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13.花冠

 今にも剣を抜きかねない勢いで、レオナルドが睨み付けてくる。

 殺気が立ち上り、気に入らない者は斬り捨てるという噂が真実味を帯びる姿だ。

 怯えて震えるカトリーナを抱き締め、アイリスはレオナルドを見上げながら、微笑みを浮かべた。


「花冠を作っていただけですわ。ああ……そういえば、芝生にそのまま座るというのは淑女として、はしたなかったかもしれませんわね。でも、せっかくのお誕生日なのですから、これくらいは大目に見てくださいませんこと?」


 飄々としたアイリスの言葉に毒気を抜かれたのか、レオナルドから殺気が消えた。

 しばしアイリスとカトリーナを眺めた後、レオナルドは大きなため息をつく。


「……カトリーナ、早く戻れ」


 冷たいレオナルドの声に、カトリーナはびくりと身をすくませる。


「あら、せっかくお近付きになれたのに、これでお別れなんて嫌ですわ。私はカトリーナさまと、もっと一緒に遊びたいのです。レオナルドさまもご一緒にいかがですか? レオナルドさまの花冠も作って差し上げましてよ」


「……いや、遠慮しよう」


 額を片手で押さえながら、レオナルドは諦めたような吐息を漏らす。勢いを失い、疲れ切ったような様子だ。


「カトリーナ、アイリスが気に入ったのか?」


「はい……!」


「そうか……ならば、よい。後ほど行くつもりだったが、来たのならその必要はないな。私は仕事が残っているので、戻る。体調には気を付けるように」


 淡々とした声で言い捨てると、レオナルドは去っていった。

 とりあえずは認められたようで、アイリスはほっとする。


「アイリスさま……凄いです。あのお兄さまに対して堂々と……しかも、お兄さまが認めてくださるなんて……これが愛の力ですのね」


 すると、カトリーナが目を輝かせてアイリスを見つめていた。

 アイリスは何も言えず、苦笑するしかない。


「あれほど私に対してお怒りになっていたのに、アイリスさまがお口添えなさると、私の体調までお気遣いくださって……愛とは本当に人を変えますのね」


 夢見るように呟くカトリーナの言葉に、アイリスはひっかかりを覚える。

 レオナルドは母を思い出すのか、妹であるカトリーナを遠ざけているというのは、これまでに聞いた話だ。実際、遠ざけているのは確かだろう。

 だが、先ほどレオナルドが怒りを向けていたのは、カトリーナではなかった。今にも斬り殺しかねないような殺気は、アイリスに向けられていたはずだ。

 もしあの場でアイリスが不審な行動をすれば、斬り捨てられていたかもしれない。


 レオナルドは、アイリスがカトリーナに害を及ぼすのではないかと焦ったというのが、もっともそれらしく思える。

 いくらアイリスを溺愛しているように見せかけても、本当に信用しているはずがないので、当然のことだろう。むしろ、本音が出たといえるかもしれない。

 カトリーナのことを本当に疎んでいるとは思えなかった。


「アイリスさま、本当にもっと一緒に遊んでくださいますの?」


 己の考えに沈み込んでいたアイリスを、カトリーナの声が引き戻す。

 慌てて、アイリスはにっこりと笑う。


「え……ええ、もちろんですわ。次は何をいたしましょうか」


「私も花冠を作ってみたいです。教えてくださいますか?」


 カトリーナは傾いた花冠を直しながら、嬉しそうに答える。


「ええ、もちろんです」


 微笑んで頷くと、アイリスはまだたくさんあるピンク色の花を持って、カトリーナに教えていく。


 アイリスが最も疑問を抱くのが、今の状況だ。

 レオナルドがアイリスを警戒したのは当然と思えるが、それならば何故二人で行動することを許したのだろうか。

 おそらく周囲に見張りがいるのだろうが、それでもアイリスがその気になれば、一瞬でカトリーナをどうにかすることなど簡単だ。

 レオナルドの意図がわからない。


「うまく通りませんわ……ええと、ここをこうして……」


 もっとも、アイリスにカトリーナを害する気はかけらもない。

 一生懸命花冠を編もうとするカトリーナを、アイリスは微笑ましく見守る。


「できましたわ……!」


 しばらくして、花冠が出来上がった。カトリーナは誇らしげに花冠を掲げる。

 ゆっくり丁寧に編み込んだためか、初めてにしてはなかなかの出来だ。


「どうぞ、アイリスさま! ……アイリスさまのように、うまくは出来ませんでしたけれど」


 はにかみながら、カトリーナはアイリスの頭に花冠を載せる。

 頑張って作ってくれたカトリーナの心が嬉しく、アイリスは自然と顔がほころぶ。


「まあ、ありがとうございます。とても丁寧で、良い出来ですわ」


「……これで、おそろいですわね」


 頭に花冠を載せた二人は笑い合う。

 そうしていると、風が少し冷たくなってきたことにアイリスは気付く。日暮れが近付いてきたのだろう。


「そろそろ、戻りましょうか」


「……はい」


 アイリスが切り出すと、カトリーナは表情を曇らせる。

 楽しい時間はこれで終わりで、一人帰されると思っているのだろう。


「一緒に、王太子宮に戻りましょう。レオナルドさまに、夕食を皆でいかがですかと伺ってみますわ」


「……本当ですか?」


 目を見開いて、カトリーナはアイリスを見つめてくる。

 その目は驚きと期待に彩られていた。


「ええ、もちろんです。風が冷たくなってきましたし、カトリーナさまのお体に障るといけませんわ。行きましょう」


「はい……!」


 カトリーナの曇っていた表情は、すっかり晴れ渡る。

 二人は芝生から立ち上がると、花冠を載せたまま歩き出す。

 それでも庭園を抜け、建物が近付いてくると、カトリーナは緊張してきたようだ。アイリスは力付けるように、カトリーナの手を握る。


 すると、王太子宮の中から誰かが出てきた。カトリーナは身をすくませるが、出てきたのはドレス姿の令嬢らしかった。

 ふわふわとしたストロベリーブロンドが目に入り、アイリスは彼女をどこかで見かけたことがあるような気がする。

 ストロベリーブロンドの令嬢もアイリスに気付いたようで、近付いてきた。


「……まあ、随分とみすぼらしい髪飾りですこと。でも、田舎の村娘が精いっぱい着飾ったようで、お似合いですわ」


 アイリスの花冠を見て、ストロベリーブロンドの令嬢は嘲笑う。

 いきなり喧嘩を売られたことに、アイリスはため息をつきたくなってきた。

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