表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月は蒼天の檻に  作者: 結城琴葉
第七章
23/28

(4)

 神殿前で繰り広げられた茶番劇を、アストールは冷めた目で眺めていた。

 カーディスのことは昔から知っていたが、好きではなかった。貧しい家の出でありながらも真面目な働きぶりを評価されて神殿内で驚異的な出世を遂げ、若くして最高位に就いた人物だ。彼の考えにはまず女神と神殿が第一にあると人はその信仰心を讃えるが、本心かどうかは定かではない。島の改革を唱え、敗れて失踪したアストールの父親とは仲が悪かったらしい。だがそれとは関係なく、柔らかな人当たりと口先で相手を従わせ、そのくせ自分の本心を決して悟らせない彼のことを、アストールはどうしても信用出来なかった。

 だが今回は利用出来る側面が多かったから手を組んだ、ただそれだけのことだ。お互い持っている情報を提供しあったが、向こうが手の内をすべて見せてきたとは思っていないし、アストールもまたそうである。

 母はアストールが幼い頃に死んだ。その母に、アストールは自分というものを歪めて育てられた。――本当は男なのに、何故女の振りをして生きなければならないのか。いつまでこんな馬鹿な真似を続ければ良いのか。

 きっかけを与えたのがカーディスだった。それならばいっそ『公女アスティア』を殺してしまえば良い――それも出来るだけ派手に。誰もが疑わないように。アストールと瓜二つの少女がいるという話を持ち込んできたのも彼だ。翼を持たない忌むべき少女として育ち、今は大陸にいるという。アストールは彼女を探し出し、罠にはめた。半年前に足を怪我をしたのは本当だが、もうとうに完治しており、自由に歩くことも走ることも出来たが、同情を買う為に偽装した。彼女を巫女として『女神の塔』へ上げ、正体がわからないよう周到に、無頼の輩が徒党を組んでいる一味に依頼してそれを襲撃させた。この状況で巫女の遺体が見つかれば、その犯人は明白だ。そうすればアストールは晴れて自由の身になれる。アストールの屋敷の使用人はエヴィーの存在を知っているが、彼らは皆アストールに忠実だ。そこから真実が漏れる心配はないだろう。

 そのはずだったが、様子を見に行かせたグウェンが戻らない。ただ一人、子供の頃から傍にいたグウェン。彼はアストールのことを命の恩人だと思っているようだったが、アストールにしてみれば、グウェンを救ったのはほんの気まぐれ、あるいは自分の為でしかなかった。『奇跡』の力がまだあったあの頃は、誰かを助けて喝采を浴びることだけが、自分が生きていると感じられる瞬間だったのだ。

 グウェンはどうしているのだろう――神殿の奥に与えられた部屋で彼のことを考えていると、茶番劇を終えたカーディスが姿を見せた。

「――どうしました?」

「何でもない。そっちはうまくやったみたいだね」

「アストール様のおかげですよ。まさか彼が探していた王子だとは思いもしませんでしたが」

 母親の違う兄がいるという話は、かつて母から聞いていた。それが神殿にいるらしいとも。名前は知らなかったが、目印は『女神の涙』。エヴィーを追っていった神官見習いの少年を、命令違反を理由に捕らえ、彼の持ち物を調べてみるとそれがあったと報告してきたカーディスは、これこそ天啓だとして今日の発表に及んだ。

 行方不明になっていた父親は、政変の際に精神を病み、誰にも会いたがらないので地下室で保護しているのだと言う。アストールも一度だけ彼に会ったが、それが物心つく前に会ったきりの父親と同一人物なのかどうかは判断出来なかった。

「で? その『父上』と『兄上』は今は?」

「お二人ともそれぞれ部屋にいらっしゃいますよ。どうやらお疲れのようで」

「お疲れねえ……」

 カーディスが妙な薬をよく使うことをアストールは既に知っている。

「あの女はまだ見つからないのか?」

 誘拐させたエヴィーのその後の消息は杳として知れない。グウェンの他に手勢を持たないアストールは、その点ではカーディスに頼るしかなかった。

「申し訳ありません、何しろ追っていったのがジーリアス王子だけでしたから」

「それを捕らえたんだろう? 何故吐かせない」

「途中で見失ったと」

「……役立たず」

 申し訳ありません、ともう一度カーディスが頭を下げた。だがその謝罪も白々しく感じられて、アストールは窓の外に目をやった。

「あなたはこれで満足でしょう? 共和制だの王政改革だの、お題目ばかり並べる者たちを出し抜いて、新しい国王を手に入れた。父でもない、僕でもない、自分が思うように出来るまっさらな王子だ」

