貴族の部屋
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ひとまず、三人はそれぞれ考えるなり部屋を探るなりして得た情報を纏めていた。
まず三人を追ってきたアンデッドだが、本来弱点である筈の神聖呪文を食らってもノーダメージとは言わないが、あまり効いていないような気がした。
それに、頭を吹き飛ばしたらそれきりの個体もいれば首も下半身も無いのに胴体だけで這ってきた個体までおり、一体一体の生命力にばらつきが見て取れた。
目に見えたこれらの事実が何を意味するのか、また何故こうなったのか因果が解らないためこの話はこれきりだ。
次に、今はアカリの知る小説世界と大きくかけ離れてしまっているという事実。
小説内ではフィルが死んだ後、アデルは普通に入口の大扉から脱出していた筈である。
その際に敵に遭遇したり、ましてや入口を封鎖されていたような記述は無かった筈だが、今は何故かこの有様である。
これに関しては既に、本来アデルが脱出をする筈だった時刻をとうに過ぎているからではないかと推測される。
というか、他に原因が思い当たらない。
最後に、この部屋について。
恐らく使用人用と思われる一階の小部屋より、だいぶ広く豪奢に思える一室。
推測するに城に住まう貴族の部屋ではないかという話だ。
理由としては、それらしき内容を綴った日記を風化したテーブルの上に発見したからである。
今はテーブルにひどく傷んだそれを広げ、三人で読んでいるところだ。
「前半は領地や徴税の事が主、ですかね……日記の主は徴税官だったのでしょうか。……あっ、貢納された葡萄で作ったワインが地下にあるそうですね。大変美味しかったようです」
「大変美味しかったようですじゃねえよ。こんなゾンビまみれの場所から出てきたワインなんか飲みたくねえだろ」
早速ワインの単語に食いついたフィルに呆れたアデルがツッコミを入れる傍ら、アカリは見たこともない文字を自分が自然に読んでいる事実に気づいて、首を傾げていた。
だがよく考えれば、異世界の住人二人の会話も日本語で聞き取れているのだから疑問に思うのも今更すぎる。
恐らくは悪魔が何か細工したか、そもそも本を介して異世界に入った事が何か影響したとか、どの道今はそんな推測しか出来ない。
「あはは、すみません。つい……。で、領地から城に帰還した際には既に王都が病人で溢れていたようですね、恐ろしい」
丁度その記述からページを進めるごとに、日記の主の不安や焦燥が徐々に文字の乱れに表れるようになってくる。
当事者でこそないが、埋めた筈の病死者がアンデッドとして蘇り土から出てきて街を徘徊しだしたという記録には思わず想像したアカリが表情を引きつらせた。
「そんなの一般人からしたら逃げるしか……あっ、でも王国騎士団の一番隊隊長……デクスターさん?
彼は炎の剣でアンデッドをばさばさ斬り伏せてていたようですね」
英雄じゃないですか、などと言いながら関心しているフィルに対し、アデルは無感動に呟いていた。
「けど、城が今こんなになってんなら結局ゾンビに負けたって事だろ」
このまま民を救った英雄として語り継がれるならお伽話らしいとアカリは思ったのだが、やがて件のデクスター氏もまた病に感染し死亡したという一文を日記に見つけてしまい、なんとも虚しい気分になる。
「遺品となってしまった炎の魔剣パイロープは一番隊で保管したが、以降誰も扱える者が現れず……何度も蘇る屍から今後どう逃れたら良いか解らない……と……」
今読んだ部分の前後を何度か読み返すフィルはふと、キョトンとした顔を上げてアカリとアデルを交互に見遣った。
「……この文章からすると、当時はこの魔剣で屍を再起不能にしていたように読めません?」
彼の問いかけに対し、二人とも同時に「読める」と答えて顔を見合わせた。
思わず息が合ってしまったようである。