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微かな変化

「人間達は不便ですよね……。光がなければ周りを見通せないんですから」




 ふと、入口の大扉を目指す途中でフィルが呟く。

 最初の入口ホールへ続く突き当りの扉がもうランタンに照らされているからか、はたまた結局使用人部屋を出てから一度も敵に出くわさなかったために緊張感がなくなっているのか。


「あはは。まあ、あたしの世界には人間しか……なんて言うのかな、知的生命体? がいなかったからね。私からしたら逆に人型なのに暗闇が見通せる二人の方が信じられないや」


 アカリに関しても、緊張は少なからず和らいでいる。

 少なくとも道行く先に置かれたコンソールテーブルや、その周りの元が花瓶だか壺だか解らない破片を魔物と見間違えるような事はなくなっている。


 だがしかし、別の意味で心拍数は上昇していた。

 すぐ近くに、小説の中だけの存在だと思っていた人々が生きている。

 声を出している。


 彼らと自分は同じ時間を生きている。

 そう思うと、心踊らせずにはいられなかった。


 そんな事を考えながら歩いていると、すぐ後ろを歩くフィルがふと思い出したらしい話を持ち出してくる。


「そういえばアカリ、小説の中での僕は……例の巨大な魔物に聖酒を浴びせたんでしたっけ?」


「うん、思いっきり真正面から」


 特に嘘をつく理由もないため、正直に肯定してみせる。

 アカリは背後を振り向かないが、そうせずとも彼が不可解そうな表情をしている姿が声音からありありと想像出来た。


「うーん……変ですね……。これ、生き物の抵抗力を上げる目的で用いられるようなもので、例えば解呪にもほぼ使えませんし……アンデッド系の魔物にダメージを与えるなんて、尚更効果が期待出来ない筈なんですが」


 アカリからすれば彼の発言に「そうなんだ」としか言えず、目から鱗が落ちるような心情である。

 確かに肉体の抵抗力を高めるなどとは冒頭部分で語っていた気がするが、アンデッドに特攻性がある等とは文中に書かれていなかった。


 だが、効果が無いとも書かれていなかったため、フィルの行動からしても読む側からしたら先入観でアンデッドに効くものだと勘違いしてしまったのだった。


「追いつめられたから錯乱したとか、気を引ければ何でも良かったとか……かなあ?」


 アカリが思いついた可能性を提示していると、二人の会話にアデルが横槍を入れてきた。


「んな事より、もう入口のホール前なんだが」


 話している間に、最初に細い廊下に立ち入った際に通り抜けた扉に遭遇した。

 ランタンが閉じた扉に接近し、その全貌を映し出す。


「あ、ここ花の模様だったんだ。来た時は見落としてたなあ」


 最初は気づかなかったが、今見てみると木の扉には実に精巧な寄木細工の蔓と花々が散りばめられている。

 何となく、狭間の図書館で悪魔の側に置かれていたテーブルを思い出して懐かしむような気持ちになる。


「僕らも見ていませんでしたね……。良い職人が(あつら)えたのでしょう。ところでアカリ」


 穏やかに告げるフィルが前に出て、アカリの隣に並ぶ。

 やはりエルフは自然が好きなのかと勝手に納得してを振り返ると、




 扉を凝視したままのフィルの目は笑っていなかった。




「通る時に僕らは扉を開けておいたのですが、こちら側の模様を見ていないという事は……扉を閉めなかったという事ですかね?」


 最初は何を言われているのか解らなかったが、じきに気づいて――再びアカリの全身に、小部屋を出た瞬間のような緊張が戻った。


 アカリが最初に来た時、眼前の扉は半開きになっていた筈である。

 かつ、アカリは殆どそのままの状態で扉を放置した筈だ。


 それが多少ズレている、ではなく全て完全に閉ざされているのだ。

 だから入る時には壁側に向けられ、花の模様が見えておらず存在に誰も気づいていなかったのだ。




 ――三人とも閉じていないなら、誰が扉を閉ざしたのだろう?

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