サイボーグ娘がイチャつきたいだけのお話
辺境の銀河に、かつて『エデン』と呼ばれる、高い文明を誇っていた星があった。
エデンの人間は、『オリンポス』という大陸に栄えた最初の文明国であり魔法さえ扱える超技術を持ったオリンポス帝国を中心に、宇宙屈指の文明を築き上げた。
しかし、度重なる宇宙開発とそれに伴う土地、資源、利権を巡った戦争により、エデンは三度炎に焼かれ、魔法によって守られたオリンポス帝国以外の国々は崩壊の一途をたどり、文明はわずかに残り火を残すのみとなった。
『神の住む国』と謳われたオリンポスは崩れ去った星を見限り、障壁を張って外界と大陸を隔離、鎖国の道を選んだ。
かつて楽園と呼ばれていた世界は見る影もなく荒廃した。
そんな世界にあって尚も、人は戦いを止められなかった。
エデンの文明崩壊とともに、国家は崩壊し、喪失。
物資が貴重になり、それ自体が通貨としての価値をもつようになったニューエデンにおいて、労働の対価は金品以外にも食糧や生活用品が支払われるようになった。
そのことで、物資の生産ラインを保有する一部の企業が権力をもつことになり、人々は企業に下ってその日その日の生活の糧を得るために働いていた。
企業群は文明崩壊以前から続く紛争を続け、その紛争で発生する流通で利益を上げた。
倫理的な問題で旧エデンでは軍事利用を禁止されていたサイボーグ技術の流出・転用が戦争の激化に拍車をかけた。
暴力が支配する戦国動乱の時代に逆行したこの星に、一つの勢力が現れる。
ヤタガラス
矢田野九郎という男が率いる傭兵集団。
彼らはカラスと呼ばれ、様々な人種とサイボーグが集まった傭兵組織だ。雇われればどんな戦場にも出向き、最高の戦果をもたらした。
荒れ果てた世界をマイペースに生きるカラスたちの日常が、また一ページ刻まれる。
◇
サイボーグの少女が荒野の戦場を駆ける。
その少女の名前は、白雪。
白雪は名前の通り、雪のように白いストレートの髪と、氷細工のように幻想的な美しさを秘めた蒼い目をした、幼さの残る容姿の少女だ。
彼女の背中にX形の大型スラスターが展開された。
素肌の上に装備した装甲服の背中から開いたスラスターが、揚力を生み出して白雪の身体を宙に飛ばす。その姿は機械仕掛けの妖精のように可憐だ。
たちまち最高速度に達して衝撃波を発し、生身では到底耐えられぬだろう殺人的な加速で、敵勢力の操る無人ロボット兵の一団へ突撃する。
「ヒャッハー!!敵は皆殺しよ!!」
鈴が鳴るような美しい声だが、内容は物騒だ。
最近読んだ、何世紀も前のマンガに出てきたどこぞの世紀末の口調を真似して、装甲グローブに包まれた両手に持つ、30口径対物用フルオートライフル、通称スマッシャーを四方八方に乱射する。
遠隔操縦されているロボットでは、反応速度にタイムラグがあり、白雪のマッハの速度に反応しきれずに次々と動力源であるコアを射ぬかれ、撃墜されてゆく。
ライフルの弾を撃ち尽くす時には、全てのロボットが動力を失って地に墜ちた。
「ふーいい汗かいたかいた」
ヘルメット……どちらかと言えばマスクの影響で声がくぐもっている。
ちなみにサイボーグの身体に汗をかく機能は無いが、白雪は額をぬぐって汗を拭き取る仕草をする。
フェイスヘルメットに隠されているその顔は、荒野の戦場には似つかわしくない花が咲くような笑顔だ。
白雪のヘルメットのバイザーのHUDに、こちらに近づく赤い点が警告音付きで大量に映し出される。
それは敵の接近を意味するものであり、作戦通りに行ってると、ほくそ笑む。
「クロー。こっちにいっぱい来たよー。敵ー」
「あー、オーケイ。後はこっちで処理する。下がっていいぞ。敵を釣ってな」
「ハーイ♪」
無線相手の男、クロー(本名は九郎)の指示に従い、敵を引きつけながら撤退する。
敵のサイボーグ兵士たちが口々に、白雪を罵り、追撃する。受けた損害を白雪の首で償わせようと銃と連結した腕で弾幕を張る。が、銃弾とレーザーの弾幕の海を、泳ぐようにすいすい避けられる。
「当たれやああぁぁぁ!!!」
「当たりませんよー、だ!」
発狂しそうなほど怒り狂う敵に対し、舌を出しておちょくる余裕さえある。
「「「こいつうぜえ」」」敵の心の声が一致した。
最高速度まで加速した白雪に置いていかれるが、尚も追いすがる敵たちに向けて、白雪は振り返り際に一言告げる。
「サイボーグのお兄さんたちーー!!逃げた方がいいよー!」
「はぁ?」
敵サイボーグが頭に疑問符を浮かべる。
