キミハダレ
†
――一方、アカリの真上。
もとい一年六組の教室では、彼女とは打って変わってさほど苦戦せずに情報を得ているマサキの姿があった。
「ああうん、電話したけど最後はコキアケ様が来なくなって終わったなー。マジ肩透かしだったっていうか、結局何だったんだろ」
聞き込みをした結果、なんと信じられない事にこのクラスの半数以上の生徒がコキアケ様と接触済であった。
やはり決まって最後はコキアケ様がぱったりと来なくなって終わるらしく、経験した全員は恐怖など欠片も感じていなそうな様子で語っている。
「でもきちんと願いは叶ったんだぜ。恥かくのが怖くて応募出来なかったんだけどよ、俺今度でかいホールで開催する音楽コンクールで演奏する事になったんだわ。優勝は流石に狙えるか解んねえけど、精一杯頑張ってくる」
もう勇気を出し終えた後だからか、男子生徒の言動は冷静であった。
「おー、そっか頑張れよ! フルートで天下取ってこいや!」
どちらかと言えばコンクールに無関係なマサキの方がハイテンションで、別れ際にも「いよっ世界一の笛吹き男!」等と調子よく囃し立てていた。
「はー、うちのクラス関係者多すぎじゃね? 先輩の方はどうなんだろ……」
「あ、創路君!」
「はいィッ?」
もう会話は終了したと思い込んで独り言を呟いていたため、先程の生徒と入れ替わりで駆け寄ってきた女子に不意を突かれ思わず声を裏返してしまう。
六組の生徒ではないようだが、一体何の用だろうか。
「何その声……それよりコレ、あんたのじゃない? さっき音楽室で朝練してたら拾ったんだけど」
そう言って彼女がマサキに手渡してきたのは、洒落た形状のスタンプをシルエットにしたようなアクリル板――が、三つ通されたボールチェーンのキーホルダーである。
「成程確かにこの長めのチェーンといいオレンジ色のチャームといいまさしくオレの持ち物……じゃないんだなー、コレが。はい残念賞、他のチャームがオレのとは色違いなんだなー」
「え、そうなの? ……あー、そういえば部活のメンバーは同じようなの持ってたって言ってたっけ」
「イエスイエス、でもってコレは確か据石たんのだった気がするんだよなー。とりあえずもう一時間目までそんな時間ないし、オレが返しとくよ。ありがとなー」
時計を見て焦って別のクラスに戻っていった女子生徒を見送りつつ、今まさに登校してきたノゾミを発見してそちらに歩み寄る。
「森の|据石たーん、落とし物だそうですぜぇー」
何も考えずその場のノリで森の熊さんになぞらえたのだが、そもそも落とし物をしたのは熊ではなくお嬢さんだ。
その事に突っ込まれるかと思ったが、意外にもスルーされてしまったようだ。
彼女はマサキの手元を見下ろし、キーホルダーを受け取る。
「ありがとう、いつ落としたんだろ? ……ああ、そういえば放課後吹奏楽部の子と話しに行ったからそれでかな」
「マジで? 珍しいじゃん」
目の前の相手はあまり友好関係が広い方に見えていなかったのだが、マサキの勘違いだったのだろうか。
「それより創路、ちょっと昼休みに話があるんだけど」
今ではなくわざわざ昼休みを指定してくるという事は少々長い話なのか――それに、気のせいかノゾミの感情の起伏が乏しくなっているというか、普段よりも数段落ち着いて見えているのはひょっとしたら昨夜も怪異騒ぎで消耗したからなのだろうか。
「おー勿論! んじゃ昼になったらまたな!」
内心で憶測と心配を募らせつつ、だからこそ表面上は明るく元気に申し出を快諾しておく。
色々と気になる事は多かったが、そろそろ一限目の授業に備えて自席に戻る事にした。
†
「で、こんな場所に呼び出したって事は……オレに酷い事するつもりでしょ! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに! ……あるいはー、昨日コキアケ様にビビりちらかしておねしょしちゃったとか? 大丈夫大丈夫、適当にコーヒー溢したとか言っておいて自分で洗っちゃえば誤魔化せる余地はあるから」
昼休みとなるとほぼ全員が昼食をとるための場所へと向かうため、そういった目的に明らかに不向きである場所には人が集まりにくい。
