全異世界不遇職王者決定戦
ここは第二皇都の貧民窟の一角。いまにも崩れ落ちそうな建物の部屋に、五人の男女が集まっていた。
「だからよぉ……なんでこんなにモンクが不遇なんだよ! RPGとかじゃたいてい強キャラだろうが!」
酒瓶を片手にクダを巻いているのはスキンヘッドの男だ。全身に引き締まった筋肉をまとっており、強者のオーラを放っている。そしてなぜか酒の肴になっているのはいかにも甘そうなケーキだ。それを素手でむしりながら食べている。
「いやー、そりゃ無理っしょ。化け物相手に素手で戦うとか現実的に考えたらどう考えてもムリゲーwww」
ゲラゲラと笑いながらモンクを煽るのはいかにも軽薄そうな男。これ見よがしに高価そうなアクセサリーを身に着け、ケン玉で遊んでいる。なお彼の前にもケーキがある。
「踊り子よりずっとマシでしょ……。この前なんか、また仲間に襲われかけたんだから……」
深いため息を吐くのは長髪をポニーテールにまとめた茶髪の美女である。水着のような服の上に半透明のベールを羽織っており、いかにも扇情的だ。
「けっ、自業自得だろうが。だいたいお前なら酒場で踊るだけでも稼ぎになるんだろ? おれは毎日毎日ヌルゴブリンを狩るしかねえ」
「だからそれが余計嫌なんでしょ! スケベそうな親父ばっかり寄ってくるし、冒険に出ればパーティ仲間に襲われそうになるし、ホント最悪」
「お、今日も始まりましたねえ。全異世界不遇職王者決定戦www」
「「おまえは黙ってろ!!」」
軽薄そうな男が軽口を叩くとモンクと踊り子が声を合わせて怒鳴る。案外息が合っているのかもしれない。
「だいたいよぉ、こんなもんでも持つとデバフがかかるっておかしくないか?」
モンクがテーブルに置かれたフォークを一瞬だけ持って、すぐに青い顔になって手放す。
「モンクは素手で戦うんだろ? 武器が持てねえのは仕方ねえじゃんwww」
「日用品まで持てねえなんて聞いてねえよ! これでぶん殴ったら武器の代わりになるか……なんて想像したら石パンすら持てなくなりやがった!」
石パンというのはこのあたりでよく食べられている保存食で、棒状に硬く焼き締めたパンである。軽いので武器としては適さないが、名前の通り石のように硬い。
そろそろ説明をしておこう。いま集まっているのは昨今の創作界隈でよく見かける、いわゆる異世界転移者だ。日本で普通に暮らしていたら、ある日突然真っ白な空間に召喚され、女神からお好みのスキルをもらってこの異世界にやってきたテンプレ的存在である。
そして説明が遅れたが、ヌルゴブリンとはこのあたりに生息するゴブリンの亜種で、名前の通りめちゃくちゃヌルヌルしている。全身からヌルッヌルの液体を分泌し、そこら中に撒き散らす害獣である。モンクはそれを毎日素手で狩っているので、冒険者仲間からはそういう特殊な趣味を持つやべーやつだと思われて敬遠されている。
「前も聞いた気したんだけどさ、どうしてわざわざモンクなんてマイナー職選んじゃったの? 普通なら、剣士とか弓使いとか、そーいうのあるじゃん」
「踊り子を選んだお前に言われたくねえよ。……ちょうどな、レトロゲーの攻略を装備・アイテム一切なしの縛りでやってたところだったんだから、ついなあ……」
モンクは前世ではゲーム実況者としてそこそこ名の知れた存在だった。配信用の動画を撮影中に、突如女神に召喚されたのだ。縛りの条件を考えると、素手の戦闘でバフがかかるモンクが最適だったのである。
「それによ、道具に頼らず強ぇ魔物をぶっ飛ばしてくってやっぱロマンあるじゃねえか!」
「ホントそういうとこよね。ゲームと現実一緒にしてどうすんのよ」
「だからお前には言われたくねえ!」
反論された踊り子がむっつりと口をつぐむ。ちなみにこの踊り子は日本ではいわゆる踊り手として有名であった。
