異世界転生の掟
僕の名前は沖哲夫。
歩道を歩いていたら、後ろから暴走トラックが突っ込んでくるのに気づいた。
なぜか僕目掛けて一直線に走ってくるトラックを、なんとか間一髪で回避する。
助かった、そう思って安堵していると、なんとそのトラックがUターンして戻ってくるではないか。
なにしてんのかと思って見ていると、今度こそ明らかに僕を狙って突っ込んできた。
「な、なんで!? うわああああああああ!」
僕はなすすべなくトラックに轢かれてしまった。
「哲夫……起きなさい……哲夫……」
誰かに呼ばれる声に気づいて目が覚めると、僕の目の前に一人の女性が立っていた。
「んっ……あれ? ここは?」
「ここは死後の世界。あなたは不運にもトラックに轢かれ、死んでしまったのです」
死んだ……。
そうか、あのトラックに轢かれて死んでしまったのか、僕は。
絶対僕を殺すつもりだったぞ、あれ。
そんな殺されるような、恨みを買うことした覚えはないんだけど。
「しかし、ご安心なさい。畏れ多くも、この女神である私に選ばれたあなたは、異世界へと転生するチャンスを得たのです。さぁ、あなたの望む能力を言うのです」
女神が微笑をたたえながら喋っている。
異世界転生……能力……。
う~ん、別にあんまり行きたくないな……。
こんな不細工な顔でモテるとも思えないし。
できれば人生リセットしたいんだけど。
「あの、女神様。できればこのまま僕を死なせて頂けると嬉しいんですけれど……」
そう言うと、女神の眉がピクッと動いた。
しかし、顔は微笑んだままだ。
「ご安心なさいな。あなたは異世界へと転生するチャンスを得たのです。さぁ、早くあなたの望む能力を言いなさい」
なぜか先ほどと同じセリフを言う女神様。
えっ、なんで?
聞こえなかったのかな?
この距離で聞こえなかったってことないと思うけど。
「いえ……ですから、このまま僕を――」
「だまらっしゃい! あなたが異世界転生するのはもう決定してるの! 空気読め! 話が進まないでしょ! もういい、適当に能力与えとくから頑張って」
女神が一転して鬼のような形相でそう叫ぶと、僕は問答無用で異世界へと転生されてしまった。
気がつくと、僕はどこか街の中の広場みたいな場所にいた。
転生されちゃったからには仕方がない。
街をぶらぶら散策していると、どこかから女性の助けを求める声が聞こえてくる。
「誰か助けて~!」
うわぁ、やっぱり現代と違って犯罪はそこら中で起きてるのかな。
なにせ、異世界転生っていったら大体、大昔の設定が多いもんな。
ほんと、日本は平和でよかったんだなぁ。
そんなことを考えて、通りを歩いていたら、再び別の場所から女性の助けを求める声が聞こえてくる。
「誰か、誰か助けて~!」
いや、ほんと多いな犯罪。
誰か助けに行ってやれよ。
そう思って周りを見渡してみると、なぜか視界に入る人全員が僕のほうを見ていることに気づいた。
ぞわりと悪寒が走る。
な、なんだ?
僕がなにかしたのか?
「てめぇか! なにやってんだよ! 早くこっち来い!」
いきなり現れたガラの悪い男に手を引っ張られた。
どんどんと路地裏の奥のほうへと連れられて行く。
なんなんだ!?
誰なんだこいつは!
訳がわからないことが続き、僕はパニック状態だ。
路地裏の行き止まりに着くと、煙草を吸っている男と、一人の美少女がいた。
やべっ、と言いつつ急いで煙草を捨てる男。
「お~い、連れてきたぞ~。よし、じゃあやるか」
僕の手を掴んでいた男はそう言うと、僕に向かい合うようにして立ち、腰についた鞘から剣を引き抜いた。
僕は呆然と立ち尽くしている。
意味がわからない。
なにをやるんだ?
殺し合いでもやるっていうのか?
馬鹿な!
そんなことできるわけない!
