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月は蒼天の檻に  作者: 結城琴葉
第六章
17/28

(1)

 神殿からの発表は、光よりも早くアルバドス中を駆け巡った。

 国王ヴォルフィウス十三世が見つかった。二年前の政変により、行方不明となっていた国王が。

 大神官カーディスの名で発表されたその知らせは間違いないのだろうか。間違いないとしたら、今まで彼は一体どこで何をしていたのか。

「神殿によると」

 レスタの街に入り、宿屋の一室を借りてレイはエヴィーとキルシュをそこで休ませた。二人に食事を取らせている間に一度出て行き、どこからか薬と二人分の着替えを持って戻ってきた。そのついでにいろいろと聞き込んできたらしく、キルシュの怪我に薬を塗り、包帯を替えてやりながらその最新情報を披露してくれる。

「娘の誘拐事件を知り、心を痛めた国王が公女の行方を問い合わせる為に大神官を訪ねてきた、とそういうことらしい」

「国王ねえ……」

「外は結構な騒ぎになってるぞ。昨日の聖大祭に続いてこれだからな」

 それは知っている。宿に入るまでの間に、興奮した人々が声高に話しているのをエヴィーも見た。

 キルシュは黙っている。国王ということは彼の父親でもあるはずだ。エヴィーはちらりとその横顔を盗み見たが、何を考えているのかよくわからなかった。

「これは噂だが、『女神の涙』も出てきたらしいぞ」

「『女神の涙』? エルシェンバード公爵家にあるんじゃなかったの?」

「それからついでにもう一つ」

「もう一つ?」

「国王には隠し子がいるらしい」

「隠し子ぉ?」

 さすがにこれにはキルシュも顔を上げた。

「それって『公女アスティア』のことじゃなくて?」

「男らしいぞ」

「……じゃあ、アストールのこと?」

「それはわからない。――はい終了」

 キルシュの包帯の巻き終わりをしっかりと結び、レイは彼の腕を軽く叩いた。

「すまん。ありがとう」

「いいええ、どういたしまして。で、エヴィー、この兄ちゃんは結局何なの?」

「ええと……」

 正直に答えたものか、エヴィーは視線を宙にさまよわせる。

「巫女の誘拐犯だよ」

 先にキルシュが言った。さすがにレイは驚いたのか、まじまじとキルシュの顔を見る。

「あんたが?」

「そう」

「そりゃまたなんで」

「いろいろあって」

「エヴィー、なんでまた誘拐犯と仲良く下山してんの?」

「……いろいろあったのよ」

「あ、そう」

 いろいろ、で済ませておくと深く突っ込んで聞かないのがレイの常だ。

「あんたは?」

 差し出された着替えを着たキルシュが言った。

「そっちは何者?」

「あ、俺? 俺はエヴィーの仕事仲間」

「仕事仲間?」

「大陸でちょっとね。今回は仕事をする為にこの島に来たんだけど、いろいろあってこんなことに」

「へえ、大陸の?」

 キルシュは少し興味を持ったようだ。身体を乗り出し、レイを見る。

「あ、ひょっとして仕事ってあれか?」

 キルシュが指先で鍵を開けるような仕草をする。

「よく知ってるじゃないの。エヴィー、見せたのか?」

「仕方なく、ね。ちょっと無駄だった気もしなくはないけど」

「でも道具持ってなかったんじゃないの」

「髪を留めるピンで開けたわ」

「ほほう、さすが」

 にやりとレイが笑った。

「その仕事だけどさ、もう一つ頼みたいんだけど」

「ちょっと待ってよ、今はそれどころじゃないでしょう? これまでの事情を説明してもらわないと」

「それにも絡むのさ。まあ聞けよ」

 レイは寝台に腰を下ろした。

「あんたの道具なら全部ここにある」

 元々大した量ではない。何本かの使い慣れた針があれば十分なのだ。レイは懐から小さな包みを取り出し、エヴィーに向けて放った。それを受け止めて、中身を覗く。愛用の道具と万が一の為の護身用の短剣。確かに見慣れたものが入っていた。

 だが、一つだけ足りないものがある。

「レイ、これで全部じゃないわ」

「何が足りない?」

「鍵よ。――私のいつも持っていた鍵。父さんの形見なのよ。まだあの邸にあるなら取りに行かないと」

 リュシアスも言っていた。あの鍵は、きっと何か意味があるのだろう。

「いや、あの邸にはもう近づかない方がいい。さっきの一件でわかっただろう?」

「でも……、それなんだけど、どうしてグウェンが私を殺そうとしたの? アストールは?」

「坊ちゃんは俺もまだ見てない。どこで何をしてるのかさっぱりわからん。だが、グウェンはたぶん坊ちゃんの指示で動いてる。あんたのことを狙ってるのは間違いないみたいだな。理由はよくわからんけど」

「私、お礼は言われても殺される覚えなんてないわよ?」

「やっぱり今回の一件が原因なんじゃないか? 巫女を騙ったことを誰かに言いふらされたら困るとか」

「だって向こうだってこっちの弱み握ってるのに」

 下手に口を滑らせでもしたらこちらも破滅する。それがわかっているから、エヴィーはアストールの無茶な要求を引き受けたのだ。お互い黙っている、それがお互いの為。そう思っていたのだが。

