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世界を探しに

「……あ」


 本を開けば、エルフの僧侶がアンデッドの魔物の首元に小瓶を投げつけている場面の絵が描かれていた。


 ネット上で見た原作には挿絵などなく、文章のみで容姿が綴られていたが――性別の特徴が薄い、中性的な美がよく表れている。

 まさしくアカリが想像していた通りの姿が、本の中に描かれていた。


「フィル、だ……。」


 ページをめくる。

 先に逃がした友人アデルに笑って手を振る姿が描かれていた。


 ページをめくる。

 獣人のように俊敏に動けないフィルは、複数の死体が折り重なったような巨躯の魔物――ガストキングと記載されている――に叩きつけられ、あっさりと地に倒れ付す。


 ページをめくる。

 辺り一面、血の海。

 鎧や紋章が引っかかっていたり、はたまた襤褸(ぼろ)を纏っただけの、統一性のない躯の寄せ集めがそれを見下ろしている。


 視線の先では千切れた白く細い腕が投げ出され、凄惨なコントラストを描く。


 ページをめくる。

 一人で城を、やがて来た道である白骨死体の転がる庭を抜け、廃墟を走るアデルの瞳には涙が浮かぶ。


 ページをめくれば、後は何もないまっさらなページが続くのみだった。


 ――あまりに虚しい、二人とも何も報われないままに放置された世界。


「……間違いない、これが……あたしの探していた世界」


 アカリは本を一旦閉じ、だがしかし沈んだ眼差しを手元から外せないでいた。


「見つかって良かったではないか……と言うべきか迷う眼差しをしているのだね」


 悪魔にそう声を掛けられて我に返り、被りを振り表情を正し――きれず、眉を下げた微妙な笑顔となってしまう。


「ううん……良かった。絵で実際に最期を見ると……本当に、変えられるなら変えたいなって改めて思うから。……本当に、この世界の中に行けるんだよね」


 知名度がほぼゼロに等しい世界を見事当ててみせた図書館に、もはや作り物の可能性は全く見出していない。

 夢の可能性は捨てきれていないが、それならそれで小説の世界にも問題なく行ける事になるだろう。

 だから、問い掛けに迷いは無い。


「勿論だとも。それに、この一帯に存在する本ならば世界自体の時間が死に、切り取られた時を繰り返し流している状態なのだよ。」


 ふむ、と唸る声。

 何を説明すべきか、思考を整理する様相。


 「……つまり、ね。一分一秒正確にとはいかないまでも、作品内で描かれた時間帯であれば大体狙った時間帯に飛ぶ事が出来るという事さ。

 君の気がかりであるフィルとやらも、上手くやれば生存した状態の歴史を作れるかもしれないのだよ」


 心臓が跳ねる。

 鼓動の音が聞こえてさえきそうだ。

 アカリにとって、これ以上心躍る話はなかった。

 悪魔の話の通りなら、誰にも共感されず心に押しこめていた願いを叶える事が出来る。

 それも小説の形でではなく、リアルに体験するような形で。


「……さて、水を差すようで申し訳ないのだが。」


 ふと、悪魔の男が変わらぬ笑顔でそう前置いた。


「……え?」


 散々期待した後で「水を差す」などという言い回しを使われては、何か不穏な気配を感じてしまい声音に不安の色が現れるのも無理はないだろう。


 そんなアカリに、悪魔は告げる。


「まず異世界に行ったところで必ずしも彼らが救えると決まった訳ではない……というのはまあ先にそれとなく伝えたから良いとして。実はだね、異世界に君を転移させるのに代償が必要なのだよ」


