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勝負の行方

 戦いの火蓋が切られ、全員が武器を構える。

 壁面に埋められた南瓜達が声高に歌い出し、アカリの視界が揺らぎ始める。


「ま、また幻覚……今度は気を取られたら駄目……!」


 気を抜けば現実とは異なる光景を見てしまいそうだが、敵が次の魔法を発動する詠唱に入り此方に本腰を入れていない事が幸いしたのかひとまずは持ちこたえられそうだった。

 周囲を見ればアデルも表情を歪めており見るからに辛そうだが、そうしているという事は逆にまだ抵抗しているのだろう。


 フィルとシオンに至ってはさして苦戦せず詠唱に入っており、残る魔女は――何やら周囲を見渡し始めたので、もしかしたら掛かってしまったのかもしれない。

 が、今それに構っている余裕は無かった。


 魔物の放った無数の闇色の矢が、アカリを狙って飛来してきたからだ。


「くっ……」


 フィルの詠唱により出現した月の丸盾が矢を防いでいる間に大回りに移動し、菫色のローブに接近する。

 ローブの裾を狙い逆袈裟に剣を斬り上げてはみたものの、実態が無いようでダメージどころかローブを切り裂く事も叶わなかった。

 即座にその場から飛び退いたのは半ば勘に頼った行動であったが、直後に立っていた場所から岩のトゲが噴出したのを見届けて肝を冷やす。


「物理攻撃が通じないみたい……」


「ふふ、ならば私やフィル殿の出番かね。任せてくれたまえ」


 シオンが言ったように、魔術を得意とする者に任せた方が良い結果を生みそうだ。

 いくつか顔に飛んできた細かい岩の破片を盾で防ぎつつ、アデルと視線を交わして頷き合った。

 言葉の応酬こそないものの、『自分たちが囮になって時間を稼ぐ』という意図は互いに通じている。


「神々に(まつ)ろいし月光よ、銀の槍となりて不浄の大地に降り注げ――セイクリッドスピア!」


「神速たる疾風よ、今ここに顕現し刃となれ――ゲイルスラッシュ!」


 光槍と風刃が退路を塞ぐようにして別方向から襲いかかり、リッチも空中を器用に浮遊しつつ逃げてはいるものの幾つかは命中しローブや途中から鎖状になっている脊椎の端を切り落とした。


「あぁウゼェ……! 粉々になんなァ!」


 天井付近に現れる無数の石槍が、アカリ達の立つ地面目がけて落下していく。

 詠唱を終えた直後の二人を狙ったようだが、フィルに降り注いだ槍はアデルが破壊し、シオンに至っては誰の助けを借りるまでもなく自ら飛んで潜り抜けているようだ。


 アカリも魔女の手を引いて危ないところで石槍を避け、全員無傷でこの場を切り抜けるに至った。


 ――思ったより此方の方が有利に戦闘を進められている。


 そう思った直後だった。

 壁一面の南瓜達がずぶずぶと泥に沈んでいき、代わりに人間のようなものがせり出してきたのは。


 ――否、『ような』は余計だ。

 ()()()()()()()()()()なのだから。


「――えっ」


「た、助けてくれぇ!」


「誰かぁ!」


 まだ領主館に居た、多くの人々の姿を見ないとは思っていた。

 迷宮内に取り残されているから遭遇していないだけだと思い込んでいたが、その大多数がここに捕らわれていたらしい。


 彼らは恐怖と絶望に呑まれ、必死にアカリ達に向けて助けを求めている。


「なっ、何する気よ!」


「何するも何も、お決まりのパターンだろ? お前らコイツらの命が惜しくねぇのかなぁ?」


 リッチは先程までよりも高揚感に満ち満ちた弾む調子で、声高に呪文を詠唱する。

 今度は闇色の刃が無数に出現し四方八方に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、飛んでいった。


 アカリは瞬時の決断が出来ず魔女と共にただ呆然と立ち尽くし、アデルとシオンは味方を守るべく出来る限りの刃を振り落としていた。

 フィルは惜しみなく魔力を使って人々を守るものの――やはり、全てを防ぐには力が及ばなかった。


 光の丸盾が砕かれ、その奥にある人体が、肉が、骨が切り裂かれる音。

 空気を引き裂くような絶叫と、地に落ち転がる肉片や首。

 ほんの一瞬で、周囲が地獄へと変貌した。


「なんて、こと……!」


「どうせ全員こうなるんだから構わねぇだろ、ちゃんと取捨選択出来ないと無駄死にするだけだぜぇ?」


 欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の心情を微塵(みじん)も隠さぬままに、リッチは()()()()()()()()()、フィルのすぐ傍に捕らわれた子供に向かって紫色の矢を放つ。

