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いざ再び深淵へ

「使用人の部屋がある一角だとすると、調理場……ですかね?」


「んな事今はどうだっていいだろ。

 アカリの話が本当なら早く引き返さねえとまずいんじゃねえ?」


 先程から考え事に集中しがちなフィルに対し、アデルが呆れたように横槍を入れる。


 無理もない。

 アカリの話に対して半信半疑のきらいもあるものの、先を見ていない筈の彼女が周辺の地形を正確に言い当てて見せた事から、簡単にはデタラメだと切り捨てられなかったのだろう。


 しかも、もし本当なら先に進めばフィルを死なせる事になる。

 それならば少なくとも探索は日を改めようという話にもなるだろう。


「うん、あたし的にはもういっそこのお城の探索を諦めて欲しいけど……」


 そうすれば少なくとも、フィルを殺す魔物には二度と遭遇しなくなる。

 アカリはそう思ったのだが、意外にも当の本人は難色を示した。


「うーん……そうしたいのは山々なんですが……駆け出しの冒険者は路銀が……ね……」


 苦笑いをするフィル、諦めたように首肯するアデル。


「まあ正直今から新しい遺跡探すのはキツイな。

 その前に金が尽きて野垂れ死ぬのが関の山――って、このまま雑談で時間潰す流れじゃねえかよ」


 我に返ったアデルを眺めてくすくすと可笑しそうに笑声を零した後、フィルは彼とアカリを交互に見遣る。


「まあ、ひとまず引き返しましょうか。

後の事は後で考えるとして……そうだ」


 立ち上がり、彼の体格にはやや重量があるように見えるメイスと、それに反して小振りで軽そうな木の盾をそれぞれの手に持つ。

 そこでふと、何かを思い出したようにアカリの方に向き直った。


「一応、出口まで何があるか解らないので……僕には魔法がありますが、アカリは魔法が使えないのでしょう? でしたら、これを」


 差し出されたメイスと盾を呆然と眺めていたアカリは、ややあってそれを受け取る。


「あ、ありがとう……」


 一瞬悪いと言いかけたが、よくよく考えれば完全な丸腰で歩いている方がお荷物かもしれない。

 先程のような不意打ちを食らった場合、ある程度戦い慣れしているであろう二人なら回避の可能性があるかもしれないが、魔物など縁のない現代日本を生きたアカリにはまず無理な話である。


「じゃあ決まりだな。

 さっさと来た道戻って城から出るぞ」


 言うが早いか、アデルが木製の扉を指し示す。

 また生きる屍が潜む闇を抜けるのは勇気がいるが、今回は仮にも冒険者の肩書きを持つ二人がついている。


 例の巨大な魔物に遭遇さえしなければ、問題なく脱出できるだろう。


「……案外、早かったな……」


 意識を手放していた時間を考慮しても、数時間程度で死の運命を遠ざけてしまった。

 まだダンジョンから抜けておらず緊張しているせいか、手放しで喜ぶ気になれなかったが――それもきっと、外に出るまでだ。


 全身を守るには頼りない、それでも無いよりは遥かに頼もしい丸盾をぐっと引き寄せる。

 メイスはどうやら柄が木製らしく総重量は骨とさして変わらないが、先端に比重が偏っているため使い勝手が異なりそうだ。


 「あれ? そういえば骨は?」


 ふと、気を失うまでの武器が何処にも見当たらない事に気がついたアカリ。

 その疑問には、今しがた最後尾についたフィルが答えた。


「ああ、貴女を運ぶのが限界でして。すみません……。しかし、白骨死体は何度か場内でも見かけましたが……ゾンビ……ああ、ガストでしたっけ。あれだけしか動かないのは不思議ですね」


アカリは彼の声を聞く傍ら、アデルに引き続き闇に身を投じる。


 先んじて闇を引き裂くランタンが照らす、朽ちた絨毯。

 世界と血肉が混じり合ったような顔面の絵画。


 行きと同じく見れば見る程に不安が折り重なるものの、一人ではないという余裕からか――ある種の芸術品を見るような、心動かされる魅力も微かに覚えていた。


 そして、異世界に訪れた開放感と陶酔に満たされて生還するのはきっともうあともう少し。




 この時点でのアカリはそう思っていた。

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