発見
三人が騎士棟に繋がるであろう渡り廊下の近くに辿り着くまで、警戒した割には一切敵に遭遇せず、全くの無事であった。
「完全に肩透かしだったな」
「それが一番じゃないですか……それに、これから遭遇するかもしれませんし」
「フィル、それフラグって言うんだよ」
部屋から出た直後は一切言葉を交わさなかったものの、ごく短くであればこうした遣り取りをする余裕も徐々に出始めている。
だが油断は禁物であるという心構えは勿論の事、一階と同じく不気味な絵画や朽ちた絨毯が常に視界に入るために完全に心を落ち着ける事など到底できはしないのだった。
今もなお、言葉は交わしつつも全員が動く影がないか、視線を巡らせつつ歩いている状態だ。
アカリにはやや先を飛ぶ魔法のランタンの光が届く範囲までしか見通せないものの、見える範囲には目を凝らして――ふと今更ながらに気づいた事を、本人が口にする。
「そういえば、この光……魔物に気づかれたりしないかな? 消し方解らないけど、何かで包んだりした方がいいかな」
よくよく考えてみれば、真っ暗な中に煌々と輝くランタンが浮いているので暗闇に立つ側からは丸見えである。
これではいくら気配を消して歩いても無意味なのではないだろうか。
だがしかし、フィルから返ってきたのは意外な答えだった。
「いえ、むしろそのままにしてください。確かめたい事があるので」
「確かめたい事?」
彼は首を傾げたアカリを一瞥して頷き、再び深淵へと翠の双眸を向ける。
「ええ、彼らの視力はどの程度なのかと。
やっぱり音を頼りに僕らを追いかけていたとは思うのですが、なら完全に目が見えていないのか、弱視程度なのか……とか。」
ふと、アカリは一階で部屋に立てこもった際、フィルが独り言でそのような事を呟いていた事を思い出した。
そういえば距離をあけなるべく音を立てないようにしたのも彼の指示だ。
「そういえばフィル、いつから気づいてたの?」
アカリの問に対し、フィルは一瞬迷ってから彼女を見遣る。
「入口付近で彼らの姿を最初に見た時、既に全員振り向ききって此方を凝視していたので」
数十分前を思い返しつつ、彼は語る。
「ランタンの光に反応するならまず、僕らが入ってくるのと同時に振り向く筈なので、少しくらい振り向く最中の動きが見えても良いかと思ったんです。でも、あの時にそんな様子はありませんでした」
ランタンの光が届き切らなかったため、アカリにはそもそも暗闇が見通せなかった。
だからその様子は確認していないのだが、仮に暗視能力があったとしても瞬時に敵を観察する余裕はあっただろうか。
などと感心していたところ、当の彼は未だ何かを考えている様子で時折首を傾げていた。
「どうも変なんですよね……お城から出ないのは光が苦手だからとは思うのですが……。その割に、光系統の魔術を浴びせてもあまり効いている節がなかった気がしますし」
そんな彼に、すかさずアデルが振り向かないまま冗談めかして横槍を入れる。
「神聖さの欠片もねえ酔っ払いに貸す力はねえって神様に見捨てられたんじゃねえの」
フィルもまた間髪入れずに切り返す。
「おや、大変ですね……では戦士に鞍替えしなくては。血が目立たなそうな黒い後頭部にメイスの試し撃ちをしてみましょうか」
アカリからすれば暗視や魔術、この世界の常識を持たないためこの辺りの話は非常に有用であったのだが――
普段から彼らの間では軽口の応酬が繰り広げられているのだろうか。
唐突な遣り取りに思わずおかしみを覚えてしまい、見事に意識を持っていかれる。
アカリが何とか吹き出すのを堪えていると、これまた唐突に真面目な声でアデルが後ろ二人に声を掛ける。
「おい、多分渡り廊下には着いたけどよ……これ渡って大丈夫か?」
彼の声音に微かな恐怖が伺える。
フィルもまた彼に倣って渡り廊下に差し掛かる場所に目を向けたようで、瞬時に顔を顰めていた。
アカリだけは全く様子が伺えないので、不思議そうに二人を見比べるしか出来なかったが――数歩近づいた段階で、表情からも竦めた身からも怖気が走るのを隠せなかった。