猿夢 - きさらぎ駅
「ゴブリン……じゃねえよな、何だアレ……」
アデルの呟きが聞こえたものの、勿論彼を含めた誰にも細かく確認している時間など残されていない。
機械剣の駆動音と共に小柄な体格を生かして飛びかかってくる小人の一撃を縦に構えた剣で受け止めては、動き続ける刃の振動に剣を取り落としかける。
「あの変な武器、すっごく厄介……!」
「同意見っつーか、そもそも狭くて戦いづれぇんだよ……まともに剣が振れねえじゃねえか……!」
言いつつも、彼は片手で猿の攻撃を受け止めつつもう片方でその腹に突きを入れたようだ。
一匹が倒れ込むも、その死体を踏みつけて後ろの一体が休む暇も無く雪崩れ込んでくる。
個々の戦闘力は強敵とまでは言えないまでも、数とこの場の地形に適した小ささが驚異となってパーティに振りかかっていた。
左右の座席が邪魔で、真横に剣を振るう事ができない。
そのため動きが大幅に制限されてしまい、今しがたアカリは振り降ろした剣を引き戻すのが遅れ肩に一撃を喰らってしまったところだ。
「――あぐっ……!」
傷自体は浅い。
だが、細かい刃で皮膚と肉を一瞬で引き千切られ掻き回される痛みは単純な裂傷よりも鈍く強い痛みをもたらした。
危ういところでエーデルの放った光刃が小猿を一匹葬ったが、それがなければ怯んだ隙に追撃を喰らっていたかもしれない。
「……うわー、この赤い猿腹立つー。なんか一気に倒せる方法ないかなー……って、……」
「……あれ? 何か暗くありません? ……えっ、外が……」
先にエーデルとフィルが外の景色の変化に気づいたようで、アカリとアデルも戦いながら一瞥だけ向ければ周囲が漆黒に染まっているという事実を認識出来た。
「え、何で……? こんな夜らしい夜、赤い世界になってから来なかった筈――」
アカリが口にした疑問は、突如減速を始めたまめざくら内のアナウンスによって遮られる。
『タだいま 線路内人立チ入りのタメ 緊急停止 致しマス ご迷惑をおカケしマす 申し訳アリまセん』
車内で猿が暴れていても許容範囲なのに、線路内に人が立ち入れば律儀に停止とは一体どういうルールなのだろうか。
とはいえ急ブレーキが踏まれたらしく、社内が大きく揺れた事で小柄な猿が踏ん張りきれずバランスを崩す。
その隙を狙って数体を一刀両断することができ、こちらとしては助かる限りであった。
『次ハ きさらぎ駅 きさらぎ駅 侵入者ガ 立ち退クマデ 出発 イタシマセン』
だが、ふと耳にしたのは路線図上には無かったはずの駅。
それに――聞き間違いでなければ、その駅名は有名な都市伝説に登場する駅名ではなかっただろうか。
「……言われてみれば、この猿も」
鉄道にまつわる都市伝説で、『猿夢』というものがあった事を今更ながらに思い出すアカリ。
足元が覚束なくなったおかげで先程より簡単に猿の数を減らせ、もう全滅させるまで秒読みとなっていた。
程なくして、暗闇の中に列車が停車すると同時にアデルが最後の一匹の首を刎ね飛ばす。
自動扉が開かれ、圧縮空気が開放される音。
まめざくら十号はそのまま停車し続けているものの、窓一枚を隔てた先はどす黒い闇で何も見えずまるで降りる気にならない。
「……アデルとフィルは何か見える?」
「いや、全く」
「右に同じですね」
暗視に長けた二人を恐る恐る振り返るが、どうやら彼らでも全く見えないらしい。
「うーん、きさらぎ駅か……。都市伝説の通りなら確か無人駅で、地下じゃなくて路上に出てる筈だけど……」
それらも全てネット上で流し読みした情報に過ぎず、語気に自信はなかった。
「僕とフィルるんなら照らせるかもしれないけどー、明らかにコレ魔術的な闇だよねー。他にも何があるか解らないし、シオンちゃん呼んでこない?」
エーデルの提案に反対する者はおらず、相談の末フィルと交代する形でシオンが出てくる事になった。
†
「……ふむ、確かに濃厚な魔力は感じるが……太陽神のそれもあるが、それと混在する星神の力も感じるのだよ。緊急停止と言っていたようだが、何かその手の者の干渉があったのではないかね」
「えー、その手の者って要するに悪魔たちの仕業ってことじゃーん。何でこんなとこにいるわけー?」
