心というもの
「セイクリッドスピア!」
後方から飛来する無数の光槍が無作為に着弾する。
攻撃を受けたガストは腕と首がそれぞれ一つずつもげるも、やはり動きは全く鈍らない。
続けざまに、両側に回ったアデルとアカリがそれぞれ斬撃を加える。
細かい部位を削ぎ落とすつもりで、事実そうしているのだが――それを見越し始めたのか、寄せ集めの巨体はうぞうぞと全身を蠢かせて斬撃を一体ずつの腹部で受けた。
剣を引けば露わになる、半端に保存された腐りかけの肉と内腑。
ビチビチと不快な音を立てて蠢くそれらには、菌糸の存在が伺えない。
「ハズレかよ――っと!」
剣を引き、腹いせとばかりに死骸の頭を一つ蹴り飛ばすアデル。
その動作を隙と見なしたのか、アカリからガストキングの注意が逸れて彼の方に身体を捻る。
「ゥウ、ウ……」
圧が掛かったのか、一際長い呻きが下顎だけになった首から漏れ出す。
すぐ傍に生えた腕の持つ戦斧と槍がかたや薙がれ、かたや突き出される。
一刀で斧を逸らし、槍は軽く身を捻ってかわす。
アデルの見事な戦いぶりを横目で見ながら、アカリはその隙を伺い手足の少なくなってきた部分の肉を削ぐように剣を振り下ろす。
微力ながらアカリも加わった事で敵の手足を何本か落としてはいる。
が、やはり戦果以上に消耗が激しいのも事実だ。
どうやら手だけを取り込んだ部分もあるようで、明らかに見えている胴体の数と腕の数が合わない。
一本切断した次の瞬間に肩の上から新しい腕が生えてきた時には、アカリの頭の中が真っ白になったところだ。
「これじゃキリがない……!」
破壊した扉の蝶番を高速で投げられ、それが脚を掠めたためによろめく。
タイツについた裂傷の周辺がじわじわと濡れる不快感と、熱を伴う鋭い痛みが走る。
だが、それでも脚を止めれば待つのは死のみだ。
「ウ、」
微かな呻きと共に繰り出される、中央に位置する鎧の死体からの一閃。
錆びた刃を咄嗟に手持ちの剣で受け止める。
「……!」
まただ。
また一瞬、柄の宝石が紅く光っていた気がしたのだ。
衝撃によろめいている間に消えてしまったが、これは二度目だ。
こうなると流石に見間違いの線は薄いだろう。
「けど、なら何であたしの声が届かないの……」
精霊からの声も聞こえてくる兆しは全くなく、剣に求められている気も一切してこない。
「見ず知らずのあたしなんかじゃなぁ……」
ふと、悪魔の言葉が脳裏を過ぎる。
――君にとって無価値な某が何を言おうと、君の心には響くまい――
アカリであればフィルやアデルの言葉になら耳を傾けるが、クラスメイトの言葉なら恐らく全く心動かない。
恐らく剣にとっても同じだろう。
きっと求めているのはデクスターという騎士団長、元の持ち主ただ一人。
それこそ件の彼の声でも聞こえなければ反応する筈もないだろう、と思ったところで――アカリはふと、目を瞠り顔を上げアンデッドの魔物を見据える。
「まさか……そう、なの?」
鎧の死体の腕に引っかかる紋章は、一番隊のそれだ。
そして剣の石が二度反応したのは、いずれも呻き声が発生した瞬間。
これが何を意味するか――答えは一つしかない。
「あの死体は、デクスターさんなんだ」
アカリがそう呟いた時、ガストキングが破砕した壁から石片を取り出してアデルの頭部を殴りつける。
彼がその場に膝を折れば、ばたばたと床に血が落ちた。
すかさず回復に回ろうとしたフィルの方にも、違う腕で投げた短剣が飛んでいく。
肩に斬撃を受けたらしく、鮮血が周囲に撒き散らされた。
「あ……、」
ほんの一瞬。
それだけで、一気に戦況を絶望に染められた。
アカリの全身に震えが走る。
歯の根が鳴り、血の気が引いていく。
「……、……ぁ……あ」
もはや、声が出せない。
心の中で、膝をついた二人の名を叫び続ける。
「だ、めだ……でも、あたしが、やらなきゃ……二人が、死んじゃう……」
