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月は蒼天の檻に  作者: 結城琴葉
第七章
25/28

(6)

 ――こんな形でここに来ることになるとは思わなかった。

 エヴィーがカーディスと面会した部屋を少し離れたところから見張っていたが、やがて出てきたのはカーディスと意識を失った様子のエヴィーだった。彼女を連れた男たちを追って、レイは神殿裏の墓地に辿りついた。

 公女を名乗れば保護されて神殿の奥に閉じ込められることはあっても、まさか地下牢に囚われることになるとは思わなかった。ということは、エヴィーが偽の公女であるということが既にばれているのかもしれない。

 読みの甘さを思い知らされて、レイは軽く舌を打った。

 牢に入れられる前にエヴィーを助け出したかったが、無駄な騒ぎは避けたかった。男たちが立ち去るのを確認し、レイは朝の記憶をたどって墓標に似せて作られた地下牢への入口を探す。レイは見覚えのある墓標を見つけ、その石に触れた。闇の中、手探りで扉を探す。――あった。固い金属の感触は扉につけられた錠に間違いない。

 ということは、近くに明かり取り用の窓があるはずだ。そこからエヴィーと接触できるかとうろうろと辺りを歩き回った。

 足元から何かが聞こえた気がして立ち止まった。雑草に覆われて目立たなくなっていたが、そこには鉄格子に覆われた小さな窓があった。屈みこみ、顔をその窓に押し付けた。

「――エヴィー?」

 そっと声をかけた。自分では小さな声のつもりだったが、静寂の闇の中では予想以上にその声は大きく響き渡り、レイは思わず口元を押さえた。

「……違う」

 返ってきたのは男の声だった。だが、聞き覚えがある。

「その声、キルシュか?」

「……そうだ」

 呼吸が少し荒い。そういえばキルシュは怪我をしていた。

「おまえも捕まったのか?」

「も、って何だよ……。そこにいるの、レイだろう? エヴィーは? 一緒じゃないのか」

「エヴィーも捕まった。たぶん、ここのどこかにいる。知らないか?」

「……そういえば、さっき物音がした。……人の声も。呼んだけど、返事がなくて」

「それだ」

 思わず指を鳴らしかけ、止めた。

 エヴィーとキルシュを出してやらなければならない。だが、錠前やぶりはエヴィーの専売特許で、自分にその技はない。

 ここの鍵は、おそらくカーディスが持っているのだろう。この島には死者に近づきすぎると地下に引きずり込まれるとして、墓守や頻繁な墓参の習慣はないと聞いている。だからこそ、人目に触れさせたくない罪人を閉じ込めておく為の牢がこんなところにまるで隠されるように作られているのだろう。

 さて、どうしたものか。

 思案をめぐらせていると、足元からキルシュが言った。

「……あんた、銃を持ってたよな」

「え? ああ、あるよ」

 大陸、特にグウィンハルスでは、拳銃は既に武器の代名詞になりつつある。長い歴史と共にあった剣術は娯楽のものと化し、実際に身を守ってくれるのは銃器だとレイは信じている。おそらくこの島ではまだそれほど流通していない。それを知っていて持って来た。銃の扱いには多少の自信もあった。

「撃ったらいいんじゃないの?」

「え?」

「だから、拳銃で撃って壊してくれよ。別に綺麗にまた扉を閉めなきゃいけないわけじゃない。ここまで来たらもう同じだろ」

 なるほど、それもそうだ。何故今まで気づかなかったのだろう。盲点だった。いつも密かに仕事を進めることを念頭に置いている為、音が響く拳銃を使う発想はなかった。ジールには悪いことをした。

「了解。いいこと言うじゃないの」

 レイは扉の側に回り、錠がかけられている位置を確認した。石扉は滑車のついた引き戸になっている。その引き戸と扉枠を細い金属の輪でつなぎ、その下に箱型の本体がぶら下がっている。数歩離れ、きらりと小さく月明かりを受けて光ったその瞬間を見逃さずに引き金を引いた。

