ファンファーレ
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「シオンってすごいよね、剣も魔法も扱えて。何で両方習得できたの?」
アデルとの会話が影響してか、ごく自然にアカリの口からそんな問い掛けが出ていた。
「ふふ、技の数だけ見出だせる活路もまた多くなるものさ……と言いつつ、単に一人だとどんな状況でも自分で対応するものだからね、自然に身についたのだよ」
仲間がいればそれぞれの得意分野を活かせば良いが、一人だと全てを自力で解決しなくてはならない。
そういった状況であれば多芸になるのも納得であるし、確かにアカリにもアデルにもそのような経験が無かった。
「一人か……。けど現に今みたいにパーティが分断される事もあるんだし、出来る事は増やした方がいいのかもね」
とはいえそのような状況は大体追い詰められているだろうから、余裕など皆無であろう。
戦う術を多く身に着けようとも、それを的確に使いこなすための精神力もまた必要そうである。
と考えて、ふとした疑問を口にする。
「シオンって具合が悪くても怪我してても余裕そうに振る舞うよね。何か理由があるの?」
アカリは訊ねながらも、半分くらいは普段から気取りがちな彼の矜持や元々の性格が由来だろうと思ってはいた。
しかしながら、こうも頑なだとそれ以上の何かがあるのではないか、と勘ぐってしまうのもまた事実だ。
実際、彼から予想外の言葉が聞ける事になった。
「……ある人の受け売りなのだがね、余裕の無さを見せれば侮られたり付け入られたりする原因となる……との事だ。私はそれに一理あると思ったから笑顔を意識しているし、もう癖になっていると思っている」
彼はアカリの方を見ず、正面の空間を眺めていた。
何に思いを馳せているのか、何を考えているのか――仮面の下の双眸の色は伺えない。
アカリの方は不思議そうにシオンを眺めていたが、やがて彼に倣うように視線を外し、同じように虚空を見据える。
「……殆ど一人で行動してたんだもんね、シオン。ひょっとしたら今回の旅が最初で最後の多人数の旅かもしれないし、今回くらい安心して隙を見せられるようになるといいね」
彼の思う所は解らないが、どうも言動に孤独が前提である事と、他者に対する警戒心が垣間見える気がする。
何も答えずぼんやりと考え事に興じる風の彼は普段と変わらないように思えたが、果たしてそうなのだろうか。
ひょっとすると仮面の奥で、余裕そうな笑みの下で何かに怯えているのだろうか。
結局、交代の時間が訪れるまで答えは出なかった。
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「おはよう……何か盛り上がってたけど何話してたの?」
「何、どちらの尻尾がより美しい形状か互いに熱弁を振るって――」
「んな事話してねえよ、魔法とか戦い方について話してた」
最後に仮眠をとったアカリは、時間ぎりぎりに二人の話し声で起きた。
両者とも何やら楽しそうに話していたので内容が気がかりだったが、本当にアデルの言う通りの内容だったのだろうか。
考え出せば気になって仕方がないのは山々だが、早く出発しなくては色々と手遅れになるかもしれない。
この中では最も魔術に耐性のあるシオンを先頭にし、一行は次の部屋の扉を開いて進む事にした。
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結果的には次の部屋に幻覚の罠はなし。
しかし敵襲があり、敵の数は三体。
いずれも南瓜頭の案山子であったが、アカリとシオンの二人組が遭遇した青と白の光を纏う二体と、初めて見る紫の光を纏う魔術師型の一体がいた。
「一体どういう基準で出てきてるんだろうね、これ」
床に散らばる三体の残骸を見下ろし、不可解そうにアカリが首を傾げた。
「それも気になるが、ちょっと静かにしてろ……こっちから話し声がする」
部屋に入って扉が正面にのみ設置されていたのだが、其方ではなく左の壁の方にアデルが接近していく。
アカリには何も聞こえず、シオンもどうやら同様らしいがアデルだけはそうではないらしく、暫く壁面を眺めて集中していた。
「……成程、南瓜が多けりゃ壁だと思い込んでたが」
