再会
「ア……アデルっ!?」
予想だにしない再会。
思わず声を裏返すアカリに、目を瞠るアデル。
「またすぐ来るかもしれねえとは言ってたけど、マジで数日だったな」
「う、うん……とりあえず元気そうで良かった。……フィルは?」
先程から姿が見えないエルフの行方を訊ねるも、アデルは俯いてかぶりを振る。
「え……まさか、死」
「いや瞬時に殺すなよ、どんだけネガティブ思考極めてんだよ! ……まあでも、疲れちゃいるだろうな」
後半は半ば独り言のように呟く獣人。
その面持ちから察するに心情も複雑そうであったが、その理由を問う前に彼の方から提案が一つ掲げられる。
「とりあえず、こんな場所に居るって事は飯食うつもりだったんだろ? 丁度いいから中で話そうぜ」
†
やはり黒ずんだ外壁とは打って変わって、料亭の中は壁の煉瓦も床の木材も素材そのままの色彩を保っていた。
入口付近は人通りが多く落ち着かないため、奥の方で空いていた席を陣取りに行く。
様々な料理の匂いが漂い、鼻腔を擽り気道を通り抜け胃袋を震わせる。
飢えた身には毒である。
「んじゃまあ、互いの近況から話すか」
使い込まれた木製の長机に置かれたメニューからアデルがほぼ即決でステーキがメインのランチを頼み、数分悩んだアカリがハンバーグとスープのついたセットを注文したところで情報交換が始まった。
†
「つまりお前はその悪魔……今はシオンって呼んでるんだったか? そいつ経由で俺達の世界の時間が動き出したのを知ったと。相変わらず訳わかんねえな、俺には特に時間が止まったり動いたりしてた感覚なんか無かったぞ」
ふてぶてしくテーブルに頬杖をつきながら、アデルが不可解そうに眉根を寄せている。
アカリの方もどういう原理かまるで解っていないので、その心情はよく理解できた。
「シオンの話からすると、時が動き出したのは多分あたしと入れ違いで異世界から来た誰かがいるからって話なんだけど」
「少なくとも俺は覚えがねえな、誰だそりゃって感じだ……お前みたいに変な服なら一発で解んだろうけど、あれから全く見かけねえ」
アデルと話していると事あるごとに服装の奇抜さを指摘されるのが常である。
だが先日冒険を共にした事で得た好感は、それすらも素直に懐かしくなる程に増幅していた。
「だよね、どう見ても目立つし。誰なんだろう……まあそれはどうせ考えても見当もつかないからいいとして、この街から出られないって話は本当だったんだね」
話はアカリからアデル達に移るが、彼らはアカリと別れた後に遺跡調査の依頼を無事報告し、隣町であるティリセン――つまりこの街に移動したらしい。
しかしながらアカリが小人の店員に教えられたように、この街は一度入ったら出られなくなっている上に夜に襲撃を受けて身動きが取れなくなってしまったとの事だ。
「あの案山子ども、夜な夜な歌いながら窓や屋根に張り付いてひたすら叩きまくるんだよな……毎晩毎晩頭おかしくなるっつーの」
実際それで頭がおかしくなった人が窓や扉を開けてしまい連れ去られた訳だが。
ともあれそんな状況の中、宿の中でフィルが聖歌を歌って案山子の呪歌を掻き消したのである。
その事が街中に伝わり、今やその力を頼りにされているのだという。
だから今は領主館に生き残り全員が集まり、フィルの祈りが全員に行き渡るようにしている。
「なるほど……夜中にずっと歌い続ける必要があるから昼間は寝てるのね」
「まだ数日とはいえいきなり昼夜逆転したらキツいだろうにな……あいつジジイなんだから」
不覚にもジジイの一言で吹き出してしまったアカリは、注文した料理を運んできたウエイターの姿を視界の端に確認し慌てて居住まいを正す。
「でもそうだね、確かに連日それじゃ疲れるよ……。助けてあげたいけど、その場合って案山子達を全滅させるか……操ってる人がいるなら、その人を倒さない限りどうにもならない感じかな」
食べながら解決策を模索し、ふと向かいに座るアデルの手元を見下ろす。
思ったより、というかかなり上品にフォークとナイフを扱っており、姿勢も良い様子である。