そのサイボーグが不意に体勢を崩し、頭から墜落する。
「おい、どうしたん……」
今度は、墜落した仲間に声をかけたそのサイボーグが、言い切る前に機能を停止して落ちて行く。
そこで遅れて銃声が轟く。
「気をつけろ、スナイパーだ!!」
サイボーグの一人が、狙撃者の存在にようやく気づいて仲間に注意を呼びかける。
「えへへ、もう遅いよーだ」
白雪が片手を挙げる。同時に荒野の廃墟や砂の中から、多くの無人機が姿を見せる。
全方位、どこを見渡しても逃げる隙間は無い。
「囲まれてるぞ!」
「撃て!撃てぇ!!」
「チキショー!全部、罠だった!!」
練度が低いのか、混乱したサイボーグの男たちは滅茶苦茶に銃を撃ちまくる。味方に背後からスラスターを撃たれて墜ちる者もいた。
「バカヤローーー!!!」
ドップラー効果を残しながら、彼は地面に向けて真っ逆さまに落ちていった。
まあ、下は砂になってる場所もあるし、運よくそこに落ちれば助かるだろう。
狙撃、そして完全包囲。
サイボーグの男たちに助かる道は無かった。
包囲網は突破できず、よしんぼ破ることができても神がかり的な狙撃によって頭やスラスターを撃たれて撃破される。
そして最後の1人が撃墜される。
「敵全滅。戦闘終了。作戦大成功。今日もいっぱい儲けたね、クロー」
「状況は終了だ。戻ってこい白雪」
九郎の無線に白雪は、数キロ離れた地上の司令部(仮)の近くに着陸する。
報告を終えて司令部から出てきた九郎に、白雪は装備を解除するのも忘れて、抱きつこうとする。
「クロー!!頑張ったからご褒美にハグしてー!」
忘れているが、今の彼女は合金製装甲服に身を包んでいる。装甲服はサイボーグの性能を発揮するためのパワードスーツのようなものであり、通常は全身を覆うタイプのフルスキン主流だ。
白雪の場合は当たらなければ理論で機動力を高めるために装甲を最低限に削っているが、それでも相当な重量がある。
加えてサイボーグのパワーは、生身の人間にはひとたまりもない。
A.そんな彼女に思いっきり抱きつかれればどうなるのか?
Q.ミンチ
当然ながら九郎は必死になって避ける。
冷や汗がこめかみを流れる。今日、九郎をもっとも焦らせたのは、味方であり部下であり、九郎をこよなく愛する白雪だ。本人は無自覚だが。
「白雪ぃぃぃ!!!テメーは何回言やわかんだよ!!せめて装備解除してからにしろって何回言わせんだ!!」
「じゃあ装備解いたらハグしてね」
仮設基地に響く怒気に、他の面子は顔を合わせ、またかこいつら、と顔を見合わせて微笑ましそうに笑う。このやり取りは日常茶飯事というように。
顔を赤くして怒鳴る九郎と反対に、平静な顔で白雪はしれっと要求を伝える。 恋する乙女のメンタルはこの程度では揺らぎもしない。強い。
「こうやってさらっと自分の願望通そうとする辺り、俺に似たよな」
ほら行けよ、と手を払う九郎。
白雪は着脱用マシンで、装甲服を解除すると、改めて九郎に抱きつく。
今度は九郎も避けずに受け止めてやる。
「えへへ~♪クローの匂い、すごい落ち着くよ~」
九郎は思った。こんなおっさんの匂い嗅いでなにが嬉しいんだか、と。思っても口には出さない。
一度それを口にして、白雪が烈火の如く怒ったことがあるからだ。九郎にとって、別に白雪が怒ることなどどうでもいい。
問題なのは、仕事にそれを持ちこむからだ。
白雪は強いが、戦闘以外がポンコツだと九郎は評価していた。
それ以来、白雪のご機嫌とりは九郎の仕事の1つになった。
(まあ、でも、この程度なら楽な仕事だ)
白雪の頭を撫でる九郎は、義理の娘とのスキンシップ程度に考えていた。
腕の中でゴロゴロと猫のように喉を鳴らす白雪の想いを、九郎はわかっていなかった。
(お義父さんの胸、体温、匂い。天国だよ~。愛する人の生身の温もりが心に染みるなり。お義父さんの○ ○○(ピー)を今すぐ○○○(自主規制)して○○○(赴き!)したい衝動が!!でも我慢しなきゃ。嫌われたくないもん!!!)
見た目だけなら妖精や天使にも例えれる愛娘の本性がどうしようもない変態で、自分に恋心を向けていることに、九郎は気づきもしない。
白雪は九郎に自分の想いが届いていないことなど、夢にも思ってない。
これは、退廃した世界をたくましく生きる二人の愛の行方とか、カラスたちの生き様とか日常とか、戦いとか、あといろいろある物語だ。
白雪は九郎好き好きガール。ヤタガラス内では戦場のアイドル扱いされてる。
九郎にとっての白雪は義理の娘で愛情はあるけど役に立つサイボーグ程度の認識。