「そうですね……まだその第一歩ですが」

 カーディスは神殿の権威をよりいっそう高めたいと願っている。国王ヴォルフィウス十三世は、大陸への移住や婚姻を勧め、その考え方は一神教として確立されていたアルバドスの根幹を揺るがすものだった。保守派勢力によって彼が追われた後、何人かの指導者が政権を争ったが、神殿を唯一のものとし、至上の存在としてその地位を保証するとは限らなかった。それならばいっそ、自らが王を決め、その政権を操れば良い――カーディスはそう考えたようだ。

 カーディスが最初に近づいたのはアストールだった。アストールの母は信心深く大神官たるカーディスに絶大なる信頼を寄せており、死に際してアストールのその後を託していた為、アストールが本当は少年であることを知っていたのである。だがアストールは、これ以上束縛される生活を望まなかった。本当の性別を明かし、新しい王になる気もなかった。だから名も知らない異母兄を売ったのだ。

「『女神の涙』は?」

「ここに」

 アストールの求めに応じ、カーディスが小さな箱を差し出した。丹念な細工が施された美しい宝石箱の中に、赤く丸い石が収められている。

「こんな小さなもので、誰でも王子になれるんだな」

 鼻で笑った。

 親指の先ほどの大きさしかないその石は、赤く深く輝いている。

「そんなことを仰るものではありませんよ。石だけが身分や人の本質を決めるのではありません」

「よく言う」

 たまたま彼がその石を持っていたから、王子に仕立て上げただけのくせに。――もっとも、兄かもしれない少年にも会わずに、それが『女神の涙』であると断定したのはアストール自身なのだが。

 アストールはしばらく掌の上で転がし、その球体の真紅を眺めていたが、やがて飽きて箱に戻した。カーディスは大事そうにその蓋を閉じ、自らの懐にしまいこんだ。

「あとはアストール様の方の一件だけですな」

「そうだね……。エヴィーには悪いけど、彼女を始末しないことには僕は何も出来ない」

 王子の称号も貴族の身分も何も要らない。ただ、普通の少年として生きたかった。顔が知られているせいで、この島では暮らしにくいのであれば、それこそ大陸に渡っても良い。アストールはそう思っていた。もう『奇跡』の力も持たない自分は、この島には必要とされていない。

「そういえば先ほど、私に面会人がありましてね」

「面会人? 誰?」

 カーディスは小箱を懐にしまったその手で小さな瓶を取り出し、近くにあった机の上に置いた。

「自分も国王の子だと申しました」

「へえ」

「『女神の涙』も持っていましたよ」

「そう」

「あなたも人が悪い。……確かに、私はあなたの兄君が一人だけだとは聞かなかった」

 カーディスはその瓶の口を開けた。アストールは何気なくその仕草を見ていたが、花の香りのような甘い匂いが部屋中に広がり、眉根を寄せた。

「……カーディス、それは何だ」

「ただの気分が良くなる薬ですよ」

 ――油断した。口に入れるものにさえ気をつけていれば良いと高をくくっていた。咄嗟にアストールは手で鼻と口を覆ったが、もう遅かった。ふわりと身体が浮くような感覚に包まれる。頭がくらくらした。軽い酩酊状態のような、心地よい――だがそれは一瞬のことだった。

「何を……」

「『女神の涙』も『国王の息子』もたったひとつで良いのです。たとえそれが本物であろうとなかろうと」

 足に力が入らなくなり、アストールは膝をついた。その身体をカーディスが支える。

「さわるな……」

 薄れゆく意識の中、なんとか抵抗の言葉を口にしたが、何の役にも立たなかった。

「それ以上は、要らない。――あなたもその中の一人であることに気づかなかったのですね、アストール王子」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