意外な一面であったが、育ての親が誰だったか思い出して何となく納得してしまった。
「俺もそう思って昼間に手がかりを探してるんだが、多分魔法が関係してるんだろうし全然ダメだな。何も解んねえ」
彼は辟易を隠しもせず、深々と嘆息する。
以前から魔法はからきしだと耳にしていたので、どうにかしたくとも力及ばないのだろう。
その歯痒さを想像し、アカリも目を伏せる。
「そうだね……案山子が歌って徘徊するなんていかにも魔法っぽい。今日は領主さん? に挨拶したり泊まっていいか訊かないとだから、明日あたりからあたしも手伝うよ」
宣言するも、アデルは怪訝な顔。
「いや、そうは言ってもお前……魔法なんかまともに使えなかっただろ」
「今回は秘密兵器が旅のお供だから」
すかさず黒剣を自慢げに見せびらかす少女。
それを訝しげに観察していたアデルだったが、これの力で実際にグリズリーを倒した事など、色々と説明をすれば納得した様子だった。
「前回の失敗から学んだってか。確かに今回丸腰なら即死んでたな」
「ほんと、前回は運が良かったって実感したよ。備えあれば憂いなし! ……さて、ごちそうさま……でもってお待たせ。食べ終わったし領主館に行こっか」
アデルは少し先に食べ終わり待っていてくれたので、アカリが食べ終わると同時に二人は席を立つ。
カウンターに向かい、会計は自分が食べた分は自分で払おうとするもアデルにそれを制された。
「金稼ぐ手段が俺らのが多いんだから、その銀貨は大事にしとけ」
少し躊躇うも、この先また別行動を取ったとして路銀が有るのと無いのとでは安全性が全く違ってくる。
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」
折角の厚意はありがたく受け取っておく事にした。
そして支払いを終えて店を後にし、二人は連れ立って領主館へ向かい大通りを歩き出した。
†
「うーん、ちゃんとしたお風呂があって助かった」
濡れた髪を拭きつつ、宿泊を快く受け入れてくれた領主の屋敷を歩くアカリは、午前中に購入した麻のワンピース姿である。
ちゃんとした、というのは言葉そのままの意味だが、発言した本人は中世ヨーロッパの風呂事情――入浴など滅多にせず香水で誤魔化し、体中がノミやシラミだらけ――つまりまともな風呂など存在しない、などといった惨状を危惧していたのだ。
だが、結果的にそれは杞憂(妄想)であった事に安堵している。
「まあ中世ヨーロッパに似てるってだけで、異世界だもんね」
石造りの大浴場は、飾られた石像や扉の意匠以外はヨーロッパというよりは日本に近いような印象を受けた。
街中を行き交う人や、何よりフィルやアデルを見ても清潔であるし、よくよく考えれば機械織りが普及していない時代に今自分が着ているような服が安価で購入できる筈が無いので、改めてアドロスピアは己の知る中世のイメージとはだいぶ相違があるのだと気づく。
「あ、いたいた。アデル、フィル!」
年季の入った、しかしよく磨かれた木製の床を早足で進む。
預かってもらっていた荷物をアデルから受け取り、その隣で眠そうに目を擦るエルフに視線を留めて眉を下げた。
「すっごい眠そうだけど大丈夫なの?」
第一声が心配になる程度に、彼は疲弊して見えたのだ。
しかしながら本人は普段通り柔らかく笑んで見せてくれ、それが余計に憂患を煽る。
「大丈夫ですよ、恐怖に怯える民に神の加護をもたらすのが僕の役目ですから」
「……自己犠牲レベルまで行ったら賛同できねーわ」
隣でごく小さく呟いたアデルの声は、アカリだけでなくフィルにも聞こえたのだろうか。
だとすれば変わらぬ笑顔の下で、古城で二人の盾になって見せたアデルに『貴方が言いますか』などと思っていたりするのだろうか。
答えは解らないが、アカリはひとまず明日になったらすぐ案山子を一掃する手がかりを探そうと思った。
彼が疲労で倒れる前に解決すると良いのだが――
――そう考えているこの時のアカリが、この先の事態を全く想像出来ていなかったのは致し方なかったのだろう。