彼はそう言うと一見無作為に並べられた南瓜の音楽隊のうち、左端に据えられたフルートを持つ一体を見下ろす。
そして、徐に金古美の横笛を握り、ドアノブよろしく下に引き下げた。
――唐突に周囲の楽器で演奏される、高揚感溢れるファンファーレ。
隠し扉を発見した一行を祝福している体裁なのだろうが、その行為自体が上から目線に感じ、いい気分ではない。
壁一面を塗りたくっていた黒い泥が剥がれ落ち、後に残るのは木の扉。
刻まれた彫刻には見覚えがある。
領主館でよく見かける扉だ。
「やっぱり元は領主館……?」
などと言っている間に扉が開かれ、次の部屋の様子が視界に飛び込んでくる。
かなり広い一室のようだが――そこでは、二人組と三人組に別れて何やら諍いが起きているようだ。
「……フィル!?」
アカリとアデルの声が重なる。
二人組の方に所属しているのがフィルであり、後ろの一人を庇うように立っていた。
彼との意図せぬ再会と生存の確定には良い意味で驚かされたものだが、背後に立つ人物には悪い意味で驚かされる。
「あれって……」
ぼーっと話を聴いて――否、聴いているのかすら解らない棒立ちの女性は、紛れもなくこうなる直前に突然現れた魔女風の女である。
彼女は特に何をしている訳でもなさそうだが、反射的に警戒を覚え声音が強張ってしまう。
「――って、アカリにアデル! ……其方の方は……?」
フィルも此方に気づいたようで、振り向いては驚愕に目を丸くしていた。
彼の声に気づき、彼と対峙していた三人の人々も此方を向く。
「シオンだよ、説明してる暇なかったけど……。これ、一体どういう状況?」
人々が幻覚に苛まれている可能性も考えたが、どうも此方を見ても攻撃してこない辺りそうではなさそうだ。
読めない状況を理解するためにも、まずは二組の間に入るようにして情報交換を行う事にした。
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ホールに集まった人々が泥の奔流に呑まれて散り散りになってから、フィルはすぐ魔女と合流したらしい。
彼女はやはり幻覚に掛かっていたが、神聖呪文を扱うフィルからすれば治療は容易い事だった。
それから紫と緑の光を纏う剣士型の案山子に一体ずつ遭遇し、苦戦した後治療のために身動きが取れず、大幅な時間を要してしまう。
だいぶ回復してから動き出し、この部屋に辿り着いたは良いものの三人の人々と遭遇する。
魔女に対して警戒心を露わにする彼らから彼女を庇っていたところに、アカリ達が鉢合わせたという顛末だ。
「状況が状況なので皆さんが彼女を疑うのも解りますし、恐らく窓を開けて魔物を招き入れてしまったのも彼女だと思うのですが……誰もホール以外に残っていないかどうかは多人数で確認した筈です。まして誰も見た事が無い人間がまともに隠れる場所もない食堂にいれば、どう考えても気づくでしょう」
もし悪意を持ってどこかから転移でもしてきたのなら、最初に顔を見せず黙って窓を開け放ってしまった方がその後上手く立ち回れる。
フィルの考えは確かに理に適っていた。
「流石なのだよフィル殿、知略に長けた君ならもっと悪辣な方法で人々を陥れられるだろう」
「あの、ちょっと今冗談を受け付ける余裕がないんで黙って頂けますかねシオンさん……後で沢山構ってあげますからね、よしよし」
「私は赤ん坊かね?」
幼児をあやすようなあしらい方に思わずアカリが吹き出すも、シオンがその横で続ける。
「この迷宮内で感じる魔力だが、彼女のものとは異なるようだ。もっと異質な……人間とは異なる邪悪な存在が原因ではないかね。私も彼女が迷宮化の首謀者とは思えないのだよ。もっとも、手下という線も考えられるが……だとすればもっと主人のために何かしら行動して貢献しているだろう」
フィルもシオンも信用しているという贔屓目を取り払って考えてみたとしても、アカリから見て今の話に矛盾はなかったように思える。
だが、だとしたらその首謀者とやらは誰だという話になるのだが――
「じゃあ誰がこんな事をしたって言うんですかフィル様!」
実際人々が憤懣遣るかた無しといった様相で声を荒げているのだが、誰もが答えに窮していた。
「……それなんだけど」
――アカリ以外は。
「もしかしたらあたし……少しだけ見当ついてるかもしれない」




