夫です、歩けます……」


 カトリーナは弱々しく答えると、俯いたときに落とした花冠を拾うため、屈もうとする。


「私が拾いますわ、無理なさらないで……」


 アイリスは慌てて花冠を拾う。それを確認して、カトリーナは安心したように微笑む。

 たかが花を編み込んだだけの簡素な品が、王女ともあろう者の心をこれほど捉えたのかと、アイリスは胸が苦しくなる。


「少し休めば良くなります……だから……」


「小離宮で休んでいろ。夕食まではまだ時間がある。少し寝てから、皆で食事にしよう」


 必死に訴えようとするカトリーナを、レオナルドは優しく遮る。

 すると、カトリーナがほっとした表情になり、笑みを浮かべた。


「アイリスもそれでよいか?」


「え……ええ、私はもちろん構いませんわ……」


「ならば、部屋で待っていてくれ。私はカトリーナを小離宮に連れていく。戻ったら話をしよう」


 レオナルドはカトリーナを連れて、ゆっくりと歩き出した。

 カトリーナは自分の足で歩いていたが、アイリスは不安でじっと見守る。

 二人の後ろ姿が見えなくなってから、アイリスは言われたとおり部屋に戻っていく。


 アイリスが落ち着かない思いを抱えながら、与えられた部屋でじっと待っていると、やがてレオナルドがやって来た。

 とても長い時間に感じられたが、窓から差し込む日差しは柔らかく、まださほど経っていないようだ。


「レオナルドさま、カトリーナさまは……」


「問題ない。小離宮で寝ている。それにしても、随分と気にかけてくれているようだな」


「それは当然、私が連れ出してしまっていたので……だって、あのように冷遇されているなんて……」


 アイリスは、カトリーナにかつての自分を重ねていた。

 良い扱いを受けていない彼女を助けることで、かつての自分を救いたいのかもしれない。

 ぐっと拳を握りしめ、アイリスはレオナルドに向き合う。


「どうしてレオナルドさまは、カトリーナさまを冷遇なさいますの? 王女ともあろう方が、ドレスは汚れてほつれもあって……病弱だというのに……」


「待て、何か誤解がある」


 言い募ろうとするアイリスを、レオナルドが止めた。

 アイリスはおとなしく口をつぐんだが、どういうことだと訝しげな眼差しをレオナルドに向ける。


「病弱と言われる理由については後で話すが、基本的にカトリーナは健康だ。ドレスが汚れてほつれていたのは、壁の抜け道を潜ってきたからだろう」


「え……?」


 予想外の内容に、アイリスは固まる。

 壁の抜け道とは、先日レオナルドが教えてくれたものだろうか。わざわざそこから侵入してくるということは、意外と行動的なのかもしれない。

 いや、それもあまりの寂しさで、勇気を振り絞って決行した可能性もある。


「気に入った者相手に殊勝な態度を取るのは、やはり私の妹だな」


 戸惑うアイリスを眺め、レオナルドはぼそりと呟いた。

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