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想定外

 †


「はぁ……」


 据石(すえいし)望実(のぞみ)は自室のベッドに横たわり、深い溜息をついていた。

 今日は先輩とクラスメイトの姿はなく、代わりに家にいる両親も近くの寝室で既に就寝している。


 スマートフォンの画面を見下ろしてライトを付けては、すぐに消してかぶりを振りつつ手元に伏せる。

 もうずっと、それを繰り返していた。


「一回頼っちゃったし、もう頼れる訳ないじゃん……」


 一度頼った相手に再び頼ってはいけない、などという法律が六法全書に明文化されている訳でも無ければ、世の偉い方々が絶対的な規律として声高に掲げている訳でもない。

 要するに何のルールかと言えば、ノゾミの中のルールだ。

 昨日は怪奇現象と両親の不在が重なる不運に思わず二人を頼ったが、元来この少女は人に頼る事、及び弱みを見せる事をあまり好まないタチである。


 だから、『二度目』はない。

 スマホを起動すればメッセージアプリで会話して気を紛らわしてくれるだろう相手に、助けを求める事は有り得ない。


「……さむ」


 冬の始まりである今は夜になれば特に空気が冷えるが、親がまだ使わない中で自分だけ暖房を入れるのは何となく気が引けた。

 こういう所にも、ノゾミの甘え下手っぷりがよく表れている。


 毛布にくるまって身震いしてはみたが、やはり一度芯まで冷えた身体はそうそう暖まらない。

 数秒の間そうしていたが無意味だと悟って諦め、少し離れた位置にある椅子に引っ掛けてあるくたびれたガウンを取りに行く事にした。


 道中、勉強机の上に置かれたペンケースに視線が落ちる。


「……これで、ちょっとは暖かくなるかな」


 今しがた着用したガウンで暖まる肉体面の話ではなく、精神面の話だ。

 ペンケースのファスナー部分には、部活のメンバー全員で購入したキーホルダーがつけられている。


 ボールチェーンに連なった、三つのスタンプ型のチャーム。

 TRPGの専門店にひっそりと置かれていた、よく透き通るアクリル製のそれ。


 先日まで部活でプレイしていた、マギアシグヌムのグッズ。

 マサキがGMを得意とするTRPG。

 三つのうち一つだけ、さり気なくマサキと同じチャームを選んだキーホルダー。


 ノゾミは、マサキに恋をしていた。

 そうと気づいた明確な時期はもう解らない。

 気づけばそうなっていたのだ。


 明るいムードメーカーで、いつも周りを元気づけてくれる。

 人と話すのがあまり得意でない自分にもどんどん話しかけてくれ、彼と過ごしている時間は心から楽しめるものばかりだった。


 だが、彼は自分以外にも同じように接するのだ。

 誰かを特別扱いしている節は無いが、それは単に学外に意中の人がいるというだけかもしれないし、離れている時の彼が何をしているのか全くわからない。


 恋慕の情が深くなる度に不安は募るものの、それを言い出す勇気など持てる筈もなかった。

 そもそも初めての恋であるし、今の関係が破綻するかもしれない恐怖は計り知れなかったのだ。


 そう、()()()()()想いを打ち明けるのは絶対に無理な話だった。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……コキアケ様にお願いした内容、訊かれなくて良かったよ」


 ボールチェーンをペンケースから外し、手首に巻きつけて先端の簡素な金具を留める。

 金属製のチェーンは冷え切っていたが、それ以上にチャームの存在が、これと同じものを持っているであろうマサキの存在が孤独を癒してくれた。


 踵を返し、再びベッドに戻って毛布をかぶる。

 マサキにコキアケ様の事を相談した時、もし彼だけが家に来ていれば――それこそ告白する千載一遇のチャンスだったのかもしれない。

 だが、そうなったとして果たして本当にちゃんと想いを告げられただろうか。


「……無理だっただろうな」


 彼が女子と二人きりになってしまう状況に気を遣い、先輩を呼ぶ事を提案してきた段階で却下する勇気が無かった。

 それが答えだ。


 やっぱり、自分は()()()()()()()()に頼らなければ満足に恋のステージを上がれない意気地なしなのだ。


「……そもそもマサキ、気づいてすらいないんだろうなぁ」


 見るからに色恋沙汰に鈍感そうな想い人の姿を思い浮かべ、今日何度目か解らない溜息を溢す。


 ――そんな折、唐突に部屋のドアノブが捻られて心臓が跳ね上がる。


「ちょっ……」


 意中の相手の名を呟いた直後だ、思わず顔面から火が出そうになる。

 恐らく両親のどちらかだろうが、どちらも彼の事を知っているだけに聞かれていたら()()であった。


「びっくりしたじゃん、ノックくらいしてよ……」


 普段は父も母もきちんとノックしてから入るのに、今日に限ってそうしないのは急ぎの用事なのだろうか――とも思ったが、思わず感じた苛立ちが理性を上回る。

 半身を起こして半ば八つ当たり気味に入口の方を睨み付けると、死斑に似た歪なまだら模様にびっしりと覆われた赤黒い人型が扉の隙間をぬるりと潜り抜けて瞬時にノゾミとの距離を詰めている姿が視界に飛び込んできた。


