仲間のために
――きっと、一年前までのアカリならばヒナにほぼ全面的な同意をしてしまっていただろう。
だが、今の彼女には我が身を投げ出してまで他者を救おうとするような、心の清い仲間がいた。
そういった者が存在することを、知ってしまっていた。
世界を一度滅ぼして再生すれば、ヒナの言う通りもっと善良な人間が増えるのかもしれない。
だが、よしんば消えるのが大多数が醜い人間ばかりだったとしても――今を生きる仲間たちを犠牲にするなど、考えられないことだった。
「……もしあなたの言っていることが本当だったとしても、自分の好きな人だけしか考えていないただのエゴですよねぇ」
「そうだね、あたし、世界すべての事を考えられるほど偉大な人間でもないし。……けど、それは桜井さんだって同じじゃない?」
咎めるように告げたヒナだったが、今まで押し黙りがちだったアカリが即答することに少し驚いた様子で目を丸くしていた。
続けざまに、アカリは言い放つ。
「確かにあなたは可哀想だったし、それを助けられなかった私も負い目を感じてるよ。だけど、自分が見た範囲だけで世界すべてが醜いって決めつけて、すべてを滅ぼすって言うのは違う。……見えていないだけで、善良な人もいたし、その人達にだって大切な仲間がいたんだ」
よもや否定されるなどとは思っていなかったのだろう、ヒナはというと――見る間に表情をゆがませ、アカリを忌々しそうに睨んでいた。
「あなたなら私の言い分を理解すると思っていたのに!」
言うが早いか、一気に距離を詰めて刀を振り下ろしてきた。
感情に任せた大振りな一撃だったために辛うじて横に飛んでかわせたが、かなり速かった。風を切る音に肝を冷やす。
次の一撃に備えて身構えたものの、どうやらヒナは肩を揺らして笑い出したようだ。
「……ふふ。まあ、その自慢のお仲間ですけど。信じ切っている割に、未だに来てくれないみたいですけどね。あなたより大事な人がいるから心が囚われているんでしょうね」
「……どういうこと?」
問いかけには、言葉ではなく行動で答えたようだ。
ヒナの頭上の空間が歪み、迷宮と化した学校内の様子を映し出す。
そこには何も見えない闇の中を進むフィルとアデルの姿があった。両者とも焦燥が見え、何も見えないまま無防備に暗闇を突き進んでいる。
「あれは電話から聞こえた声の主を探しているんですよ。……小流さんじゃなく。決してあなたじゃなく! あなたなんてその程度の存在だから、あの二人は術にかかって抜け出せない!」
徐々に語気を増し、最後に至っては叩きつけるような強さだった。
彼女の言う通りアデルもフィルも幻覚が見えているのだろうし、彼女の言う通り心にアカリよりも大きな比重を持つ存在がいる可能性もあった。
だが、ここまでムキになるのは――アカリが大切に思われている訳がない、それ以外認めないという意思の表れだった。
――認めてしまえば、孤独な者同士だったはずのアカリだけに仲間ができヒナだけが未だに一人であると、この世界にも絆というものが存在したと認めたことになるから。
「……あの二人の中であたしは一番じゃないかもしれない。けど、今まで一緒にいた時間であたしを大切にしてくれたことは間違いない。だからあたしは――」
「黙れぇええええええっ!」
腹の底からの怒号が、アカリの声を遮る。
力に任せた大振りの一撃だが、人の限界を超えた速さで繰り出される斜め上からの斬撃がアカリに迫る。
――避けられない。
本能がそう察した。だが、ここで死ぬ訳にもいかない。
ここで死ねば、次は術中に嵌まった二人にその刃が向いてしまうから。
ならばせめて差し違えようと覚悟を決め、剣を咄嗟に突き出した。
――瞬間、突如として切っ先から爆炎が発生した。
「――きゃあああぁっ!」
ヒナが爆風によって吹き飛ばされる。火の鳥の側まで転げていく彼女を、何がなんだかわからないままでアカリは見届けていた。
「……今の、何で……って、この剣」
フェネシア城を出て以来、精霊の力を感じる機会がほぼ無かった剣。
それが今、目に見える形で赤い光を放っていた。
それに気づいた時、唐突に感じる懐からの振動。
どうやらスマートフォンに着信があったようだが、こんな時に何故電話がかかってくるのかが理解できず少女は眉根を寄せた。
そのような得体のしれない着信に、まして敵との戦闘の真っただ中で出るという選択肢はない。が、電話はおろかポケットに一切触れていないにも関わらず着信音が途切れた。
突然どこかの誰かに繋がったようだが、ノイズがひどい。しかし、二秒ほどの間をあけてようやくその中から男の声が聞こえてきた。
仲間の中ではアデルやシオンが低い声域を持っているが、彼らよりもさらに低く重みのある中年の声のようだ。
「――アカリ、デクスターだ。……騎士団長の……」
その名前は知っている。だが、直接の面識はないはずだ。
――精霊剣の元持ち主の名前。思わず、遠い昔に亡くなった筈の彼の声が聞こえる理由が理解できず目を瞠った。
「ここは――あの火の鳥の、……力で、霊魂の影響が強い。それに、支配が、他の世界にまで及んでいるから。だから……こうして、剣を介して、介入できる。……ここに来るまでは、君の周りを薄く照らす程度しかでなかったが、今は声も届けることができるし――こうして、支援することもできる」
彼が告げた瞬間、アカリに向けて飛んできた巨大な火の弾が直前で爆ぜ、周囲に火の粉を残して散っていった。ヒナが放ったものからデクスターが守ってくれたらしい。
どうやら仲間と離れてからも視界が拓けていたのは彼のお陰だったというわけだ。
「……ありがとう。正直、あたし一人じゃ神様なんて倒せる自信なかったから……」
今も、とてもではないが倒せる自信があるとは言えない。だが、先程までの完全に孤立した状態を思えば幾分――否、段違いに士気が向上してきていた。
既に立ち上がりこちらを見据えている少女に、向き直る。
「最も強く干渉できるようになったのは、アカリが……仲間の事を強く思った瞬間だった。かつての私の想いと重なったからだろうか。」
ふと、アカリは古城で初めて剣を手にした日のことを思い出す。
あの時も剣が反応を示していたが、それは今話している騎士団長の死体を前にした時だった。
今もまた、剣に埋められた宝石が同じ輝きを取り戻している。それは持ち主の魂に反応しているからなのだろう。
「――いける、……って、思わないとだめだ。デクスターさん、パイロープ、あたしに力を貸してっ!」
ヒナの方も地を蹴り、こちらに接近し始めたようだ。振った刀に炎が宿るが、あちらは昏く深い色を持ち、こちらは明るい色を持っている。
同じ炎でも、まるでそこに宿る意思を表しているようだった。
――接近、向こうから来る直上からの斬撃を左にかわし、こちらは横一文字の斬撃を繰り出す。しかしそれはもう片方の刀に止められ――剣戟の度に、炎と炎が激突し火の粉が舞い散った。




