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月は蒼天の檻に  作者: 結城琴葉
第七章
20/28

(1)

 これからこの島はどうなるのか――。

 不安と希望を口にしながら、集まった人々は三々五々散ってゆき、後にはただ夕闇が残されるばかりとなった。

 エヴィーとレイも、根城とした宿屋へ引き上げた。キルシュとははぐれてしまった。彼はどこへ行ったのだろう。もう少しその場に残って彼を探したい気もしたが、散会を命じた大神官の言葉に逆らって必要以上に目立つわけにもいかず、人気のなくなった広場ではエヴィーの身にも危険が迫る。

 リュシアスが行方不明になっていた国王で、ジールがその息子。――そしてキルシュまでもがそうだと言う。

「……どういうことだと思う?」

 寝台に腰を下ろし、鬘をはずしながらエヴィーはレイに尋ねた。

「キルシュが持ってるっていうのは偽物だってことなのかしら。国王の息子だっていう話も……」

「いや、そうとも言い切れないと思う」

 窓辺に立ち、レイは外を眺めている。

「考えられる状況はいくつかある。一つは今エヴィーが考えたように、キルシュの持ってるというものが偽物だという場合。それから、逆にそれが本物で、さっき大神官のおっさんが持ってたのが偽物だっていう場合。あとは、両方本物、もしくは両方とも偽物ってこともある。決めつけるのはちと早い」

「でも『女神の涙』がいくつもあるなんて聞いたことないわ」

「聞いたことがないだけでそれがありえないとは限らない」

「……それはそうだけど」

「まあ、何にしろ俺らがここでどうこう言ってたって始まらないってことだ」

 レイは振り返り、燭台に火を点けた。深くなりつつあった闇の中に赤い光がひらめき、エヴィーは眩しげに瞬きを繰り返した。

「エヴィー、あんたはどうしたいんだ?」

「どうって……」

「俺は、あんたはすぐにこの島を出るべきだと思う。ここにいるよりは安全だ。坊ちゃんが何をしたいのかはわからんが」

 確かにそれはそうだとエヴィーも思う。

「でも私は、あの鍵を取り戻したい」

 それだけは捨てられなかった。

 あの鍵が結局何なのか、エヴィーはまだ知らない。だが知りたいとは思わなかった。ただ手元に置いておきたかった。ダルトンがエヴィーに遺した唯一の形あるものだ。この島のことは忘れても、ダルトンの存在だけは失いたくない。

「ジールが持ってるんでしょう? だったら……」

「でももう地下牢にはいないだろうな。仮にも王子様だ」

「でしょうね……」

 なんとかしてジールに会わなければならない。だが、どこにいるのかエヴィーには見当もつかなかった。

「たぶん神殿の奥の方じゃないかな」

 少し考えてから、レイは言った。

「どうしてわかるの?」

「直感」

「そんなもので断言しないでよ」

「別に断言はしてない。ただ、さっきのジールの様子は明らかにおかしかった」

 レイは椅子に腰を下ろした。

 カーディスに連れられ、観衆の前に姿を見せたジール。結局彼は一言も言葉を発さないままで、ただカーディスの促すまま、そこに立っていただけだ。

「俺は窓越しでしか喋ってないから何とも言えないけどな、でもその時の印象ではあんな感じじゃなかった。もっと自分の意思みたいなものを持ってる奴だと思ったんだ」

「確かにそうよ。私も少ししか話はしてないけど……」

 生真面目で融通の利かない男だとは思っていた。エヴィーの目から見れば大神官への傾倒ぶりは異常なようにも感じられたが、真面目であればあるほど、神官という立場にあればそれは当然なのかもしれない。だが、昨日の彼には確実に自分の意志があった。誰かの操り人形になるような人間ではない。共にいたのはわずかな時間でしかなかったが、それだけは自信を持って言える。

「それからあの王様の方な、あれも変じゃなかったか? まあ、俺は王様の方は全然知らないんだけどさ、あれじゃ覇気がなさすぎる。あれが娘のことを心配して出てきた親の顔か?」

「……そうね、リュシアスさんもおかしかったわ」

 山中で会った彼もまた、あのような雰囲気の男ではなかった。カーディスと共に現れた男は観衆の視線に怯え、用意された台詞を言うように通り一遍の言葉を口にしただけで早々に退場した。エヴィーが会ったリュシアスは、もっと自信に満ち溢れていた。あれは、エヴィーに自分の足で歩けと言った男ではない。

「でもレイ、あなた何が言いたいの?」

 レイはしばらく考え込むように黙っていたが、エヴィーに促されて口を開く。

「あのカーディスっていう大神官は妙だと俺は思う」

「妙って……」

「だいたい都合が良すぎると思わないか? 何故いきなり失踪していた国王が神殿に現れるんだ? しかもその息子は神官見習いで、大神官のお膝元にいたんだぞ。それに俺は見た。ジールは大神官の部屋に入った後、地下牢に入れられたんだ」

「…………」

「国王とやらはカーディスと共に、と言った。ジールは何も言わなかった。しかも二人とも人が変わったようだと来たら、すべてカーディスにいいように動いてるとしか俺には思えないね」

「……大神官が二人を操ってるってわけ?」

「そうだ。なんか妙な薬でも飲ませたんじゃないか? ジールが地下牢に入れられた時も様子がおかしかった。意識がないようにも見えた。病気かとも思ったが、病人をいきなり牢に入れるのは変だし、その後で話をしたら奴は元気だった」

 エヴィーはごくりと唾を飲み込んだ。

「何もかも推測でしかないさ。それは認める。だが、あの二人がカーディスの監視下にある可能性は高いと思う。カーディスの部屋は神殿の奥だ。その近くに二人もいる。俺はそう思う」

 レイの言葉には妙な説得力があった。本人が認めているとおり、確かに推測だ。だが、本当にそうなのではないかと思わせる状況が続いているのも確かなのだ。

「俺は王様やら王子様やらがどうであろうと別にどうだっていいんだ。どうせこの島の人間じゃないからな。仕事は中途半端なままだけど、もうこれ以上は見込めそうにないし、あとは無事に帰れりゃそれでいい。でもあんたは違うだろう?」

 レイはそう言うと、エヴィーの顔を見返した。

「……ジールに会わないと」

「そうだな。俺にも責任の一端はあるしな」

 小さく呟いたエヴィーに答え、レイは立ち上がった。

「乗りかかった船だ。せっかくだから行き着く先を見せてもらうことにしよう」

 その船はどんな海に向かうのか。エヴィーにもその先は見えない。

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