「でけえ魔物とかよ。基本的にリーチ長えんだよ。素手じゃ近づく前に弾き飛ばされちまうし、やっと近づいて手刀を突き刺しても急所まで届かねえし……ムリゲーどころかクソゲーじゃねえか!」
「当たり前じゃんwww デカイんだからwww」
モンクが軽薄な男をにらみつける。が、男が身につけている高価な装身具を見て、ため息をついて肩を落とす。この異世界における成功度合いで比べると、圧倒的にこのチャラ男の方が格上なのだ。視界に入れるだけで格差社会を痛感させられる存在なのである。
ちなみにこのチャラ男はいわゆるクラス転移でこの世界にやってきたのだが、その際にノリでケン玉使いという職業になった。そんな職業になってどうすんだと冷静な者たちは思ったが、これが案外と有用で、中遠距離では紐につないだ球を鎖分銅のように扱い、近距離では柄で突き刺すなどする万能型の戦闘職となっている。
いまでは第二皇都有数の実力派冒険者として名高く、彼に憧れた子どもたちの間でケン玉が大流行しているほどだ。なお、ケン玉のパテント料は彼の有力な収入の一つとなっている。
「そういえば踊り子ちゃんはさ、なんで踊り子ちゃんなわけwww」
「ダンスが好きだったからよ……。それに、最前線で戦う戦闘職とか絶対ありえないし。華麗に舞ってパーティを強化する踊り子とかぴったりだと思ったの!!」
セリフの後半から半ばキレ気味になった踊り子がテーブルを叩く。
「踊りが視界に入らないと効果がないってどういうことなのよ? 味方を強化するにはわたしが一番前に突っ込まなくちゃいけなくて、おまけに戦いが終わったらアガり過ぎちゃった仲間がわたしに性的な意味で襲いかかってくるし! 詰んでんじゃん! まじで詰んでんじゃん!」
「そりゃダンスは見ねえと意味ねえだろ……」
モンクの冷静なツッコミに踊り子はまた不満げに口をつぐむ。ちなみに、味方に襲われかけたときは慌てて萎えさせる効果の踊りに切り替えているのでいまのところはすべて未遂で終わっている。
「皆様方はまだマシですよ……。私なんてもう日の当たるところを歩けないんですから……」
口を挟んだのはフードをかぶった陰鬱な雰囲気の男だ。吸血鬼にでもなったのだろうか。
「れ、錬金術師なんてさ、勝ち確の職業じゃん。いまからでもなんとかなるって」
「そうですよね……。ぜんぶ私のやり方が悪かったせいですよ……」
踊り子の励ましを皮肉と受け取ったのか、錬金術師が陰鬱にひひひと笑う。
「金でもミスリルでも材料さえあれば好きに作れるからって調子に乗った私がぜんぶいけないんですよ。やり方さえ間違えなければ、このチートでハーレムでも作って一生ヌルゲーを楽しめたのに、ひひひ、ひ、いまねえ、爆弾の材料を集めてるんですよねえ」
錬金術師の不穏な発言に一同がぎょっとする。ちなみに、この錬金術師は自分で作り出した金銀財宝を売って派手に遊んだために憲兵に目をつけられ、窃盗、強盗、偽金作り、詐欺その他の嫌疑をかけられ、重大経済犯として最高クラスの賞金首になっている。
「ああ、そうか。そうだよねえ。井戸にクスリでも撒いて歩こうかな……」
続いて不穏な発言をしたのはボロボロの黒いマントを羽織った女だ。
「や、薬剤師だってさ。人の役に立つ仕事じゃん。いまからでも心を入れ替えて、ね?」
「だから最初から悪いことなんてしてねえって言ってんじゃねえか!」
薬剤師と呼ばれた女が激高してテーブルをバンバンと何度も叩く。その表情は目が釣り上がり、眉間に皺が寄り、まるっきり般若である。
「はぁ、はぁ、ごめんなさい。最近ちょっと気分の浮き沈みが激しくて」
そう言うと薬剤師は懐から取り出した錠剤をジャラジャラと手のひらに載せ、一気に酒で飲み下した。先ほどサイコパスな発言をした錬金術師も含めて全員が固まっている。薬の効果で落ち着いたのか、再び話し出す。
