朧駅→御月ワイナリー※
「いやー、もううっざかった……。何あの躾のなってないカラス!」
襲い来るカラスを時折撃墜しながらたどり着いた朧駅は、想像していたよりは広く近代的な駅舎を構えていた。
流石に逃げるのも限界だったのでホームに乗り上げて応戦したが、追手を全滅させる頃には全員が疲弊し、うんざりした様子で悪態をつくエーデルを含め全員が肩で息をしていた。
首都付近でも寂れた駅であれば同程度に寂れた駅は存在するので駅だけを見れば別段田舎に感じることはないが、周囲は相変わらずの山である。
しかしアカリ達が伝って来た線路側だけは比較的平地になった場所へと繋がり、駅舎を抜ければ罅割れの目立つ古さでありながらも久々にアスファルトで舗装された道を拝むことが叶った。
「……山の空気は澄んでるって言うけど……」
本来ならばそう感じたのかもしれないが、依然として赤く染まった周囲の景色のせいであまりそうと感じず、アカリは言葉を濁らせる。
もうカラスが追ってくることもなくなったが、振り返って駅の向こう側の山を仰げばやはり鳥居の上にそれらしく揺らぐ炎の鳥が点在して見えた。
そんな状況なので、いくら視界も地形も拓けていたところであまり晴れやかな気分にはなれなかったが、前に向き直ったところでふと違和感に気づいて目を丸くする。
「……あれ、なんか……葉っぱの色が、違う?」
少し先に見えるのはまた山であるが、今まで見てきたそれとは少し葉の色が違う――というか、今の山々および森が赤黒く染まりすぎているのであって、本来であればこちらの方が普通に近い状態なのだと思い出した。
数日で世界に毒されすぎていたなと感じつつよく見てみれば、やはり血色の桜に寄生されている木々もちらほらと存在はするにしろ、他の場所よりその数が少ないように見受けられた。
「もしかすると、御月ワイナリーとやらが近いのかもしれな……いや、実際近いようだね」
何かに気づいたらしいシオンが、山を穿つトンネルを指さす。
やや遠いため目を細めて確認することになったが、入口付近に建てられた雨ざらしの看板に『御月ワイナリー』という名前が伺えた。
「もうあと一キロもなさそうだねー、まあこれまでの道のりを思えば正直楽勝でしょ」
エーデルはお気楽に構えていそうな雰囲気だが、それは敵が出なければの話である。
だが、この付近には遠巻きにすら敵の気配が伺えず一度は警戒したアカリも不思議そうに首を傾げた。
桜が少なくなっていることもあり、これもワイナリーが近いせいなのだろうかと思い直す。
「……ああ、近いんだろうな。うまく言えねぇが、どうもフィルと行った教会と同じ気配がしやがる」
アカリにはわからないが、実際アデルもそのようなことを呟いていた。
彼はかの教団の信徒ではないにしろ、幼少期からフィルに連れられて教会に関わったからこそ感じるものがあるのかもしれない。
複雑そうな反応ではあったが、この際カラスばかりの山やケロイド人間だらけの道路より数倍マシだという心情はきっと自分と同じだろう、と思いつつアカリは一歩踏み出す。
道が広いためシオン以外はほぼ横一列に並ぶ形で進みながら、白葡萄色の光を湛えたランタンに照らされる古いトンネルへと潜っていった。
†
「……わぁ……」
薄暗いトンネルを抜けた先で思わずこぼれた感嘆。
声が出たのはアカリだけだったが、この場にフィルがいれば同じ反応を示しただろう――と、彼女は思っていた矢先、どうやら一旦彼は相談の後、呼び出されることになったようだ。
そして、この場に現れてすぐ想像した通りの反応をしている。わかりやすい。
まるで空間が見えない壁に区切られていたかのように、今度は周囲にはっきりと澄んだ空気が漂っているのを改めて感じ取る。
それよりも何よりも、少し離れた先には視界いっぱいの葡萄畑が広がっていた。
そして、その奥にはきらびやかな教会――にしか見えなかったのだが、よくよく見れば建物の上部に大きくローマ字で『御月ワイナリー』と表記されている様子だ。
フィルとアデルはそれを読むことができないだろうと思い、アカリは金の切文字看板を指さして彼らに内容を伝えておいた。
「ということは、やっと到着したんですね……もう空気からして違いますけど、敵に入り込まれているなんてこともなさそうですかね……」
「まあそうだったら色々お手上げだよねー。諦めて絶望する準備しとかないと」
外装のみしか見えず、ワイナリー内はどうなっているか想像もつかない。
そんな様子で首を傾げるフィルに対して相変わらずの調子で答えるエーデルだが、常日頃からこの調子なのでどの程度の確率で壊滅しているのかが全く読めず周囲の表情が曇った。
ともあれ、いつまでも棒立ちになっている訳にもいかずパーティは彼を先頭にして葡萄園を進んでいく。
「なんだか葡萄の良い香りが漂っていてお酒が飲みたくなってきますね……」
そっとぼやくフィルに対し、アカリとアデルの目が細められる。
最近は怒涛の毎日で忘れがちであったが、このエルフは幼げな外見に反して酒好きであったことを今更ながらに思い出して、少々懐かしい気分にさせられた。
「中入ったら好きなだけ飲んだくれればいいじゃーん。……あ、そんな事言ってたら早速お迎えが来たっぽいよー」
葡萄園の先に見える、建物同様に白い扉が少しずつ開いていく。
中から出てきたのは中学生くらいの小柄な少女――だったが、その特徴よりもまず白鳥を思わせる大きな羽と、頭上に浮いた金の月めいたパーツに目が向いてしまう。
「エーデル殿と同じ特徴のようだが、彼女も天使かね……」
「まあそういう事だねー。……おーい、エマちゃーん!」
エマと呼ばれ、エーデルに手を振られた彼女はこちらに対してにこやかに手を振り返した。
「よく見つけてくださいましたぁ。けどぉ、エマって言うのはぁ……?」
到着と同時に聞いた少女の声は、それ以上に口調は想像よりも甘ったるい。
若干雰囲気は違うものの、妙に間延びするところはエーデルと共通しているとも言えた。
「これから名前がないと、皆が呼ぶのに困るかなーって。僕もエーデルワイスから取ってエーデルにしてるし、胡蝶蘭に確かキューピッドエマとかいうのがあったでしょー?」
エーデルワイスも天使の花と言われているし、後者もキューピッドの名を関する花だ。
安直だがまあ、名無しは呼ぶのに困るのでそれに異を唱える者もいなかった。
少女天使改めエマも納得したらしく、特に追及や否定をすることもなく全員を見渡してからゆったりと頭を下げた。
癖のある長いストロベリーブロンドの髪が流れていく。
「改めまして、ようこそいらっしゃいましたぁ。なんだか統一感のない御一行様のようですけどぉ、一体どういう経緯で一緒になったんですかねぇ?」
彼女は迷いながら全員を見渡した末、ややあって説明を求めるようにエーデルに視線を固定する。
彼は頷くと落ち着ける場所で互いの状況交換を行うよう提案し始め、エマに導かれひとまず扉の先に通されることになった。