「――ひっ――」


 喉から漏れ出た微かな呼気は、だがしかし悲鳴となる前に封じられてしまう。

 体温の感じられない冷えた手で頭部を殴られ、脳震盪(のうしんとう)により意識が朦朧(もうろう)とする中で窓の開く音を聴いた気がする。


(創路……君)


 それでも消え入らない恐怖に心を押し潰されながらに呟いた名は、声になっていたのかどうかわからない。




 †



 アカリが朝早くから登校し、一番最初に教室に入ったのには訳がある。

 一つ目は昨夜寝る前に窓の外を確認した時、遠くに見える雑居ビルの中にコキアケ様らしき赤い人影が見えてしまった事で寝つきが悪くなり、早く目覚めてしまったからだ。

 二つ目はこれからクラスメイトに声をかけていくにあたり、なるべく大勢から奇異の眼差しを受けないようにするためだ。

 後の方になればほぼ全員から見られる事になるので結果的には同じかもしれないが、それでも最初から多くの目に晒されるよりは多少心理的な負担がマシになるというものだ。


「……えっと、ちょっといいかな」


 早速教室に入ってきた女子生徒に声をかける。

 服装や髪形の規定が緩めなこの高校において、髪は染めず制服もほぼ標準のままである彼女は見るからに真面目そうだ。

 やはり早めに登校してくる生徒はこの手の者が多いのか――ともあれ、大勢のグループを作っている陽気な不良生徒の類よりかは話しかけるハードルが低いので、比較的声を出すまでの心理的抵抗は少なく済んだ。


「おはよう、小流さん。どうしたの?」


 キョトンとするのも無理はないだろう。

 普段なら委員会活動などの用事がなければほぼクラスメイトに話しかける事などしなかったし、逆もまた然りだ。

 だからこそ今回もその手の用事だと思っていたのだろう彼女は、次にアカリの口から出た思いもよらぬ質問に目を丸くする結果となる。


「最近この学校で流行ってるらしい、コキアケ様って知ってる?」


「え、知らないけど……何それ?」


「ああ、何か学校で流行ってる怪談って聞いたんだけど……別に有名でもないみたいね。どうも」


 嘘をついている素振りも見られなければ、そうする理由もないのでこれ以上追及する事もない。

 さっそく怪訝そうな視線を向けられているので早々に会話を切り上げ、自席に戻って次の生徒の到着を待つ事にする。


 †


「あー、何かどっかで聞いたような……なんか後輩が言ってたような……」


 聞き込みを続けているうち、幾つか『後輩が言っていた気がする』といったような類の証言は得られたが、直接本人が関わったという者は未だこのクラスには現れていない。

 もう教室には生徒が殆ど全員到着しており、当初のアカリが懸念していた通り見事にこちらへ奇異な眼差しを向けており居心地は最悪となっていた。


「そうそう、何かさっき言った電話番号にかけるおまじない? みたいで……」


 こうなればさっさと朝のうちに全員への聞き込みを終えてしまおう、と心に誓いつつ、他と同じで何も知らないらしい男子生徒二人組から離れる。

 もう殆どのクラスメイトには話しかけ、残るはいわゆる不良グループに分類されるであろう数人だけとなったが――


「おい、小流」


 どういう訳か、件の相手から歩み寄ってきてきたために思わず驚いてしまう。


「……え? 何?」


 予想外の出来事だったというのもあるが、何故か相手の表情が険しいため此方も無意識に身構えてしまう。


「……さっき言ってた電話番号、もう一回言ってみろ」


「え? ああうん……」


 戸惑いつつも、コキアケ様の電話番号を再び復唱してみせる。

 自然に挙動が固くなってしまうのは――ある理由から、目の前の相手を含めた数人が苦手だからだろう。


「……おい、その番号。誰が流したんだ」


「え、知らないけど何で?」


 眼前の男子生徒が顔を顰める理由が解らず、思わず質問を質問で返してしまう。

 少々の間を挟んだ後、少年は逆立てた髪を不機嫌そうにガシガシと掻きつつ答えてくれた。



「……いや、その番号って桜井陽奈のじゃねえかよ」



 去年から日常的にヒナにいじめ行為を働き、自殺に追い込んだ者から思わぬ証言が得られた。

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