僕はくるっと半回転して、その場を離れようとした。
「おいいい! どこ行くんだてめぇ!」
男に肩を掴まれてしまった。
「てめぇが俺たちを倒さないと話が進まねぇだろうが! そう決まってんだから余計なことしてんじゃねぇ! さっさと俺たちを倒しやがれ!」
なに言ってんだろこいつ。
頭がおかしいんだろうか。
「ハァ、もういい。うぐあッ!」
突然、前触れもなく苦しみだした二人の男たち。
地面に倒れて動かなくなってしまった。
「あぁ、ありがとうございます! あなたは私の命の恩人です。どうか私の屋敷へお越しになってください。お礼をいたしますわ」
美少女が頬を染めて僕に喋りかけてくる。
この子はなにを見ていたんだろうか。
僕なにもしてなかったでしょ。
勝手に苦しみだして、勝手に倒れたんだよ。
僕はただ突っ立ってただけじゃないか。
「いえ……お礼なんて……それじゃあ僕はこれで失礼します」
「待って! 恩を受けてお礼も返さないなど、貴族として名折れです。どうか私と一緒に屋敷へおいでください」
「いえ……結構ですよ。なにもして――」
「なに言ってるの!? ぐだぐだ言わずに来ればいいでしょ! そこでイベントがあるんだから! そんなこともわからないの!? もう決まってるんだから無駄なことしないで!」
また理不尽に怒られてしまった。
なんなんだよもう。
まるで意味が分からない。
なんなんだこの異世界は。
「ハァ、もういい。ほら、いくわよ」
僕は美少女に手を引っ張られ、強引に屋敷へと連れられて行った。
その後、周りにすべてお膳立てされるので、途中から僕は気持ちを切り替えた。
美少女の両親に気に入られ、ギルドマスターに認められ、美少女たちにモテまくり、僕はなにもしていないのに、段々いい気分になってきていた。
ノリノリで誰かが敷いたレールの上を歩いていくと、ついに僕たちは魔王城へと辿り着いた。
「ついにここまで来たわね。私たち」
「……そうだね」
「なんか、浮かない顔してるニャ」
「……憂い顔も……かっこいいです……」
哲夫と、哲夫が路地裏で助けた美少女と、猫耳族の美少女、そして少し暗い感じの美少女が、魔王城の前にある最終決戦の地で会話をしている。
哲夫はというと、まだ終わって欲しくないと思っているのだろうか、寂しそうな表情だ。
しかし、哲夫の意思とは関係なく、強制的に物語は進んでいく。
魔王城から魔物の大群が押し寄せる。
地上はもちろんのこと、上を見上げれば空が見えないほど魔物たちで埋め尽くされていく。
「来たわね! テツオ! 任せたわよ!」
「あぁ!」
哲夫を先頭に、四人が魔物の大群に突撃していった。
まるでモーゼが海を割ったように、四人の進行方向に道ができる。
不思議なことに、テツオは剣を正眼に構えたまま、手首だけでクイックイッと動かすだけで、近くにいた魔物たちが叫んで倒れていく。
どういうわけか、空を飛んでいる魔物さえバタバタと落ちてくる。
途中からはもう面倒くさくなったのか、哲夫はただ走っているだけなのに魔物たちが倒れていく。
「さすがテツオね!」
「圧倒的なパワーニャ!」
「……すごい……また強くなってる……」
「ははは! 遅れるんじゃないぞぉ! 三人とも!」
ついに魔王城の最深部へと辿り着く四人。
魔王がいると思われる豪華な装飾の施された大きい扉を開けると、その部屋の一番奥の玉座に魔王が座っていた。
それを見た瞬間、哲夫が魔王に向かって突撃した。
「ようこそ、我が魔王城へ。私が……えっ?」
「そりゃああああああああ!」
「うぎゃああああああああ!」
哲夫の剣が魔王にペチッと当たると、魔王は絶叫を上げながら息絶えていった。
哲夫が、倒れた魔王を見下ろしていると、三人の美少女が哲夫に追いついた。
「やったわね! テツオ!」
「かっこよかったニャ!」
「……終わったね」
「あぁ、この後はどうなるんだろ?」
「知らない。でもやっとあんたから解放されるわ」
「えっ?」
「本当ニャ。こんなブサイクに付き合うのは苦痛だったニャ」
「……もっとイケメン……所望」
三人の美少女は、もう哲夫には目もくれずに立ち去っていく。
「待て……お前ら……」
「なんでよりによってあんなのを主人公に選んだわけ?」
「あいつと二人きりのシーンは、今思い出しても虫唾が走るニャ」
「……ブサイクで、身長も低くて……いいところない……キモイ」
「待てって言ってんだよ! お前らああああああああッ!」
玉座の間に哲夫の叫び声が響き渡り、三人の美少女が振り返る。
「っさいわね。なんなのあいつ」
「なんかキレてるニャ。ほっといて行くニャ」
「……行動の一つ一つが……キモイ」
「フッ……フフフ……ウフフフフフ……」
哲夫はなにを思ったのか、不気味に笑いだした。
それを見て引く美少女たち。
「お前ら、なにか忘れてないか? こういった物語が終わった後には後日談……アフターストーリーがあるってことをよ!」
美少女たちは心底嫌そうな顔をした。