碧色の古城※
†
――旅立ちのワンシーンをもう一度読みたいと思い、現在はスマートフォンはおろかインターネットなどという概念すら存在しない異世界に立っているのだと、目の前の古城を見上げアカリは改めて思う。
否、そもそもこの場に立つ前に引きずり込まれた図書館や、そこの本からこの世界に自分を送りこんだ悪魔からしても異世界でなければ存在しえない要素だらけであったと考え直す。
――ここでその時の濃密な思い出に浸るにはあまりに時間が足りないので、その時の事は後程暇があれば思い返す事にして今はやめておくが。
現代日本において、ごく一般的な生活をしていたらまずお目にかかれないであろう、それ。
長年人の手が掛からずに薄汚れ苔や蔦が繁茂しつつも、数多の建築士や設計士が携わり築き上げただろう、石壁の輪郭は失わずに聳え立つその威容。
抑えきれない高揚、胸の高鳴り。
「本当に来たんだ……すごい、フェネシア城が目の前にある……!」
日常では味わえないこの感動を噛み締めたところで、アカリは本来の目的を思い出す。
「っと、いけない! フィルとアデルを探さないと……!」
まずは周囲を見渡してみるが、人影らしきものは見当たらない。
異世界転移できる時間帯にはバラつきがあるらしいので、まだ登場人物の二人が到着する前か、あるいは既に城に突入した後の時間帯なのだろう。
そしてすぐ、後者が正解だろうとアカリは結論づけた。
まず第一に、ネット上で読んだ小説は先程アカリが思い返していたような二人が城を見上げる場面から始まる。
この世界に来る前にした悪魔との会話を思い出す。
どうやらこの世界は同じ時間を繰り返しているらしい、との話だった。
そうなると冒頭より前の時間軸は存在せず、そもそも転移出来ないのではないだろうかという見立てだ。
そして二つ目。
古城の入口、重々しい鉄扉が開放されているのが視認できた。
これはうろ覚えなのだが、件の二人が突入する際に重い鉄扉を押し開く描写があった気がする。
確か重さがあるため、わざわざ閉じる事はしていなかった筈だ。
「あれっ、それならあまり時間がないんじゃ……!?」
一応頭上を確認してみるが、日はほぼ真上にある。
幸い二人が突入してから一時間までは経っていないだろう。
「迷ってる時間なんかないや……!」
アカリの手元には行きずりで手に入れたランタンが一つ。
恐らく中は暗がりだ、これで照らして進めという意図だろう。