御月ワイナリー※
「あらぁ、道理で悪魔の割には色が……と思いましたけれどぉ……」
「まあねー、とりあえずシオンちゃんは敵じゃないよー。実際そのおかげでマサきちとユイちゃんが運べた訳だしー」
教会じみた外装や扉であったが、流石に最初の一室は礼拝堂――ではなく、ワイナリーによくある試飲室だった。
テーブル代わりの樽が一定間隔に並べられた空間は、同色の木材で誂えた艶のある床によく生えている。
そんな洒落た空間の奥に、さらに洒落たカウンターが設置されており、椅子がそこにしかないためエマを含めた全員がそこに腰かけて集まっているような形であった。
当然酒を飲みに来た訳でもなく、急いでいるため飲み物は出されていない。
流石に状況が状況のためフィルも物欲しそうな眼差しを周囲に向けるようなことはしていないようだ。
「で、そっちは宗教の影響力が弱い上に武力を行使しにくいカルールクリスにワイナリーに偽装して教会を設置して、できる限り多くの人に月葡萄をばらまいていたと。ここで働いてた人は全員無事……とまでは流石にいかなかったけど、他の人間よりかは軽傷な人が大多数だったんだねー」
此方側の状況も全て話し終わり、エマ側の状況もエーデルが口にした通りだ。
ここはワイナリーの経営を隠れ蓑にしつつ設立されたレネティース教会であり、客が入れない地下などにはそれらしい設備が多くみられる。
御月ワイナリーの関係者も今はそこで療養しており、マサキやユイを受け入れるスペースも確保できるようだ。
それを耳にした瞬間、アカリを含めた数名は安堵に胸を撫でおろす。
「ただねー、どうしても魔力がうっすいからねー。今のところ大丈夫そうだけど、急に容体が悪化しないか心配にはなるかなー」
今のところ太陽神――イオヴェニルの影響で世界が変質し魔法の行使が可能になっているとはいえ、いつ状況が変わるかわかったものではない。
むろん、何もしないよりは格段にマシであるし順調にいけばマサキとユイは徐々に回復していく筈だ。
だが、もし今後侵略があったり施設が破壊されればそれも覆されてしまう。
「とにかく、状況はわかりましたのでお二人を地下に運びましょう。今人を呼びますねぇ」
エマが席を立ち、奥の方に向かっていく。
階段は上下に分かれていたが、そのどちらでもなく側にある『従業員専用』と書かれた看板のかけられた扉を開いていた。
地下は隠された教会になっているという話だったが、客向けにワインセラーか何かになっている部分と区画が分けられているのだろう。
そんな事を考えていたが、アカリ達も負傷者二人を小世界から運び出さないとならない事を思い出して我に返る。
「俺とシオンがいればいいんじゃねぇの」
それを察したのかアデルがアカリを制止する。
この中では最も腕力がある彼と、世界の持ち主――と言っていいかわからないが、一番詳しいことに間違いないだろうシオンが一番適任だろうというのは間違いない。
素直に頷いて二人に任せていると、ちょうどエマが黒服の男達を連れてきたタイミングに間に合ったようだ。
「……なんか、統一性があるようなないような……あと、天使ではないんだね」
思わずアカリの口から出た、正直な一言。
黒い服と言えば無理やり一括りにできるものの、その内訳はバーテンダー風の服から作業に向いた簡素な黒いポロシャツにワークパンツという組み合わせ、その中間としてエプロンと黒いワイシャツ姿という者もいる。
また今連れてこられたのは全員大人の男だが、年齢層は二十代から五十代くらいまでとバラバラだ。
そして何より、天使ではなく全員日本人男性らしい。
「この世界に紛れる以上、現地人の協力は必要不可欠でしたからぁ。一応全員、このワイナリーの経営者や従業員って『設定』になってますよぉ」
マサキやユイを彼らに引き渡し、今しがた自身が通ってきた扉の方へとアカリ達を案内しながらエマがそう告げる。
確かに現代日本を生きる者の前にエマが出てくれば、良くてよくできたコスプレ扱いか、最悪宇宙人か何かとして通報されてしまうだろう。
「いろんな意味でやりづらそうだよねー、この世界ってさー。……ところでこれからレネティース様の加護がめっちゃ強い場所に出る訳だけど。シオンちゃん大丈夫? 引っ込んでた方がよくない?」
少々考えている風でやや歩み出すのが出遅れたシオンに、エーデルが声をかける。
だが彼は己の意思を決定したのか、ややあってかぶりを振ってから答えた。
「まあ、途中で無理だと判断すればそうさせて頂くとするのだよ。月の教会とやらに入れるのは初めてだし、せっかくの機会を逃したくはないからね」
「相変わらず好奇心旺盛というか何というか、まあほどほどにねー」
どうやらそのまま突入する気になったらしく、全員で扉をくぐる流れとなった。
「……創路君……ユイちゃん……」
シオンの発言によると一時期は苦しんで暴れていたこともあったようだが、今はもう全身ケロイドとなりピクリとも動かないマサキとユイ。
