隣県を抜けて
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「もうどれくらい経ったっけ……流石に景色も変わってきたね」
ひたすらに線路沿いを歩き続けてきた日々を思い出しながら、ある日アカリはぼやいていた。
民家で敵に周囲を徘徊された日があったが、あの後店舗や小規模な旅館と場所は変えつつもあれと似た経験を既に何度もしてきていた。
だがそれらを懐かしく語るような口調になるのは、都内に戻ってきたことである程度ビル状の集合住宅が増え、窓が少なく上階を陣取れるようになってきたからだ。
集合住宅はその構造上隣の住人との境目を壁にせざるを得ないため、特に少人数世帯向けであればあるほど一軒家に比べれば窓の数を減らさざるを得ないだろう。
日常であればそれに閉塞感を感じたかもしれないが、こんな世界であればむしろありがたい限りだ。壁が多いということはそれだけで敵の視線が遮れるのだから。
「一週間までは経ってないかも? もう隣県から抜けたし建物も近代的になってきたねー」
――一週間。
確かネット上で検索をかけると、計算上は徒歩で丸一日をかければ朧駅から赤烏駅までたどり着けたはずだ。
だがそれはあくまで敵襲などは一切なく、睡眠も休息も全く考慮しなければという話であるから――現実問題、その通りに行くはずもない。
「最初は見た目の雰囲気で宿泊場所を選ぶ傾向もありましたが、最近のアカリはもっぱら質素なマンションばかりを選びますよね」
「そりゃ……ねぇ……。あんな経験何度もしたら雰囲気だのロマンだのより安心の方が優先になってくるよ」
フィルの発言にアカリが返すのは、苦々しい顔。
今語った通りだ。もはや心身の疲労を考えたら、見てくれや小奇麗さより安全面を最重要視する他ない。
「それに、だんだん敵の数が多くなってきた気がするし、無理もないと思うのだよ」
「敵の本拠地が近いって事になるのか、人口の問題なのかって話だな」
シオンやアデルが言うように、実際敵も数を増してきている。
地形的には山の多い隣県を抜けたため格段に歩きやすくなっている筈なのだが、彼らが述べたように敵の数が多いためむしろ進み具合は落ちていると言えた。
「どっちもありそう……。でもこの感じだとあともうすぐ赤烏市に着くだろうし、そうしたら本格的に桜井さんを探さないとなぁ」
とはいえ生前仲が良かった訳ではないので、どこに家があるか見当をつけねばならなかった。
「で、アカリンも家の場所知らないんでしょ? 具体的にどーすんのさ」
「やっぱり一度学校に行くしかないと思う。職員室とか事務室には何かしら生徒の情報があると思うし」
なかなかにアバウトな発言だが、もはやそれ以外ヒナについての情報が得られる気がしない。
一度怪異とも呼べる現象に遭遇しているため本音を言えば行きたくない場所だが、索敵能力が飛躍的に上昇した敵がうようよと周囲を闊歩している状態であちこち無駄に歩き回る方がよほど怖かった。
「じゃあこのまま赤烏高校を目指す流れになりますね……。お話を聞いた限りでは道路にいるものと似たような人型の敵が出そうな感じでしたけれど」
もうだいぶ駅に近いが、土地勘のないフィルは未だに周囲をきょろきょろと見渡していた。
アデルもまた同じであったが、シオンとエーデルは普段通りである。
とはいえこの二人も道を知っているわけではなく、性格の問題が大きいだろう。
まあ要するに、アカリが先導して赤烏高校に向かうしかない。
「あたしが先頭に行くから、後ろの守りはよろしく」
我ながら少しは場慣れした発言ができるようになった、と少女は思う。
人生においてまだまだ平和に過ごしてきた年数の方が圧倒的に多いが、それでもここ最近は平和など縁遠く最低一回は戦わざるを得ない状況に身を置いているため、嫌でも変わらなければならなかったというのが現実だ。
物悲しいやら何やら、複雑な気持ちを抱きつつアカリは赤烏高校を目指して歩いていく。
†
「……え」
赤烏高校の校門が遠巻きに見えた瞬間から何か悪寒のようなものを感じていたが、その段階ではまだ気のせいかもしれないと思っていた。
が、いざ正面に立ってみてその直感は正しかったと少女は思う。
校庭の隅に植えられた、季節を無視して咲き乱れる紅色の桜の樹。
マサキと共に訪れた時とは比較にならないほどの人型が闊歩する校庭は、もはや彼らに見つからずに突っ切ることは不可能と言えるだろう。
まだ時刻は正午にすら達していないが、窓の中の教室の様子は全く見えない。
それほどまでに濃密な闇が充満し、外からの光を全て拒絶していた。
「どーなってんのあれ……」
「全く見えねぇから中の様子が全然わからねぇ……どこから入るのが正解なんだ?」
以前は窓からの侵入を試みたが、あれは二人のみであったからできた技である。
五人が一人ずつ入るにはあまりに隙が多い上、経験上敵は一度鍵を開けた扉を閉じることは少ないというのがアカリの見解だった。
「多分開いてると思うから、正面にある昇降口から入ろう。まあダメだったら窓からで……」
――という提案が自然に出てくる結果になる。
「あの人数は流石に相手にしきれないだろうし、また幻影の魔術でも使うかね」
今までもあまりの大人数が相手になりそうだった場合、シオンがパーティ全体に姿を消す魔法をかけて敵をやり過ごすという方法を取ってきたのである。
なのでそうなるのも当然の流れなのだが、ここで再びアカリが口を開いた。
「待って、学校の校庭ってびっしり砂利がまいてあって足音がすっごくうるさくなるの。姿を消してもバレるんじゃないかな……」
学校というものに詳しいのはアカリのみであるため、率先して危険そうな情報を伝えておく。
やはり他は全員そこまで気が回っていなかったようで、どうするべきか首をひねらせていた。
「まあ結局は全員渡らなきゃ中に入れないけど、せめて昇降口が開いてるかは事前に知りたいよねー。最初は僕かシオンちゃんが単独で飛んで調べにいく?」
足音を完全に消す方法は空中を移動することだ。
エーデルが言うように、それができるのは彼かシオンしかいない。
「では私が行こうか。装備も君に比べればかなり身軽だし、手早く行動できるだろう」
この中ではエーデルが最も重装備のため、隠密や速度を重視した行動となると彼よりはシオンの方が適任であろう。
それは誰もが納得したため、最初は彼のみが校内に向かうことになった。
「……気を付けてね」
姿も消え足音も立たないとはいえ、翼の音や空気抵抗までも消せるわけではない。
それで気が付かれる可能性も大いにあるだろうと思うと、やはり心配が募ってしまう。
が、言い出した本人は余裕そうだ。
「任せてくれたまえ、すぐ帰ってくるさ」
その一言の後には詠唱、そして視界から消えた彼の姿。
もはや見た目ではわからないが、微かに起きた風から飛び立ったことだけを察して彼を心の中で見送っていく。
残された四人は、彼が再び校内から戻るまで黙って待つより他はなかった。