 魔力を殆ど使い果たした彼がどうするか読んでいたからこそ、真っ先に狙ったのだろう。

 フィルもまたそれが相手の思惑通りだと気づいてはいたのだろうが、彼の性格上それで行動を取りやめる事など出来る筈もなかった。


 ――身を挺して子供を庇った彼の華奢な腹部を矢が貫く。

 じき膝をつく頃には矢だけが消え、じわじわと押さえた腹部が赤黒く染まっていく姿だけが見えた。 


「あーあー、予想はしてたけど何で役立たずのガキなんか見捨てないのかねぇ……この場で戦えねえなら価値ねえだろうよ、お前頭悪すぎ」


「……、本来……命に……貴賤(きせん)など、付けられるものでは……ないです、から」


 我が身を犠牲にして見せたフィルを心底軽蔑した眼差しで一瞥していたものの、それも飽きたのか今度はリッチが他の三人へと向き直る。


「お前らもあのエルフ野郎と同じで救いようのない馬鹿なのかねー、猫はともかくあとの二人は読めねーからなぁ、ちっとは賢い選択してくれよぉ」


「――馬鹿、ですって……! フィルはね、あんたと違って――」


 見開かれた紅色の眼球が()()()と、アカリの方へ向けて転がる。

 反駁(はんばく)が瞬時に標的決定へと至ったようで、双眸には獲物を狩る捕食者じみた殺意がありありと浮かんでいた。


 恐怖に表情を引きつらせ思わず半歩後ずさるも、次の瞬間に飛んできた数多(あまた)の刃から逃げる事はしなかった。

 出来なかった。


 もはや理屈ではなく、無意識の反応でその場に留まっていた。

 少々身を屈め、急所に近い頭部と胸部を丸盾で庇い痛みに備えて身を強張らせる。

 

「――っぐ、ぁあああああーーっ!」


 腕や脚が容赦なく切り裂かれ、周囲に血の花が咲く。

 激痛に耐えきれず零れる悲鳴に被さる侮蔑を込めた笑い声。


「ぎゃっははは、人質用意するだけでこんなイージーモードになるとはなぁ。こんなんチート能力なんざ要らな――」


「――ストーンエッジ!」


 シオンの声と、瞬時に姿を消すリッチ。

 先程まで長身の魔物が占領していた空間を高速で通り抜けた岩の破片達が、人々の合間を縫うようにして壁に次々と突き刺さっていった。


 数瞬の後、シオンのすぐ傍に収束した闇が再びリッチの姿を成す。


「魔法が使える相手って厄介だよなぁ、そもそもお前が一番何するか解んねぇし……よし! 全員じわじわ苦しめてから殺すつもりだったけど、気が変わったからお前だけ先に殺すかぁ!」


 リッチの死刑宣告に、既に膝をついたフィルとアカリがシオンを見遣る。

 が、当の本人は普段通り余裕そうに口元に弧を描いていた。


「ふふ、そう情熱的に来られては照れるのだよ……」


 冗談まじりに言い放ってみせる彼とリッチの放つ魔術が二人の間で衝突し炸裂したが、ややシオンの方が劣勢に見えていた。

 それをリッチにも見抜かれたのか彼の先程までの苛立ちっぷりはなりを潜め、今は人皮の如く柔軟な白い仮面に下卑た笑いを浮かべている。


「はー、やっぱ俺つえー。今の俺なら悪魔にも負けねぇってね。……それじゃあ死んでもらいますかぁ!」


 先程とは比べ物にならない程膨大な魔力が収束し、地獄の業火を凝縮したような巨大な火の塊が白骨化した手の内に生成されていく。


「終わりだァ!」


 咆哮と共に、それが一直線に悪魔に向けて放たれる。

 フィルやアカリの時と同じだ、避ければ彼の後ろに被害が及ぶ。


 ――それでも、何かしらの魔術で相殺するだろう。

 アカリは心のどこかでそう思い込んで勝手に安心していた。


 だが、()()()()()()()()()


 真っ向から魔力塊を受ける姿と、衝突した炎が爆ぜて肉が焼ける音。

 火の粉と煙が散り始めた頃、床に倒れた全身火傷まみれの死体――にしか見えない、黒焦げの悪魔が転がっていた。


 人々の、アカリの、フィルの、それぞれのタイミングで息を呑む音。

 それら全てを掻き消す、魔物の腹の底から出た愉快げな哄笑。


「アーッハッハ、俺こういうスカした奴大っ嫌いだから清々したわー。調子乗ってる奴は全員潰したくなるよなぁー……お?」


 まさに抱腹絶倒――腹部が存在しないが――の勢いで笑っていたリッチであったが、不意に面の瞼を細めてシオンを凝視し始める。

 彼の身体から魔力と思われる紫色の光が零れだし、天井付近に向けて昇っていく様子を見咎めたのだ。


「んん? 魔力? 何だァ? 仲間にでも託す気か……ってもう方向すら合ってねえじゃん、死にかけだもんなぁー、まともに……?」


 当然ながらアカリもフィルもその場から動けていないので、天井付近に飛ばされても受け取りようがない。

 ――()()()()()()()()


「は?」


 魔力を帯びた粒子が舞い上がる先――壁に突き刺さった無数の岩片を伝って天井付近に控えていた人物の姿を見て、魔物の口からあまりに間抜けな声が溢れる。


「まさか魔法が使えねえ『設定』の俺が何かするとか、考えもしてなかっただろ?」


 リッチを見下ろすアデルが鼻で笑い、魔力を浴び全身から燐光を放ちながら双剣を掲げる。


「吹き飛びやがれぇええ!」


 足場を蹴り、彼は青白い雷を纏った剣で天井に斬撃を放った。

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