「じゃあ何か別の理由があるんだろう。残念ながら俺にもその先はわからない。――それから、あの鍵なら大丈夫だ。あれは別のところにあるから」

「別のところ?」

「その件で仕事があるわけだ。――エヴィー、俺がなんであの場に駆けつけられたと思う?」

 レイはまた笑った。エヴィーはその顔を見て眉をひそめる。レイがこんな顔をする時は何かたくらんでいる時だ。嫌な予感がした。

 だが確かにそのとおりではあった。言われて初めて気づく。昨日、上空を飛んで連れ去られたエヴィーの居場所を、何故レイが知っていたのか。この島は狭いが、余所者のレイが何の情報も持たずに場所を特定するのは不可能だ。

「教えてくれた奴がいるのさ。……あんたたちを追っかけて行った若い神官」

「ジール?」

「そのとおり」

 ここで彼の名が出てくるとは思わなかったが、確かに彼が最も正確な居場所を知っていたことに間違いはない。

「ただ、あの兄ちゃんも今ちょっとのっぴきならない状況になっている」

「どういうこと?」

「何故かは知らないが、地下牢に放り込まれてた」

「ジールが?」

 牢という言葉に、エヴィーとキルシュは顔を見合わせた。

「ひょっとして昨日の責任を取らされたとか?」

「俺のせいか?」

「だからそれはわからないんだって。でも接触は出来た。それであんたら二人の居場所を教えてもらったんだ。ま、ちょっとした取引だな」

「……まさか」

 レイがにっと笑った。

「そのまさか。教えてもらう代わりに、牢から出してやるって言っちゃったんですよ」

「言っちゃったって……レイ、あなた勝手に!」

「あんたなら開けられるだろ。言ってたじゃないか、大陸のよりこっちの鍵の方が楽勝だって」

 それに近いことは言ったかもしれない。

「でも、牢やぶりなんて……」

「エヴィー、あんたは引き受けないとは言えないはずだ。あの神官見習いの兄ちゃんが俺に居場所を教えてくれなかったら、あんたは間違いなくグウェンに殺されてた」

「それはそうだけど……」

「それに言っただろう? あんたの鍵は別のところにあるって。取引の証に、あれはあの兄ちゃんが持ってる」

「…………勝手すぎるわよ!」

 エヴィーは頭を抱えたくなった。

 だがレイの言うことには一理ある。回りまわってジールがエヴィーの恩人であることは確かだ。しかもあの鍵を彼が持っているなんて。生命を狙われているとわかった今、一刻も早くこの島を出るべきだと思うのに、これでは引き受けざるを得ないではないか。

「……わかったわよ。その牢、ジールがいるのはどこなの?」

「神殿の裏の墓場だ。今はちょっと近づけないかもしれないな」

 国王が見つかったことで、今この島は大騒ぎだ。その中心が神殿であることは想像に難くない。

「まあ夜を待つしかないか。こんな仕事の出番は暗くなってからだと相場が決まってるもんだ」

 大きく伸びをして、レイは寝台に倒れこんだ。

「エヴィー、あんたも休める時に休んどけ。そっちの兄ちゃんはどうする? 別にこれ以上つきあう義理もないだろう。帰れる時に帰った方がいいんじゃないか?」

「俺は神殿に行ってみる」

「神殿に?」

 頷いて、キルシュは立ち上がった。

「気持ちはわからなくはないけど……やめておいた方がいいんじゃない?」

 昨日の一件は上空からの襲撃だったから、顔は見られていないだろうとはエヴィーも思う。だが用心するにこしたことはない。得に今は大勢の人々が押し寄せているはずで、危険度はより高い。

「いや、あんたらの話を聞いていてなんとなく事情はわかったよ。何回か名前が出てきたアストールってのが『公女アスティア』なんだな」

「あ……」

「男だから、身代わりにエヴィーを立てた。そういうことだろ?」

 それだけではないのだが、エヴィーは答えられずに口ごもった。

 自分が偽の巫女であることは話したが、『公女アスティア』の正体については何も話してはいなかった。自分の嘘を自分で白状するのに抵抗はないが、他人の嘘を本人の与り知らぬところで暴くのは気が引ける。そう思って黙っていたはずなのに、そのことをすっかり忘れていた。

「それに、思ったんだ。ひょっとして俺は、国王を誘い出す為に使われたんじゃねえのかって」

「どういうこと?」

「さっき、そっちの人が言ってたじゃねえか。行方不明になった公女の為に国王が出てきたって。国王を引っ張り出す為に公女を誘拐しなければならなかった。その為にお頭のところにあんな依頼が来たんじゃねえかなって今思って」

「……まさか」

「いや、考えられなくはないな」

 レイが身体を起こした。

「確証はないがその可能性も否定出来ない。どうしても国王を探したい誰かが、一か八かの賭けに出てみたってこともありえなくはない。まあ、不確定要素が強いし、国王とやらが人並みの親心を持ってるってことが大前提なわけだが。もしそうだとしたら、誰がその依頼をあんたのところのお頭とやらに依頼したと思う? 国王が出てきて、一番得をするのは誰だ?」

「それはわからねえ。でも、もしそうなら、俺は行くべきだと思う。――それから俺、エヴィーにも黙ってたことがある」

「何?」

「俺が国王の子供だっていう証拠はないって言ったけど、あれは嘘だ。『女神の涙』なら俺も持ってる」

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