旅立ち
「武器がね、無いのだよ」
告げられればアカリは即座に首肯。
「それ、あたしも今気になってた。今持ってるのランタンだけだし。」
悪魔もそう評価したように、武器の有無はある意味一番重要な部分だ。
可能であれば事前に入手した上で異世界に臨みたかった。
が、彼の様子からしてそれは望み薄なのだろう――というアカリの推測は悪魔の次の発言によって、改めて口にする前に解消されてしまう。
「まあ見ての通り、周りには本と本棚しかなくてだね。燭台もあるが、あったところでね……とまあそんな訳で、ここから異世界に飛ぶとしたら丸腰で行かなくてはならない。それでも行くかね」
この男、怪しさ満点の風貌の割に親切である。
否、あるいは何か裏があるからなのだろうか――と勘ぐってみても、異世界に飛ぶ手段を他に知らないアカリからすれば疑った所で意味は無い。
それこそ、悪魔に魂を売ってでも別の世界でやりたい事があるのだから。
そして、それ程までに強い願望は今更怖気づく事を良しとしない。
「行くよ、それでも。……それに、武器がないなら現地で調達すればいい。」
それを聞いた悪魔は、呆気にとられたように口を微かに開いていた。
仮面で隠れていない下半分のみだが、アカリの前で初めて見せた笑顔以外の表情である。
「ほう……だが、武器調達など出来そうな場所があったかね……?」
そもそも作品内で描かれた時間が短すぎるため、武器らしい武器が置かれている場所など間違いなく存在しなかった。
そのため悪魔が首を傾げるのは自然な反応なのだが、アカリの双眸には自信が宿っていた。
「武器に出来そうなものなら絵の中で見たよ」
再び開いた本に乗せた指は――古城の前に転がる白骨死体を示していた。
困惑したように絵とアカリを見比べてくる悪魔をよそに、少女は語り続ける。
「多分フィルやアデルの頭の大きさと頭蓋骨を比べてみても大きく差は無いし、これは成人のものだと思う。そうなると大腿骨の長さが身長の四分の一くらい、だっけ……だから多分だけど、四十センチくらいはあるし……骨って意外と軽いし頑丈だから、あたしが振り回すならむしろ下手に重い剣とかよりも最適だと思う。うん、十分武器に出来る」
自分の発言に自分で首肯し悪魔に向き直ると、彼は完全に呆気に取られ言葉を失っているようだった。
「どうしたの?」
不思議そうにアカリが問うと、彼は我に返った様子で軽くかぶりを振り、普段の調子に戻る。
「ああ、失礼。思っていたより観察力があるというか……骨、か。いや……流石にそれは思いつかなかったというか……君は魔物と戦った経験は無い筈だったと思うが、それでよく骨を拾って戦えばいい等という発想と勇気、それに覚悟が出るものだね」
「戦うつもりないもん」
遮るスレスレで即答したアカリに、再び悪魔が唖然とする。
「戦う可能性もあるから武器について考えただけで、積極的に戦いたい訳じゃないし。目的はとりあえずフィルとアデルの生還だから、敵なんか極力避けていきたいの。どうしようもない状況になれば仕方ないけど、あたしの力じゃ多分雑魚一匹が相手でも厳しいんだろうしね」
アカリからすれば、古城の退廃的な魅力やその奥に眠るかもしれない財宝に多大なる興味がある。
が、あくまで二人の生還を第一目的に据え他は徹底的に二の次の扱いをする。
優先順位を明確にする合理的な考え方は恐らく、アカリの容姿や普段の言動から連想するには少し意外な要素なのだろう。
アカリとて、最初からこうであった訳ではない。
世の中、正しく選別と取捨選択をしなければ多くを失う事を嫌でも学んできたからだ。
「ではもう……いよいよアドロスピアへの異世界転移といくが。
持ち込めるのはそのランタンだけ、後他に質問はあるかね?」
アカリにもう引き返す意思はないと判断したらしく、改めて悪魔が問う。
アカリは思考するが――他には何も疑問が浮かばない。
結局思いついたのは、もはや冒険には関係のない内容。
「そういえばあなた、なんて名前なの?」
訊ねれば悪魔はおかしそうに肩を竦めて答えた。
「今それを訊くかね。……まあ残念ながら、私に特定の名は存在しなくてだね。
だから好きに呼んでくれて構わないのだよ」
本当に名前が無いのか名乗りたくないのかは解らないが、特に深く追及する理由もない。
そうこうしているうちに、手元の本から発される白光はより強まる。
なんとなく時間切れが近い気がして、咄嗟にアカリは最初のページを開いてこう告げた。
「冒険の間、暇あるか解んないけど考えておくっ!」
周囲が白み、輪郭すら判然としない中に見える悪魔の口元は――心なしか、今までより少し楽しげに笑みを深めた気がした。
「君が生還した時の楽しみが増えたのだよ。……では、アカリ殿。異世界に赴き悲願を果たしたまえ。」
――それきり、少女の意識は白一色に呑まれ――気づいた時には、古城の前に立っていたという訳だ。