「最初はさ、怪我とか病気を治せる薬を作れるならさ、一生左うちわだと思ったんだよね。でもさ、どこの誰ともわからない女が作った薬なんてさ、誰も買ってくれるわけないじゃない……」
異世界だろうが、地球だろうがそのあたりは一緒だろう。見知らぬ人間から手渡された「薬」と称するものを無警戒に試そうという者は皆無である。
「だからさ、まずは慈善活動で評判を上げようと思って、スラムの乞食に薬を配ってたらさ、貧民を使って人体実験する魔女がいるって……。なんで! なんで! なんでなんでなんでなのよぉぉおおお!」
再び激発して机を叩き出す薬剤師に一同は何も口を挟めない。
なお補足すると、彼女が薬として配った解熱剤は効果が高すぎて服用した者は全員が凍死していたし、痛み止めと称して配ったものは摂取すると全身麻痺に至って何も感じなくなるという代物だった。
「はーい、お待たせー。次のケーキ焼けたよー」
お通夜を通り越して真冬の南極状態になった空間に春風を届けたのはひとりの女だった。
「あれ? どうしたの? なんか暗くなっちゃってー。ほら、新作のチーズケーキだからさ。みんな食べて感想聞かせてー」
目の前に配られたチーズケーキに全員が目を奪われる。見た目はシンプルなチーズケーキだが、香ばしくも濃厚な甘酸っぱい匂い。全員が配られたケーキを食べて思わずほっこりする。
「まさかねー。ちっちゃいころの夢が異世界で叶うなんて全然思わなかったよねー」
無邪気な発言に、モンク、踊り子、錬金術師、薬剤師の四人は一瞬むっとするが、あまりの天真爛漫さに噛み付くセリフさえ思いつかない。正面から戦えば到底かなわない、という理由もあるが。
「毎日毎日好きなケーキを作れて、お客さんにも喜んでもらえて、ホント最高だよね! 異世界転移!」
女が就いた職業は「ケーキ屋さん」だった。突然女神に召喚されたのを単なる夢だと思い、小さなころに憧れていたケーキ屋さんという職業を希望したのだった。この世界にやってきてからは、屋台の手伝いからはじまって、いまでは周辺の都市にまで支店網を広げる甘味店のオーナー社長となっている。
彼女は備わった能力により、魔力と引き換えに何もない空間からケーキを作り出すことができる。ケーキ作りの過程そのものが楽しいのだと言って、その能力を行使することは滅多にないが、その気になれば人間をまるまる飲み込めるサイズの巨大ケーキも一瞬で作り出せる。一度荒れて彼女の手製のケーキを乱暴に扱ったモンクがケーキの山に埋められて以来、誰も彼女には逆らわない。
この六人がこうして月に一回程度の集まりをするようになったのもケーキ屋がきっかけである。「え、異世界にショートケーキ? ショートケーキなんで?」的な反応をしていたところに声をかけられたのである。
貧乏だったりお尋ね者だったりする面々にはそうそうありつけない甘味を味わえる場だし、ケーキ屋としては地球の味を知る人間たちからの貴重な意見を聞ける。ケン玉使いに関しては、ただ面白がって参加しているだけだが。
「ちくしょう……。おれだって何か一山当てられねえかな。楽して儲けられる仕事でもありゃあよう」
思わず愚痴をこぼすモンクにケン玉使いが応える。
「ヌルゴブリンは、もうからないってかwww」
おあとがよろしいようで。
「ハゲだけに、もうけがないってかwww」っというサゲも考えましたが、使い古されすぎていると思ったのでこちらに。
同じ世界観を舞台とした長編小説を連載中です。この作品を楽しめていただけたなら、ぜひそちらも。
なお、本来のこの世界にはジョブだのスキルだのといった概念はありません。転生者だけの特典? チート? 呪い? 的なものですね。
『三十路OL、セーラー服で異世界転移 ~子だくさんになるか魔王的な存在を倒すか二択を迫られてます~』
▼#小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n3279hb/