太陽神との戦い
『ロックスピア!』
「ブレイズエッジ!」
リッチの放った岩槍を大回りに避けたヒナに、炎を帯びたアカリの斬撃が襲い掛かる。
これだけならアカリ側が優勢であった。しかし、イオヴェニルが甲高く鳴くと共に空から赤い雨が降り注ぎ、アカリとリッチを濡らしていった。
「……寒い……、」
単なる雨の冷たさではない。微かな死臭を纏うそれは体にまとわりつき、生命力さえも奪っていくようだ。
実体がないはずのリッチさえも同様で、明らかに最初より動きが鈍りつつある。
『なんだこの雨……、身体が、重く……これがマサキの言ってた奴か……』
概念ともいえる存在だからか、挙がった名の少年とはまた別の変化をしてしまっている。
リッチの目はよりいっそう紅が強くなり、白い仮面のヒビからは血のような筋が多く漏れ出していた。
アカリに関しては外見上の変化は見られないが、それでも肌にやけどを負ったようなヒリつきは感じており、マサキやユイのようになるのも時間の問題かもしれない。
「早めに勝負をつけないといけない、のに……近づくことすらできない……!」
最初は罪悪感に苛まれていたが、たった今ヒナの首を斬り落としたところで彼女は全身を溶かし再生を始めて立ち塞がってくる。
何度も似たような光景を目の当たりにしていると、さすがに最初よりは恐怖や罪の意識も薄らいできた。
それはそれで、人として何か大切な物を失っているようでもあり、文字通り心を削られているような思いもあるが。
「げぶっ、ごぶべべっ……! いびび、いびび……!」
もはや言語にならない何かを発し、刀を振り回すヒナ。
こちらはもはや時間稼ぎで、雨で弱らせる方が本命なのだろうと理解こそすれ、あまりに予測不能な攻撃に火の鳥に接近することすらままならない。
「……ぁっ!」
そんな折、ついにアカリが雨に濡れた床に足を取られて転倒した。
ヒナがそんな場面を見逃す筈もなく、すかさず接近してその頭部を狙って刀を振り下ろした。
『何してんだクソガキッ……!』
リッチが間に入ったために、腹部から下を一気に切り裂かれる。
傷自体はローブが裂けたようにしか見えない。だが、そこから炎上し彼の肉体は激しく燃え上がっていく。
雨が降っているのに、確かに体は濡れている筈なのに。
『ぁっ、ガァアアアアッ!』
「……リッチ!」
炎を振り払いたくとも、アカリにはそうするための術がなく悲鳴まじりに名を呼ぶしかない。
そうしている間にもヒナが体勢を立て直し、再び刀を構えつつあった。
――このまま戦っていても、じわじわと命を削り取られるだけなのではないか。
イオヴェニルの圧倒的な力の前に、絶望が心を侵食していく。
歯の根が鳴り、足の力が抜けかけたその時――
「ディスペル!」
ふと、高らかに声が響いた。
瞬間、もがき苦しむリッチの身体から呪いの炎が消え去った。
元来た道の方角を振り返る。
そこに立つのは、今しがた解呪を放ったばかりのフィル。そして、アデルにシオン、何故かヒトガタを一体捕縛しているエーデルの姿だった。
「みんな……っ!」
「お待たせしました……!」
――ヒナが言い放った、『どうせ仲間はここに来ない』という言葉が蘇る。
彼らは、来てくれたのだ。自らの力で抜け出して。
「あり、えナ……いィイイイイィ!」
半壊した顔面で、醜い怒号を撒き散らしながらヒナは絶叫する。怒りを叩きつけるようにして剣を振り下ろすが、ただ力に任せただけの乱雑な一撃などアカリは容易くかわしてしまう。
──そんな折、だ。
『ヒナ、──よね、嘘よ ネ?』
不意に、声がした。声質からして中年女性のものと思われるが、周囲に該当する人物がおらずアカリもヒナも不可解そうにその方角を見遣る。
そこには、天使に捕縛された赤い人影の姿。
そこから、電話機独特のノイズがかった声で、ヒナの母親の声が聞こえる。
「お、母さん……?」
「えっ! 何で?」
ヒナが声の主を呼ぶものの、なぜそんな人物から電話が届くのかわからずアカリまでもが動揺した。
「職員室の電話の側にさー、『桜井陽奈の母親』って書いたメモがあったんだよねー。で、掛けたらコレ」
と告げるエーデルに捕まったまま暴れもがく赤いヒトガタの意思とは関係なしに、顔面から垂れ下がった受話器からヒナの母はしゃべり続けている。
『ヒナ、いるんでしょう? ちゃんと──そこに、』
「……娘が死んだ事が認められないのだろうね。メモが貼られていたということは、一年経っても学校に電話を掛けつづけていたのだろう」
シオンの声音は微かに沈んでいた。
安易に着信拒否にするわけにもいかず、教師陣も困っていたのだろう。この番号から掛かってきたらこういう対応をするように、と周知されていたのかもしれない。
――痛ましい話だ。最愛の娘が自殺したなどと、容易に受け入れられる話でもないのは想像に難くない。
「……おが、……さ……」
ヒナの動きが、止まった。目はヒトガタの方に釘付けで、微かな声でもう一度母を呼ぶ。
何度も必死に娘を呼ぶ声に誘われるように、無意識に一歩、また一歩と歩みだしているようだった。
「……子供を捨てるような親もいるのに、お前の親は死んでもずっと子供を追いかけるほど愛してるんだな」
まさに前者であるアデルが、そっと呟いた。
どうせ誰も来ない、とアカリに言い放ったヒナは――それは自分も同じだと思っていたのだろう。だが、それは勘違いだった。
学校にはそんな者はいなかったかもしれない。だが、アカリが言ったようにその外には求めてくれる人がいた。
肉体も正気も失っても、それでもヒナの事を覚えていてくれる家族が。
少女は受話器を拾い上げる。崩れた体が人の形を取り戻していく。
元通り澄んだ声で、電話口にそっと呟いた。
「……おかあ、さん……私、ちゃんと……ここに、いるよ」
しん、と静まり返った。誰もが沈黙した直後、電話の向こうから聞こえる嗚咽。何度も娘の名を呼び、存在を喜ぶ者の声のみが空気を震わせる。
一拍遅れ、火の鳥が鳴いた。絶叫に近いそれはヒナを――神子を必死に呼び止めるが、既にその声は耳に届かなかった。
やがて、ヒナは一粒涙を零し。
燃え尽きたように、全身を灰にしてその場に崩れ去った。
火の鳥が絶叫し、消え去っていく。異形となっていた人々もまた悶え苦しみ、電話や埋め込まれた血肉を全身から吐き出して人の姿を取り戻していく。
気づけば、空は晴れていた。




