表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/98

日入駅→日入駅ホームセンター

 †


 普段通学路に使用している道から少し逸れるように進めば、古いマンションや小規模のスーパーよりも高層ビルの比率が多くなってくる。

 規模と設備の潤沢ぶりから高い知名度を誇る大学病院を通り過ぎたあたりからは目に見えてオフィスビルとしゃれたカフェが乱立するようになり、生活感が希薄になっていた。


 それらのビル街の中心に向かえばすぐ赤烏駅なのだが、今回はそちらには行かずやや南下し巨大なホームセンターを目指す方向だ。


「なんだか思ったより早く進めるというか、この硬い地面も慣れるとすごく歩きやすいですね……」


「だな、凹凸もねえし全く足が取られねえ」


 常に掃除された道路を歩くのが当たり前だったアカリにとってはそこら中に散った桜の花びらが非常に邪魔に感じられるものの、それでも異世界で経験した全く舗装されていないむき出しの土の上よりは数倍歩きやすい。


「ほんとそう思うよ、アスファルトって言うんだけど……日本なら人が住むところは殆どの道がこんな感じで固められてるから、注意なんてしてなくてもほとんど転んだりしないよね」


 ここ最近で両方経験したので異世界出身者であるエルフと獣人の会話に強く同意しながら、『日入駅』と表示された地下鉄道出入り口の影に隠れ敵の不在を確認する。

 どうやら先の道路には何もいないらしいと判断したところで、指先で道を示して仲間に右折を促した。


「道路が整備されてるから周りが確認しやすいし、ここまで案外楽だったよねー」


 エーデルが言うように、幸いにも十字路で一度戦闘を行ったきりここまで全く敵に遭遇せずに済んでいた。

 遠巻きに見かける事はあっても気づかれる前にやり過ごすことで、消耗せずに何とか最初の目的地が見えるところまでは辿り着いたのだ。


 ホームセンターは一つの巨大なビルを全て占有しているため、いざ一本道の先という場所に立ってみればビル自体に据え付けられた大ぶりの切り文字看板もあり見間違えようがない。


「この世界のお店、なんですよね……? アカリの家の近くの『すーぱー』はオーニング(壁打ちの日よけテント)があったので何となくそれっぽいかなとは思えたんですが、ああなるともう普通の家と区別がつきませんね……」


 フィル達からすれば商業ビルもオフィスビルもマンションも全部『屋根なしの四角』でありほぼ同じに見えるらしい。

 だがアカリにとってはアドロスピアの方が洋瓦の屋根で画一的に見え、店舗と住居の区別がつきにくかった。


 その世界で暮らす上での暗黙の了解を心得るにはまだ、互いに滞在する期間が短すぎるのだろう。


「……まあ、どちらにせよ住めるような状態じゃなくなっちゃったけど」


 二階に等間隔で列を成す窓がところどころ濃色の桜に痛々しく突き破られている姿が目に付くなり、ため息混じりに独り言が零れた。






『いラッしャ……イませ、コチ、ラ、……商品は、』


『お、オススメ、ススメ、は、イ直チニ』


 店舗の広さに比べれば()従業員の数は圧倒的に少なく、勘づかれぬよう行動する事自体は容易い。

 だが耳障りな呻き声を休むことなく発しながら摺り足気味に薄暗い周囲を徘徊されては、どれだけ物理的な距離をあけようが神経をすり減らされるばかりだった。


 アカリは今姿勢を低くしてフィルと共に鞄に缶詰をしまいこんでいるが、どれだけ効率を殺して物音に気を遣ってもごく微かな衝突音を立ててしまっただけで全身が強張ってしまう。

 長い陳列棚の中央付近で作業をしているため音と気配でしか周囲の状況を判断しようがないのだが、目立った物音がしないという事は遠く離れた位置でテント類を漁っているだろうアデルとエーデルもまた無事なのだろう。


 シオンであれば便利な魔術でも使って楽に物資を運び出せそうなものだが、魔力反応がかえって敵に感づかれる要因になるかもしれないという理由で結局手作業を選択せざるを得なかった。

