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突入

 それはそれとして、予定していた物品の現地調達だ。

 少女は躊躇(ちゅうちょ)なく――とまではいかないものの、入口付近の草むらに横たわる白骨死体に歩み寄り、一番長い骨を恐る恐る拾い上げた。


 付着していた泥で手が汚れ微かに顔を(しか)めるも、すぐさま手元の大腿骨の長さを確認して満足げに微笑んだ。


「ラッキー、50センチ弱くらいありそう」


 骨盤の閉じ方を見るに、恐らく死骸は長身の成人男性だろう。

 手に取った骨を左の手のひらに軽く打ち付けると、それなりに重く密度を感じる。


 流石に専門家ではないため憶測にはなるが、生前は貴族か騎士か、少なくとも食うには困っていなかっただろう。


 まあ要するに即席の武器として使えそうな、強度に優れた骨で助かったという話である。


「さて、武器も手に入れたし。いよいよ城に入らなきゃ」


 右手に骨、左手にランタンという凄まじく格好がつかない姿だが、本人はお構いなしといった様相で城に向き直る。


 目的はあくまで、フィルとアデルを二人とも生還させる事。

 別に作中でフィルをズタズタにした巨体なアンデッドや、それどころか雑魚に分類されるのであろう普通の人間サイズのゾンビ――作中ではガストと書かれていた――すらまともに相手にする必要は無いのである。


 とりあえずは、二人を見つけて引き返すよう促すだけ。

 それ以上を望むのはまず、全員が生存する未来を手に入れてから考える事。


 当面の目標を頭の中で掲げてから、太陽の下では目立たない金の光源を片手に一歩踏み出す。

 一歩、また一歩。

 ――近づくにつれ、胸中がざわつくのを感じる。


「あれ、何か……」


 何かがおかしい。

 入口の四角形に切り取られた、どす黒い闇。

 一目見ただけでも不気味だが、それ以上に何か言葉に出来ない違和感を覚えて身が竦む。


 吸い込む空気が重く、冷えたまま肺に残留するような不快感。

 違和感の正体が説明できれば多少は落ち着くだろうに、それが叶わないのがもどかしい。


 やがて、入口の前に辿り着く。

 足元を見て不可解が理解へと変遷したその時、肌が粟立(あわだ)った。


 入口より数歩先まで差し込む太陽光を境目として、切り取られた固体のように闇が敷き詰められていた。


 外は昼間で、空気が淀んでいるなりに太陽光に照らされている。

 だから本来であれば、多少は入口以外にも窓や中の部屋等から光が差し込んで内装が見えても良い筈だ。


 だが壁の質感はおろか距離感さえも、殆ど肉眼では判別出来ない。

 故にこれから踏み込む最初の一室がどれだけ広いのかにも、全く見当がつけられない。


 一寸先は闇。

 字面そのままの状況が今、目の前にある。


「え……? じゃあ何で二人はランタンも松明も無しに進めるの……?」


 小説内でアデルにもフィルにも特に入口で躊躇したり、魔術なり道具なりを用いて光を灯すような描写は無かった筈である。

 何故なんの躊躇(ためら)いもなしに二人が突入できたかは解らないが、早くしなければ小説の通りフィルが殺害されてしまう。


 解っていても二の足を踏んでしまう状況に並々ならぬ焦りを覚えていたアカリだったが――ふと、手元の(きらめ)きを思い出した。


「……あ、もしかして……」


 右手に持つランタンを、恐る恐る闇の中に突き出す。

 次の瞬間、手元でランタンが揺れ――


 手元を離れたそれが緩慢(かんまん)に宙を浮遊し闇に飛び込む様をアカリは呆然と眺め、やがて闇がランタンを中心に据え大きな球形にえぐり取られている事を確認した。


 そのまま静止し、誘うように微かに揺れる光。

 飴めいた小さな光が、音もなくいくつか転げる。


「……進め、ってことかな……」


 どちらにせよ、これ以上立ち往生する時間は残されていない。


 アカリは深呼吸をして恐怖心を押さえ込むと、意を決して深い闇に身を投じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ただいま6部作まで読ませていただきました。 詳細に、かつ分かりやすく書かれた描写。それを表現する言葉選びなどが 読み手として完全に惹き込まれてしまいましたっ。 所々に挟んであるイラストも含…
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