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月は蒼天の檻に  作者: 結城琴葉
第七章
21/28

(2)

 気がつくと、キルシュは神殿の前にいた。

 人混みに流され、エヴィーやレイとははぐれてしまった。一旦はキルシュも引き上げたつもりだったのだが、柄にもなく考え事をしているうちにまた戻ってきてしまった。大神官に散会を命じられた後の広場は、それを是としない人々だけが残って神殿に入ろうとしていたが、それを若い神官たちが阻止しようと揉みあっている。

 あたりはすっかり暗くなっていたが、人々に退く気配はない。キルシュはその集団に近づき、人々の間に身体を滑り込ませた。

「あんなもの信用できるか!」

「もう一度、国王と王子を出せ!」

「大神官に会わせろ!」

 怒号が飛び交っている。

 陛下は大変お疲れで、今日はもうどなたにもお会いになりません――。声が枯れるほど、同じ台詞を何度も繰り返し、神官たちは押し寄せる人々の前に立ちはだかって神殿の入口をかたく守っている。

 普段なら、女神アルーヴァへの祈りを捧げる者ならば、誰でも神殿に入ることが許された。その奥、神官たちの住居部にまでは立ち入れなくても、手前の聖堂ならば神殿は島民たちのものでもあったのだ。だが今はそこにすら近づけない。人々の苛立ちは余計に募り、興奮はおさまらない。

「だいたい、何故神殿が国王をかばう? 俺たちを見捨てて逃げ出した王だぞ!」

 一人の男が叫ぶと、その周りから同調する声が上がった。

「元々神殿が匿ってたんじゃねえだろうな! 都合が良くなったら出てくるつもりで――」

「だったら昨日の公女の誘拐だって本当のところはわかったもんじゃあない!」

「あの王子とやらだって、どこの馬の骨だか……!」

 不信の連鎖は止まらない。

 埒が明かない問答に業を煮やしたのか、神殿に詰め寄っていた中から一人、若い男が翼を広げて上空へと舞い上がった。神殿の屋根の上に降り立ち、そこから奥へ進もうとする。一人が飛び立つと、続けて何人かがそれを追った。更にそれを見た神官は止めようとまた翼を広げ、空いた穴を狙って人々が殺到した。混乱の輪は加速度を増して大きくなってゆく。

「――一体何事だ」

 騒ぎを聞きつけたのか、数人の神官を引き連れて大神官カーディスが再び姿を見せた。

そのゆったりとした足取りはこの騒ぎにもまるで動じていない様子で、余裕すら感じさせる。

「今日はもう帰るようにと言ったはずだ」

 低く鋭く響くその声は、興奮した人々を鎮めるのには役立ったようだった。屋根の上にのぼっていた者もおとなしく降りてくる。

 カーディスの声には不思議な力があるようだ。その声を聞くと、騒いでいた者もたちまちのうちに黙り込んでしまう。

「……我々は国王陛下にお会いしたいだけだ。この二年間、どこでどうしていたのか、何故今頃になって現れたのか、陛下には説明する義務がある。あのような短い言葉だけでは納得出来ない」

 集団の中の一人が、周囲を代表するように一歩進み出て言った。同調する声がそれに続いた。

「陛下も王子も、今日はどなたにもお会いにはならない。ひどくお疲れなのだ。後日、また改めて陛下からお言葉があろう。それまで待っていることだ。――言いたいことはそれだけか? それならば諦めて、皆帰りなさい」

「……俺には会う権利がある」

 キルシュは呟くように言った。

 静まり返った中では、その声は彼が思った以上によく響いたようだった。その場にいた人々が一斉に振り返り、キルシュを見る。

 キルシュが歩き出すと、集まっていた人々はまるで彼の進むべき道を開くかのようにその場から一歩退いた。人々の間を割って、キルシュはカーディスの前に立った。カーディスの周りにいた神官たちも、呆気に取られた様子でキルシュを見つめている。

「俺には、国王に会う権利がある」

「……何故そんなことを?」

 キルシュは懐から掌に乗るほどの小さな袋を取り出した。その中から、赤く輝く小さな丸い石をつかみだす。親指の先ほどの大きさのその石は、赤く染まった夕日のような、誰かが流した血のような、キルシュの燃えるような髪の色を映したかのような、深い深い紅の色。

 ――おまえは国王ヴォルフィウス十三世陛下の子、この石はその証となる王家の宝。

 母の死に際の言葉が脳裏に蘇る。

 身分などない、旅芸人一座の踊り子だった母。美しく、優しかった母。賢い女ではなかったことは知っている。だが、善良だった。

 別に国王になりたいわけでも、王子だと認められたいわけでもなかった。キルシュは今の生活が気に入っている。あまり大っぴらに口に出来る職業ではないが、頭のことは尊敬しているし、仲間たちといるのも楽しい。この行動が今後の人生を大きく変えることになるかもしれないということはわかっていた。今の生活を捨ててまで得られるものがあるのかどうか、それはわからない。ただ、このままでは母が嘘をついていたことになってしまう。この石が本物なのか、母が言ったことは間違いではなかったのか、それだけが知りたかった。

「それは……」

 キルシュの手の中の石を目にし、カーディスが絶句した。

「俺も国王ヴォルフィウス十三世の息子だからだ」

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