化学実験室もそもそも飲食禁止かつ薬品の匂いが食欲を著しく削ぐためこの時間帯はいつもほぼ人がおらず、今もマサキとノゾミしかいない。
「全然そんなんじゃないし、コキアケ様なら昨日は来なかったよ。突然ぱったり来なくなるって本当だったんだね」
「ありゃ、そうなの? 良かったじゃん、あんなに怖がってたもんな」
てっきり普段にも増して覇気がないのは消耗しているせいかと思っていたが、どうやら恐怖から解放されて落着き払っているだけだったらしい。
どうやら心配は無用だったらしいが、それならそれが一番である。
「ほんと、今日からはのびのび過ごせるよ。で、本題なんだけど」
「あれ、今のが本題かと思ったわ。本題イズ何?」
コキアケ様の驚異も去ったとなると、ますますマサキには相手からどんな話題が飛び出てくるのか見当がつかず大きく首を傾げた。
「うん。私ね、あなたの事が好きなんだ」
「ほぁー、…………………………………………え?」
長すぎる間からの、驚愕。
二人きりの空間であったが、もし他人が見ていたなら間違いなく今のマサキの声と表情を間抜けと称しただろう。
それ程までに予想外で、あまりに突拍子もない話だった。
「え? は? いやいや揶揄っ……てはないよな、ゴメン……えっと」
ようやくこんがらがった思考回路を正し、現状理解をするに至る。
激しい動揺が隠し切れず、お世辞にも冷静とは言えない見苦しい状態だろう。
(据石の事は嫌いじゃないし、一緒にいて楽しいけど……)
だが、それでも何とか必死に答えを探す中で――目の前の彼女の事は好きだが、異性として意識していたかは別の話だという結論を導き出す。
付き合ううちに好きになるだろうとか、それ程好きでなくても彼女が出来るなら喜んで飛びつくなんて者もいるかもしれないが――外見に反してこういった類の話に真面目なマサキには、そうする事は出来なかった。
だから、想いを受け取れなかった相手に深々と頭を下げる。
「――ごめんっ! 俺、恋愛とかそういうの意識した事なくって……据石が嫌だとか、本当そういうのじゃないんだけど……でも、恋愛感情とか無いのに付き合うなんてゲスい真似とかしたくないから……ほ、ほんとゴメンな」
マサキ自身も我ながら情けないと感じる程に声が、それどころか全身が戦慄いており、異性に告白されたり付き合った経験などない事が見事に丸わかりな状態だ。
だが、自覚はあっても今の彼にそんなものを取り繕う余裕さえも無かった。
きっと勇気を出して告白してくれただろうノゾミの気持ちを受け取れなかった事、少なからず傷つけてしまったであろう事実に胸を痛め、頭を垂れたまま罪悪感に苛まれ続けていた。
――ところが、
「――ううん、いいよ。伝えられただけで満足だし……っていうか創路は悪くないんだから頭上げてよ。私こそいきなりこんな事言ってゴメン」
想像していたよりも遙かに冷静な声に、安堵よりも違和感を先に覚えてしまう。
言われた通り頭を上げてみれば、声音の通り平然とした笑顔。
よく女子は嘘が上手いと耳にするが、これは動揺や傷心を必死に取り繕っている風ですらない。
「……、」
――生じたばかりの、米粒程度だった違和感が急速に膨れ上がっていく。
仮にもし今の告白がマサキを揶揄ったり試したりと、本心からではなかったとしても――いくら何でも、断られてここまで心が動かない事は有り得るのだろうか?
まるでノゾミの皮を被った何者かが、ノゾミの記憶にあった恋愛感情を読み取って、それになぞらえた行動を機械的に実行したような中身のなさ。
「あ、そろそろ昼食食べる時間なくなっちゃう。どっか探そうか」
「……いや、ゴメン……ちょっと腹の調子悪いからトイレ籠るわ……はは」
告白して振られたばかりの相手と何の抵抗もなしに同じ空間で食事が出来るのが普通なのだろうか?
気まずいだろうと思う自分の方がおかしいのだろうか。
違和感。違和感。違和感。違和感。違和感。違和感。違和感。違和感。
化学室を後にし、別れた後に見送るノゾミの背が何故かとても恐ろしいものに感じて仕方が無かった。
――あいつは、だれだ?