 暗闇の中、鋭い銃声が響く。今の音を聞き咎められる可能性は十分にあった。急がなければ。あと二つ。

 撃ち抜かれた錠が白く細い煙を上げながら地に落ちた。レイは扉を開け、中に飛び込んだ。月明かりさえも届かなくなった。自分の靴音だけがやけに響く。指先に伝わる冷たい石の感触だけを頼りに、一歩ずつ石段を下りた。通路は狭く、腕を大きく広げれば一人でその両側の壁に触れることが出来る。ひんやりとした空間が目の前に広がった。一体どこまで続いているのだろう――まるで世界の果てまで続いているかのような、あるいはその奥に吸い込まれるかのような、そんな闇だ。

 一歩ずつ、確かめるように進んだ。

「……何?」

 すぐ近くで、かすかに聞き慣れた声がした。銃声で目が覚めたのだろうか。

「エヴィー? そこか?」

 石壁を叩き、レイは彼女の名を呼んだ。

「……ここ、どこ? レイ?」

「そうだ、俺だ。あんたカーディスに捕まったんだよ。覚えてないのか」

「……覚えてるわ。あの人、私のこと知ってた……」

「あっさり捕まりやがって。まあ話は後だ。とりあえずここから出る」

「出るってどうやって」

「この奥にキルシュがいた。あいつがいいことを言ってくれたよ。錠を撃って壊す。念の為に扉から離れてろ」

 壁の向こうで身じろぎする気配がした。話が出来、自分で動けるのであれば、大した怪我もないのだろう。内心でほっと息をつき、レイは再び扉を探す作業に戻った。

 どこまでも続きそうな石の壁の中に、わずかな隙間を見つける。その周辺を集中的に探り、金属の冷たい感覚を求めた。掌に握りこんでしまえるほど小さな錠、それさえ見つかれば。

 なんとか目的のものを見つけ、レイは立ち止まった。先ほどはまだ月が彼を見ていた。ここでは何の光も届かない。どうやって標的をその視界に捉えれば良いのか――。

 だが迷っている暇はなかった。ままよ、とレイはだいたいの見当をつけた場所に狙いを定め、引き金を引く指に力を込めた。緊張がその身体を包む。いつもエヴィーは、こんなふうに鍵を向き合っているのだろうか。ふとそんなことを考えた。

 闇の中に小さな赤い光がきらめく。鋭い銃声が闇にこだまし、反響が頭を貫くように騒ぐ中、レイは錠の場所に戻り、その状態を指で触って確かめた。駄目だ。外している。腹立たしかった。もう一度、同じ動作を繰り返す。まだ駄目か。もう少し上か、それとも下か。……狙うべき場所がどんどんわからなくなる。目の前をぐるぐると標的が回る。回る。回る――。

 レイは頭の中で装填しておいた弾丸の数をかぞえていた。これが最後。舌打ちをして、銃口を上げた。これで外したらどうしようか、と考えて、頭を振った。――その時はその時、また考えればいい。

 ようやく小さな金属が地に落ちる音がした。レイは扉に駆け寄り、それを開けた。やけに眩しく見える月明かりを背に受けて、エヴィーが部屋の中央にたたずんでいた。

「無事か」

 言葉もなく何度も頷くエヴィーの頭を軽く撫でた。細い栗色の髪はまるで絹糸のように心地よくレイの指の間を流れる。

「怪我は?」

「ない……」

「一人にして悪かったな。もう大丈夫だ」

「ごめ……」

「別にあんたが謝ることじゃないだろう」

 レイは懐から預かっていたエヴィーの愛用の道具が入った包みを取り出し、彼女に渡してやった。養父の形見だという鍵はまだないが、これで少しは落ち着くだろう。

「まだ奥にキルシュがいる。ジールならこれからきっと会える」

 エヴィーはもう一度深く頷くと、レイの手に導かれて闇の中へと降りていった。

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