呼び声に誘われて
†
「――あっ、目が覚めたようですよ」
前後左右も曖昧な茫漠とした意識の中、最初に聞こえたのは男女どちらか判断に迷う優しげな声。
次いで、それとは対照的に凛とした少年の声がそれに答える。
「思ったより早かったな、お前よか回復力あるじゃねえか」
どちらの声にも聞き覚えは全く無いが、何となしに――印象としては、身に覚えがある気がした。 まさかと思い、心臓が跳ねる。
――心臓が跳ねた事で、自分が生物である事を実感する。
血が通っている。
意識が確かにある。
どうやらまだ自分は、生きている。
前後不覚の状態から急速に意識が覚醒し、世界が鮮明になる。
勢いのままに跳ね起きたものだが、近くにいる膝をついた方の人物に慌てて制止された。
「駄目ですよっ、まだ治癒呪文がかかりきってなくて……あと少しだけ大人しくしていてください」
陶器の人形めいた白く細い手指、そこから視線で腕を辿る。
動きに合わせてさらさらと流れる長く美しい金の髪、心配げな森色の瞳。
ランタンの明かりだけで照らされた薄闇の中でも、それが探していた人物の片割れ――フィルだと判断出来た。
そうなれば今接近してきたフィルの後ろで立っているやや目つきの鋭い猫獣人が、アデルであるという結論に至るのは自明の理である。
「お前、でけえ悲鳴あげた上にアンデッド共に頭割られてのびてたんだよ。まさか俺達以外に誰か居るとか思ってなかったんだが、どうやって入ったんだ?」
アデルが怪訝そうに首を傾げる傍ら、膝をついたままフィルも頷く。
「突入の際、周りに人が居たようには感じられなかったのですが……。」
彼らにとってはアカリがどうやって現れたのか気がかりな点なのかもしれないが、アカリにとっては二人が今目の前に生きて存在するという事実の方が重要だった。
床と壁の境目や、使い物にならない程に朽ちた質素なベッドの存在がランタンにより鮮明に映し出されている。
殆どの調度品や部屋の輪郭が視界に入り切る事からして、あまり広くない部屋にいるのだろうという状況は伺える。
このような小部屋に入るような記述は小説に無かったように思えるし、何より二人の口ぶりからしてアカリが気を失ってからそれなりの時間は経過しているのだろう。
つまり、だ。
二人に迷惑こそ掛けてしまったが、結果的に死ぬ未来を変えられた事になる。
――感激なのか、達成感なのか、歓喜なのか。
形容しがたい感動がアカリの胸に溢れ、発する声の震えを抑えきれない。
「二人とも、生きてて良かった……!」
思いがけない幸運で念願の二人に生きたまま会えた喜びは、あまりに大きすぎた。
が、当然フィルもアデルもアカリの事情など全く把握していないため顔を見合わせていた。
程なくして二人組は今すべき事を見つけ出したのか、同時にアカリに向き直る。
フィルの方がやや困り気味の笑顔を浮かべて沈黙を破った。
「あの……僕達の事をご存知なのでしょうか? 失礼ですが、初めまして……ですよね?」
次いで、彼よりだいぶ不躾な様子でアカリに指をさすアデル。
「いや、そんな変な服着た女一度見たら忘れねえだろ。どこの民族だよお前。」
アカリからすれば二人こそ衣装の出来がいいコスプレ集団なのだが、この世界では高校の制服の方がマイノリティなのだろう。
数分を経てアカリもだいぶ落ち着きを取り戻してきたので、まずは暗黙の了解でお互いの自己紹介をする流れになった。
ともあれ、自己紹介をするにしてもアカリの話は――彼女からしても、全く荒唐無稽で突拍子もないものとなる。
何しろ始まりが、こうだ。
「えーと、あたし……小流明璃。異世界から、二人を助けるために来たの。」