通話地獄
ヒナからの通話が途絶える。
人が人でなくなる光景を目の当たりにしたのは二度目となるだろう。
否、そもそも人でなかったのだから化け物がよりおぞましい化け物へと変貌しただけなのだろうか。
『も、もじもし……いません、いません……』
『見える、範囲……いまぜ、ん……』
肉体が半分電話と化した肉塊が電話をしている。
どこに繋がっているのかもわからないし、傍から見ていればひたすら独り言を繰り返しているようにしか見えない。
「……一体誰と話しているというのかね」
階下に見える惨状に思わず呟いたシオン。
それに即答できる者は存在しなかった。
当たり前の結果だろう、この中に正解を知る者など一人もいなかったのだから。
「先程飲み込んでいたのは、すまほ……遠くにいる人と話せる装置、でしたっけ? 遠くの誰か、ですとか……? その人の声は聞こえませんけど」
やっとの事でフィルが紡いだ言葉も、単なる憶測にすぎなかった。
「まあさー、誰と話してようが独り言だろうが構わないんだけどさー。なんか発言が気がかりじゃない? 明らかに何かを探してる風だよねー」
ぼやくエーデル。
その間にも確かに彼の言う通り生きるスマートフォンと化した人型は周囲を探るように見渡し、いないいないと譫言のように呟いていた。
「……桜井さんとの通話直後からこうなったよね……もしかして、あたし達を探してる?」
自分でその可能性について言及しておいて、アカリは鳥肌を立てた。
今までは特に何も考えず徘徊し見つけた者を無差別に襲撃するような相手であったが、今度は明確に自分達を探すようになったと思うと、より厄介な相手に変貌したという事にはならないだろうか。
「最初から探す気でかかられると、今まで以上に警戒して進まなきゃならなくなりそうだな。そのサクライ……ヒナだったか? 早くそいつを見つけ出さねぇとまずいんじゃねぇの?」
恐らくまだ完全に位置は特定されていないが、本来のスマートフォンのように彼女と通話されてしまい現在位置が把握されてしまう可能性も否めなかった。
アデルが微かな焦燥感を声音に滲ませるのも無理はない。
「それどころか、今後は見つかって戦闘になっても逃げるって選択肢がなくなるかもねー。本当に通話できるのか謎だけど、ヒナにもそうだし周りと通信して増援を呼ばれるかもってなると逃げずに短時間で倒す必要性が出てくるかなー」
移動中の警戒だけでなく、戦い方も短期決戦に変えなくてはならない。
時間的な足止めに加えて消耗も強いられそうであった。
「……元は、一般人……そんな事言ってられないのはわかってるけど……最小限の犠牲で済ますためには、やっぱりなるべく早く戻ってヒナを見つけないと」
口では簡単に言えるものの、実際はそうはいかないという現実が重くのしかかる。
もう行きのような特急列車が走っているようには見えないし、仮に来るとしても時期もわからなければ今度もちゃんと走ってくれるかどうかわからない。
現実的には乗り物に期待できないので、線路伝いをひたすら徒歩で戻るしかないだろう。
こちらはそう簡単にやられるつもりもない。
だがそれは、言い換えれば移動が長引いただけ犠牲者を出してしまうという話でもあった。
「まあ、んな事言ってたら時間を浪費するだけだし割り切るしかねぇわな」
「移動しなくたってほぼ間違いなく犠牲が出るんだし、さっさとした方がいいよねー」
アデルとエーデルはこの中では比較的簡単に割り切っていた。
「……まあ、仕方ないとは言いいづらいが。正論ではあるのだね」
「……気が進みませんが……確かに、こうなってしまった以上は……」
シオンとフィルもまた最終的には元来た道を戻ってヒナを探す事に賛成したものの、アカリから見ると他の二人に比べれば躊躇いが多かったように見えた。
ちなみに当のアカリはというと、どちらかと言えばシオンやフィル寄りの心情であり二人により共感しているところだった。
「……うん。多分道中何度も見つかることになるだろうけど……それでも、行こう」
再び外を確認するが、比較的接近していた敵数体が今は少し遠ざかっているようだ。
今がチャンスかもしれないとばかりに、全員で出発に向けて支度を急ぎ始める。
†
「困ったなぁ……」
昼月駅を出て一駅半ほどの距離を移動し、もうすっかり周囲の日は落ちていた。
やはり道中で敵に見つかる確率が以前に比べて跳ね上がっており、そもそも常に警戒態勢であることもそうだが、より物音に敏感になったように感じられる。
そのため思ったよりも遥かに進みが遅く、目指していた二駅先の駅には夜までに辿り着けそうになかった。
「別にキリの良さはそこまで重要じゃないけど、隠れる場所が多そうだったり拠点にした時の物資調達の事を考えたらたどり着きたかったよね」
都心ではほぼ見ない、幅の広い川とそれを横断する鉄橋を前に思わず溜息をつくアカリがいた。
行きが特急列車に乗っていたためほとんど駅の間がどうであったか記憶にないのだが、少なくとも眼前の橋は長く、遠くの景色に駅らしきものもまだ伺えない。
「ちょっと博打になっちゃうし、少し引き返して素直に民家でも乗っ取った方がいいかもねー」
駅と駅の間が長いのは昼月から一駅目までも同じであったが、メジャーな駅から遠ざかるほどに店の数が目に見えて減ってきていた。
この付近ともなると線路伝いにはコンビニはおろか個人商店の存在すら伺えず、ひたすら民家ばかりが立ち並ぶ区画になっていた。
「民家かぁ……」
周囲には自然も多く、見晴らしがいい中でぽつんと一件経っている古民家。
そういった光景を歩いている最中に何度も見たが、自分達にとっても敵にとっても死角がなく非常に見晴らしがよい。
この場合どちらに有利に働くのだろうか――などと考えていると、アカリと同じことを考えていたらしいフィルが首をひねりつつ呟いていた。
「どこからでも見えてしまいますし、外に出て見張りをしただけでも敵に見つかって群がられそうですねぇ……こうなると外の見張りは諦めて、家に立てこもるしかないんでしょうか……」
都会のようにワンルームのマンションでもあれば、なるべく上の階の一部屋を確保して玄関と窓に一人ずつ人員を割いておくという態勢も取れたのだろう。
だが、田舎と呼んで差し支えないだろうこの場所ではそんな近代的な建物はまったく持って見当たらない。
目に付くのは和の雰囲気を残した昭和――ひょっとするとそれ以前から建っているかもしれない一軒家ばかりで、それらは総じて窓が多く、強行突破しようと思えば簡単に割って入れる作りになっていた。
「むしろ窓の側にいたら察知されそうだな……カーテンでも閉めてひたすら気配を消すしかねぇんだろうな」
もはや敵に見つかった時点で侵入に関しては諦めるしかなく、今から窓にバリケードを施そうにも時間的にも体力的にも到底無理だ。
ならばアデルが言うように、最小限の労力で身を隠す事だけを考えるのが賢明である。
「ならなるべく庭が狭くて攻撃が当てやすい家にしよっか……あと目立たないとこ」
道路より少し低い位置に点々と立ち並ぶ家々を見渡してみるが、立地的にはどれも似たような条件で選びようがなかった。
仕方なくなるべく小さくて窓の数が少なそうなものを探すが、半ば消去法で選んでも結局選んだのは二世帯くらい住めそうな間取りの一軒家となってしまう。
鍵は空いていたので中に入り、敵がいない事を確認しつつ内側からできる限りの施錠を全員で分担して施した。
民家の窓によくある小さなクレセント型の鍵を回した時に感じたのは、そこはかとない頼りなさと不安だった。