震える指で剣を握り、竦み上がる両足を叱咤して敵に向き直る。
「……パイロープ、だっけ……あたしには、応えなくていい……」
飛んできた石材を、身体を大きく逸らして避ける。
無駄が多く拙い動きでも、怯えて見苦しくとも戦うのをやめない。
「でも、主人の声……聞こえたでしょ……?」
ガチガチと無様に鳴る歯の合間から、絞り出すように声を紡ぎ。
槍を避けて、突き出されたその腕に剣を打ち込む。
「部下に、信頼されてた。いい人だったんだと思う……。こんな事、したい筈がない」
近くには武器を投げ素手になった腕しかなかったため、武器攻撃は浴びなかったものの頭を掴まれて壁に投げつけられる。
背と後頭部を激しく打ち付け血に濡れるのを感じるが、一度ついた膝を死にもの狂いで立たせる。
「あなたにとっては、一番汚されたくない人でしょ……だったら、あなたの願いを形にして見せてよ……」
異世界への憧憬を、故郷への嫌悪を。まだ見ぬ仲間への期待を、尊敬を、悪魔が冒険の供としての姿に変えさせたように。
騎士の遺体が、呻いた。
繰り出される袈裟斬りの軌跡。
痺れの残る腕を振り上げ、剣で防ぐ。
金属音。
そして交じる燃焼音。
信じられないものを見るように見開かれたアカリの双眸に、揺れる炎が映る。
「でき、た……」
炎がゾンビの腕に燃え移り、たちまちそれを焼き焦がす。
燃え広がる前に違う腕で切り落としたようだが、確かに落下したそれは黒い燃え滓になっていた。
「アカリ、お前……」
「やりましたね、ふふ……」
パチパチと燃える刀身のせいで周囲の音が聞こえづらいが、どうやらフィルが回復の呪文を放ったらしい。
血が止まる程度には傷が塞がり、疲労もいくばくかはマシになる。
アカリの瞳に、希望が宿る。
笑みが戻る。
「……応えてくれたよ、声は……聞こえないけど……!」
二人の仲間も既に立ち上がっていた。
全員で敵を見据え、それぞれ身構える。
形勢を崩される前と同じように、アデルとフィルがそれぞれ素早さや手数を活かした攻撃で巨体を翻弄し始め、アカリが隙を見て一撃を打ち込む。
今度は炎を纏う一撃が、死体を焼き落とし巨体を確実に縮めていく。
――微かに、精霊の声が聞こえ始めていた。
『どうか、助けてやってくれ』
『我が主を、どうか――』
悲痛な、慟哭にも似た声。
心の痛みをそのままぶつけるように、変わり果てた精霊の主や人々にひたすら斬撃を浴びせ続ける。
ガストキングはアカリを驚異と見なしたのか、アデルを無視し槍や斧を一斉に振り下ろそうと振り向いた――ところで、
不意に、足元がもつれ巨体が仰向けに倒れた。
「――大成功だね!」
やや接近してきていたフィルに目配せをする。
炎の音のせいでタイミングを掴みづらかったが、フィルが渡した飴玉をばら撒いてくれているのをちゃんと横目で見ていた。
魔物はあまり視覚を頼りにしていないという推測はやはり当たりだったらしい。
硬く頑丈な飴玉を踏んだ足は本数も減っており、自重を咄嗟に支えるだけの力を残していなかったのだ。
この機を逃すまいと、巨体に駆け寄る。
――見下ろして、気づいた。
鎧の遺体の喉元に、ポッカリと穴があき――その奥に、びっしりと翡翠色の指が――菌糸が、敷き詰められているのを。
小説の中のフィルが聖酒を投げたのも、確かこの当たりだ。
確かにアカリより高くアデルより低い彼の背丈なら、丁度目線の高さにある位置だ。
――今のアカリは、命を賭して仲間を守った彼と同じものを見ているらしい。
一瞬だけ感じた場違いな感慨と共に、敵の喉元に切っ先を振り下ろす。
深々と突き刺さったそれは、内部から炎を生じさせ、哀れな死体達を焼き払い始める。
苦しみからか激しく藻掻くガストキングから離れ、燃えていく様を油断なく見守り――
やがてそれらが完全に灰となるのを見届けてから、三人は遅れて感情が戻ってきたように、それぞれの形で勝利の喜びを噛み締めていた。