見知らぬ人間に運ばれてもなお反応を示さないあたり、もう意識もほとんど無いのだろう。
そんな彼らを見て心配半分とここまで生きていてくれた安堵感半分という複雑な思いを抱きながら、アカリは一人溜息をついていた。
†
扉の先は通常の施設でもありがちな、事務所と思われる机と書類の見える部屋――思われるというのは、書類のおかげでそう判断できただけであり内装はやたらアンティーク調というか西洋風で、およそオフィス風ではなかったからだ――や、こちらもやや装飾過多のトイレに仮眠室、シャワールームまである。
非日常的で清潔感もあり、見ている分にはたいへん美麗で申し分ない。
が、同時にここで毎日仕事をするとなると落ち着かなそうだという感想も抱かざるをえないというのもまた事実である。
「って、よく考えたら毎日ここと似たような場所で過ごすかもしれなかった……」
それどころかそのまま教会に身を置くことになるかもしれない、という事実をアカリは改めて思い出してぼやいた。
その直後に地下への階段が現れ、それを下っていく途中で空気が徐々に澄んでいくような感覚を覚え、なおさらにその事実を意識する。
「……本当に教会だ……」
程なくして、階段を降りきったところで礼拝堂に到着した。
本来ならば一階の入口すぐに設置されているべきなのであろう、広大な部屋。
高い天井には一面に天使たちの肖像画が描かれ、長椅子が並べられた奥には大きな女性の像が置かれている。
「あれが女神様?」
言ってしまえばただの大理石で作られた彫刻でしかないが、それでもなお放つ神々しさから思わずエマにそう問いかけていたアカリ。
目を閉じたその表情は穏やかで慈愛に満ち、人間よりも本数の多い腕はそれぞれ何かを掬うように掲げられていたり、胸の前で合わされていたりする。
羽の枚数もまた天使達よりも多く、それぞれが最も美しく見えるのだろう角度に伸ばされ広げられていた。
天使よりもより神々しく、ましてや人間でもない。
よって第一印象から抱くのは女神という印象。
「よくぞおわかりでぇ。とっても美しいでしょう?」
「あの像、アドロスピアの教会にもありましたね……」
どうやらフィルも見覚えがあるらしく、石像を懐かしそうに見上げている様子だ。
「この奥で太陽に焼かれた人々を治療している大部屋がありますので、マサキさんとユイさんはそちらに安置させていただきますねぇ」
礼拝堂を通り過ぎ、今度は奥にある扉から長い廊下を進む。
回廊状のそれの最奥、ベルベット張りの大扉を開けば礼拝堂と似たような大部屋が現れるが――並べられているのはベッドであり、長椅子は隅の方に少しだけ存在するのみだった。
「……やっぱり、ここにいた人にも被害はあったんだ」
他にも最初に見たそれとは異なるポーズの女神像など色々と見るべき場所は存在したが、ベッドの上に横たわる十数人の方に目が向かってしまう。
マサキやユイほどひどい状態の者は流石にいなかったが、やはり露出した部位に赤いケロイドが目立つ人間が多い。
「治り具合も人によりますけどぉ、やっぱり一貫して遅いですねぇ。イオヴェニルが支配した世の中で、なおかつ辺境の教会じゃぁできる事も限られますよぉ」
天使の少女からこぼれる溜息は、ひどく深い。
「やっぱさー、本体を見つけてぶっ叩くしかないよねー。ここにいるだけじゃなくて、街中うろついてる化け物だって元は人間なんだし」
「本体といっても、どこにいるかわかんのか? そもそも仮にも神相手だろ? 勝てるとは思えねえんだが」
肩を竦めるエーデルに対し、すかさずアデルが横槍を入れる。
「まあ見つけるのは完全に手探りだし、戦うにしても正攻法じゃ勝ち目は薄っすいだろうねー。それでも何とかして勝たなきゃ僕らも皆も終わりな訳じゃん? ほんと頭痛いよ」
実際アデルが言うように、状況は厳しいらしい。
まあ、そうでなければそもそもすぐに世界の状態が好転している筈なのだから当然の話だった。
「見つける、か……ねえ、確か太陽神って人間に依存して復活するんだっけ?」
アカリはふと、自らの懐を見下ろしてスマートフォンを取り出していた。
以前かかってきた着信、その番号、そして時期を思い出す。
「世界が変わる直前に、魔法のない世界でかかってきたありえない電話と徘徊する赤い人間……これって、何か関係あるかな……」
「まあそれも含めて今後全員で話し合っていろんな情報を集めるしかないけど、確かにそれめっちゃ気になってるんだよなー」
「まあ今日は長旅で疲れてるでしょうしぃ、明日また集まって色々今後の事とか決めましょうよぉ。今から皆さん用のお部屋にも案内させていただきますねぇ」
考え込むアカリに対し二人の天使が答える。
彼らの言う通り、今日はまず身体を休める事が先決のようだ。
エマに案内されるまま、一行は再び大扉の向こうの廊下に出て移動を開始した。