 代償、と鸚鵡返(おうむがえ)し気味につぶやくアカリを見て、悪魔は苦笑する。


「はは、そう身構えなくても大丈夫さ。

 何も命を寄越せだなんて言うつもりは無いのでね。」


 そうは言っても代償などと仰々しい言い回しをされれば不安を覚えるのが人間というものである。

 故に恐る恐る、アカリは悪魔に問いかける。


「えぇー……じゃあ一体何を支払えば……」


 問われた彼は、不意に元来た道を指差した。

 意図を測りかねるも、少女はそちらを見遣り――


 どす黒い闇から摩擦(まさつ)音を伴い、光の境目に飛び込んできた金色の塊を視界に捉える。


 そして円形のそれに、見覚えのある透かし彫りで描かれた月と葡萄(ぶどう)の意匠を見つけてしまい、思わず甲高い悲鳴を零した。

 悪魔はその様子を仮面の下で視認したらしく愉快げに笑声を零す。


 「闇の中をずっと追いかけて来てくれるなど中々健気だとは思わないかね?」


「な、なな何でこんな……っ! 追いかけてくるって何で……! ありえないでしょ、ただのキーホルダーだよ!」


 何食わぬ顔で佇む悪魔に(すが)るように向けた視線を、恐る恐るキーホルダーに向け直す。

 先程よりも此方(こちら)に近づいている気がして、アカリは思わず半歩後ずさった。


 どういう原理で動いたかは知らないが、このキーホルダーはおそらくアカリの所持品で間違いがない。

 何故なら飴についていた応募券で手に入れた品であり、市販では手に入らないレア物かつ、普段から使い込んでいる証である無数の小さな生活傷も伺える。


 それ故に、昨日まではただのキーホルダーだった筈の一品が不気味でならないのだ。


 そのため一向にアカリがキーホルダーを拾おうとしないので、じき悪魔が首を傾げる。


「拾わなくて良いのかね。君にとって代わりの存在しない特別な品なのだろう」


 動揺のあまり一瞬聞き流しかけたのだが、ふと言葉の後半に違和感を覚えた少女は、聞き捨てならないと言わんばかりの視線を発言者に向けて問い詰める。


「……ちょっと待って、何で代わりがないって解ったの?」


 事情を知らぬ者からすれば、見た目はただの土産物のキーホルダーと大差ない筈だ。

 まして、どう見てもアカリと同じ世界の出身には見えない、それこそ小説やゲームの世界から出てきそうな人外の男が発した言葉だ。


 一体何をもってして判断したのか疑問にならない方がおかしかった。

 だが悪魔の返答は、そもそもアカリの常識では考えられないものであった。


「輝きが違うからね。君が所持していた鞄や中から感じるそれとは明らかに違ったのだよ」


 アカリにも見える範囲なら金属特有の反射光の事だろうが、彼の言う『輝き』はそれとは明らかに違うニュアンスで語られている。

 その違和感を表情に隠さず表したからか、悪魔は笑って付け加える。


「まあ人間には見えない魂の輝きが私達には見えると思ってくれたまえ。……とまあ頂きたいのはその……キーホルダー、だったかね。それ一つだけさ。それ一つで望む世界に行けるのなら、そう悪い話でもないと思うが如何かね?」


 アカリの特別な思い入れを見抜かれた理由は、まああの仮面の下には人間とは見え方の違う目があるのだ、異世界だからだと無理矢理納得するとして。


 確かにアカリにとっては特別な――デザインも気に入っているし、非売品ゆえにおそらく二度と手に入らないだろう事を考えれば、手放すのが惜しいのに間違いはない。


 だが悪魔の言う通り、異世界に行くための対価とするならばあまりに破格すぎる条件であるのもまた事実だ。


 キーホルダーがこれ以上動く気配を見せないのを視界の端で確認し続けつつ、動揺と恐怖をなんとか落ち着けさせてアカリは答える。


「……まあ、これで異世界転移が出来るなら。喜んでって感じ」


 あっさり交渉が成立し、満足げに頷いた悪魔が透かし彫りの月に向けて手を伸ばす。

 ――瞬間、それは強く金色に発光し燭台よりも遥かに広い範囲を照らした。

 眩しさのあまりアカリは目を細めるも、仮面で守られているのか悪魔の方は動じない。


 程なくして弱まった光明に再び目を向けると、それはいつの間にか淡く輝くキャンディボトル――ではなく、どうやら似た意匠らしいランタンに変化していた。


 キャンディボトルに一瞬見間違えた理由は、南瓜を思わせる一定間隔で入った筋や中央付近の膨らみ、何より中に封じられた複数の小さな光達が飴玉を思わせる球形をしているからである。


 魔法やらオカルトやら不思議全般に縁のない生活をしてきた少女は、唐突な変化に思考が追いつかず(しば)し呆然としていた。


「……大分呆けているようだが、大丈夫かね。異世界で叶えたい君の願望が今、宿主の形状を変えたのだよ。」


 そこで悪魔に声を掛けられて我に返る。

 思考が混線しており、何か言葉を紡ぐまでには至らないため続きに耳を傾ける事にした。


「私に引き渡すのは彼の世界から帰還したらで構わないのだよ、持って行きたまえ。君の願いはきっと冒険を助ける事だろう。」


 今に至るまで歩調を合わせたり、何かと気遣いを見せてくれた悪魔が決してランタンに触れようとしないのは、今はまだアカリの所有物だという認識があるからなのだろうか。


 ともあれ、彼の話によると元キーホルダーことランタンはこの先の冒険で役に立ってくれるらしい。

 未だに恐怖心が拭いきれないが、意を決してアカリは前進し金色の光源を拾い上げたのだった。


 人の頭程度の大きさがある割には重量はさほど感じられず、金属質な外見と乖離(かいり)した強烈な違和感に思わず目を瞠り、何度か軽く揺らしてみてしまう。


「触った感じは明らかに金属の質感なのに、思ったより軽い……。プラスチック、いやもっと……?」


「君に負担は掛けないといった心構えではないかね、なんて。それは良いとして、最後。ある意味一番重大かもしれないのだが……」


 などと相も変わらず芝居がかった口調のせいで、悪魔が指を一本立てて注意を促すような仕草をしても真剣味が沸かない。

 が、彼から発された一言はアカリ自身も、言われなければ訊くつもりでいた内容だった。

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