 実に不便であり、気が滅入る。


「この後うまくホテルがあいてればいいけど、なければ目に付きづらいところでテントを使うしかないよね……それもなければ……」


 一応数人はシオンのいるルプニースで休めるものの、骨壺を守る者が必要であるため残りは外で待機するより他はない。

 色々あった直後であるし、せめて今日くらいは全員屋根のある場所で休息をとりたいものだ。


「まあ『ほてる』に関しては完全に運ですもんね……けどまあ、二人はまだ戻ってきていませんし、テント自体は見つかったんじゃありませんかね」


 缶詰類も欲張ればそうとう重いが、体積だけで言えばテントの半分にも満たない量である。

 いざとなれば置いて自分達だけ隠れるにしても、嵩張る荷物の方が周囲が見づらい上に行動が遅れるためリスクが大きい。


 よって索敵能力と腕力に優れた二人がテントの方へ向かう事になったのだが――


「……エーデルってさ、意外に力持ちだよね」


 今後の移動も考えて運ぶ量に見切りをつけ、皮袋の口を閉じてからふと思った事をフィルに告げてみる。

 彼もまた全面的に同意するようで、大きく頷いていた。


「ですよね、あの大鎌……刃に質量が無いにしても、柄が全部金属製の武器を軽々と振り回していますし。ブーツの装甲が金属製なので足音が硬質なのはすぐわかると思うんですけど、よく聴いてみると鎖が擦れるような音も耳に入ってきますよ。多分服の中にも鎖帷子(チェインメイル)の類を着こんでいると思います」


「……相変わらずよく観察してるよね」


 敵や罠の発見に関してはやはり動物的な本能なのかアデルが圧倒的に優れているが、直感や瞬発力ではなく思考を多く挟むような観察に関してフィルの優秀さには目を瞠るばかりである。


「一度後列で並んでいたので……それに、シオンを含めて僕らは全員軽装ですからね。けど一応下に革鎧を着ている分だけ、アカリやシオンよりは僕の方が重装備になるんですかね」


 さり気なくシオンも呼び捨てになっているのは、再会時にどちらかがそう呼ぶよう提案したのだろうか。


 フィルの言う通り今までを思い返してみれば、金銭的にも時間的にも、アカリはあまり重装備にする理由がなかった。

 仮にどちらもあったとしても、慣れない装備の重量でかえって隙が生まれる不安が拭えない。


 だが今後の事を考えると、アデルやシオンのように素早い身のこなしを活かした戦いをしない分防具を充実させた方が良いのではないかと思えてくる。

 今は何とか借り物の丸盾のみでしのいでいるが、今後腕力に優れた屈強な敵が出てきた場合に困る事があるかもしれない。


 とはいえ、この状況でいつ手に入れられるのかというそもそもの問題もあるが。


「やっぱりエーデルみたいになった方がいいのかな……」


「小柄隠れマッチョにですか?」


 先の発言に真顔も加わったため、瞬時に吹き出しそうになったアカリは背を丸めて縮こまり、震えることで必死に堪えた。

 声を殺しながら、しかし勢いよく答えるのはその数秒後。


「何で大真面目にボケるの、こんな時に不意打ちやめてよ! エーデルみたいに重装備に慣れておいた方がいいかなって話!」


 四肢の細さからして恐らくそうではないと思うが、彼の服は毛皮もついておりけっこう厚手に見える。

 とんでもなく筋肉質である可能性はゼロではないかもしれない――と、うっかり気を抜くと脳内であの幼さの残る愛らしい顔の下に屈強なボディビルダーの肉体を繋げた想像図を展開してしまう。


 何度も思い出し笑いとの戦いを強いられその度に腹筋が引き攣った。


「あの、震えていますが大丈夫ですか?」


「誰のせいだと……! けどまあ、調達も終わったしうっかり笑う前に出た方がいいかもね」


 ホームセンターを出た後は隣接する広い駐車場の前で落ち合う手筈になっている。

 放置された車が多く身を隠しやすい上、白黒灰といった無彩色が多い中で一台だけ赤い車が停めてあったたため、目印に最適であったのだ。


「そうですね、うっかり敵に見つかる前に視界の拓けた場所に行きましょう」


 レトルトパウチ状の品もなるべく選んだとはいえ、缶詰も多く入った革袋は持つと肩紐が手に食い込んでくる。

 が、背負えば痛みを感じるほどではない。

 後ろを振り向いてフィルの方を確認したが、アカリより非力そうな彼もなんとか耐えている様子だ。


 二人は頷きあい、この建物を後にするべく慎重に棚の合間を縫って帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