シオンが出てきて周囲の状況を分析するなり、頭の後ろで手を組みつつ心底不満げに文句を垂れるエーデル。
当のシオンとしてもそれ以上は何もわからず、どうしようもないらしく心なしか困った風である。
「……まあ、無彩の書架と同じ系統の暗闇ということになるね。私にはアカリ殿の言うような無人駅が見えているが、今のところ特に何者かが動く気配は感じられないのだよ。しかしこのまま何もしないでいても進めないどころか、こうなった原因にどんどん接近される恐れがある。魔術なり何なりで周囲を照らして進む方が良いだろう」
微かな首肯の後、フィルがごく短く詠唱を始める。
手元に白く発光する球体が出現し、それと同時に闇に包まれていた周囲の視界が拓けていく。
シオンから事前に聞いていた通りだが、やはりコンクリート製の床に黄色や白で引かれた線があったり、少し離れた位置に一人用を連ねたベンチが存在していたりと、あまり多くはないながらも得られた視覚情報は紛れもなく無人駅のそれである。
「夜の駅っぽいけど……なんか違うような……」
「普通に夜になっただけなら俺やフィルでも見えてるはずだしな」
などと言いながら、車両の入口から出たアデルに続いてアカリも駅のホームに立つ。
「どうしよっかなー、今回は後衛が二人いるし僕も前衛に立とっかなー」
「ふむ、二人いれば警戒も十分可能だろう。こちらは任せてくれたまえ」
「ではお願いします。……やっぱり五人になるとなんだか頼もしいですね」
残る三人も話し合った末、どうやら配置を決めたらしくエーデルが前衛に立つ二人に加わってきた。
その状態でまずはホームを調べるため、向かって右側に進むことにし、光の届き切らない闇の中に視線を向ける。
「やはりこちらにも何もいないように見えるが、駅を出た範囲となると流石にわからない……というか、静かすぎないかね」
ふと、ホームの終端が見えてきたあたりでふとシオンが呟く。
どうやらガードレールすらなくむき出しになったコンクリート製の床がひたすら続くだけで、その先はひたすら線路と緑、闇しか見えなかった。
そこから視線を外し、彼を振り向くアカリ。
「というと?」
「今までは赤い人型が目に付くことの方が多かったような気がするが、どうも姿どころか気配すら感じられないのだよ」
「まあ確かにそうだな、明らかに空気も違うし、あの赤いのもいづらいんじゃね?」
今一番優れた視力を持つシオンと、気配に敏感なアデルがそう言うのなら間違いはないのだろう。
少なくともこちら側の終端には気を払う必要はなさそうだと判断し、一行は折り返して来た道を戻り今度は反対側の確認に向かった。
まめざくらを通り過ぎるまでの間にも特に変化はなく、目につくものはホームの中央に立ててある看板くらいだった。
そこには雨ざらしになり風化したせいでところどころ下方向に垂れたインクで『きさらぎ駅』と記載されており、やはり駅名は都市伝説で有名なものと同じであると確定した。
が、それ以外には特に目新しい情報もない。
「……あ、駅舎……確か駅からは出ない方がよかったような」
薄暗い中でも汚れや経年劣化による歪みがはっきりと視認できるほどに古びた、三角屋根の小屋。
眼前のそれには薄い金属製の引き戸が存在し、出ようと思えばそこから駅の外に降りられそうではあった。
だがうろ覚えながらも――確かきさらぎ駅からは出てはいけないと、そういった書き込みを都市伝説系の掲示板で見た気がしてアカリは踏みとどまる。
「とりあえず全体を見て回ってから考えればいいですかね……では今は無視して端まで行っちゃいましょう」
フィルの言う通り、ひとまずホーム全体を確認してから考えればよい。
駅舎を無視して通り過ぎ、再び進行方向に向き直る。
そしてたいした時間もかからずに末端までたどり着いた――のだが。
「……?」
ふと、悪寒を感じて身がこわばる。
理由もわからず本能的なものだったのだが、どうやら他の全員もそれぞれの形で身構えたようだった。
右端とほぼ同じ線路と森の続く景色に、目を凝らしてみる。
――闇の中に、微かに蠢く気配があった。
「……あれは」
驚いたように、シオンが口を開く。続く一言にアカリは耳を疑った。
「……どうして、ヴァルゴがここに」




