第十四話
カインたちがウッドウルフ討伐の任務を完遂してから何週間か経ったある日の昼下がり、たくさんの人が行き交うここはディブロマテル国の国王が統べる城下町。その広さといったら、歩き回れば丸三日かかってしまうのではないかと思うほどである。そしてそんな城下町の人々の表情は明るく、雰囲気もたいへん賑やかで、ここの国王がどれほど良い政治をしているのかが伺えた。
しかしそんな商人やら旅人やらで忙しく動いている人波の中に、一際目立って騒がしい人影があった。
「おい!待ちやがれ!!今止まれば軽く半殺しで許してやるよ!!」
「ヒィィィィ!!」
「あっ!?あの野郎、路地の方に逃げ込みやがった!!」
「おい、カイン!待てよ!!」
まず先頭を走って路地へと入っていったのは髭を生やした中年の男性、そしてそれを追いかけているのは大声で怒鳴りながら漆黒の目をぎらつかせているカインだった。さらにその後ろには人込みによってうまく前へと進めないでいるルナ、サジ、シンク、そしてミランの四人の姿が見える。
「たくっ、アンタね!!普通あんなこと言われて止まる奴がいるわけないでしょ!!」
「うるせえ!!ついパッションで言っちまったんだから仕方がねえだろ!!とりあえず俺たちも路地ん中に行くぞ!!」
そして男性に続いてカインたちも路地へと入っていく。路地は狭いながらも人は少なく、ルナたちはすぐにカインへ追いつくことができた。チーム全員揃ったカインたちは、必死に逃げ続けている前方の男性を追いかける。しかし男性は小刻みに入り組んだ路地を移動しているため、カインたちは中々追いつくことができない。
「ハァ、ハァ…………なぁ、なんで俺たちはこんな事してるんだ?」
すると不意にサジが小さく呟いた。
「あんなことが無ければ今頃ゆっくりと買い物が出来たのにね。」
そのサジの呟きに反応したシンクが少し苦笑気味に言った。そしてサジたちはつい十分ほど前のことを思い出す。
「ここが城下町か!!すげーー!!」
そう大声で叫んだのはカイン。カインたち五人は食材やその他もろもろの備品を買うために、学園から馬車で二十分ほどかけて城下町に来ていた。そしてその初めての城下町の光景に田舎者のカインは目を輝かせている。
すると突然の叫び声に城下町の人々はカインたちへと目を向けた。ルナが急いでカインの口を手で塞ぐ。
「ちょ、カイン、やめなさい!こっちまで恥ずかしいじゃないの!」
そしてルナがカインを黙らすと、止まっていた人々が再び忙しなく動き出す。ルナはホッと胸を撫で下ろして、カインを塞いでいた手を放した。
「プハァ〜!おい、何すんだよ!」
「アンタがどれだけ田舎者かなんて知らないけど、そういう恥ずかしい行為はやめなさいよね。たしか噂では入学式の時も校門の前で叫んでたらしいじゃない。」
ルナは少し怒気を言葉に含ませてそう言った。ルナのそんな言葉にカインは思わず言葉を詰まらせる。
「あ、あれはその……なんだ、目の前に山があるから驚くんだ。うん、それと同じだな。」
「色んな意味で全然違うけどね。とりあえず二人とも、早く来ないなら先に行っちゃうよ?」
「「えっ?」」
間抜けなやり取りをしていたカインとルナはシンクの声がした方へと顔を向ける。するとシンク、サジ、ミランの三人は既に十メートルほど先を歩いていた。カインとルナは急いでシンクたちの下へと走っていく。
「置いていくなんてひどいじゃない!コイツはいいとして、なんで私まで置いていくのよ!」
そしてシンクたちに追いついたルナがカインを指差しながら真っ先に口を開いた。
「だって君たちを相手にしてたら時間がいくらあっても足りないからね。」
「「同感。」」
「「お前ら(アンタたち)!!」」
そんなシンクの言葉にサジとミランは同時に首を頷かせる。カインとルナはそれに対して怒りの反応を示すが、シンクがそれをなんとかなだめていく。そして納得のいかない顔をしながらも、カインたちは黙って町を歩くことにした。
すると数分ほど歩いて、カインたちはある店の前で足を止めた。その店の前には肉や野菜、さらには魚など、たくさんの種類の食材が並べられている。
「さて、今日はここで食材を買っていこうか。うちはルナが時々食べにくる分、多めに買い込んでおかないとね。」
「なっ!?そ、それは食堂の御飯が不味いからよ!!ていうかそれは内緒にする約束だったでしょ!?」
ルナはシンクの突然の発言に顔を真っ赤にしながら慌てふためく。そんな状況を他の三人は少しニヤニヤしながらそれを眺めていた。サジにいたっては何かメモに書き込んでいる。
「書くな!!」
「ヘブゥゥウ!!!?」
そしてルナは思いっきりサジへと拳を撃ち込むと、そのまま怒りながら店へと入っていった。シンクはそれを後から追いかける。サジは倒れこんだままピクリとも動かない。
「……さて、俺はその食堂の不味い食事で十分だから、ちょっとそこら辺でも見て回るか。ミランはどうする?」
未だに動かないサジをつついていたミランにカインは話しかける。
「…………私も一緒に見て回る。」
そしてすぐにサジへの興味をなくしたミランはスクッと立ち上がった。
実はこのミラン、カインたちのチームになってからというもの、ほとんどの行動をカインと共にしていた。それが好意からくるものなのか、はたまた何か別に理由があるのかは知らないが、とにかく依頼の時などもずっとカインと一緒に行動しているのである。だか当のカインはそんなことなど全く意識せず、ただのチームメイトとして普通に接していた。
「よし、それじゃ行くか。といっても、ここからあまり遠くには行けねえけど。」
そしてカインとミランの二人はルナたちが入っていった店の反対側のほうへと歩いていった。
「な、なんで俺だけ…………ぐふっ。」
独りで寂しく地面に寝転がっているサジを無視して。
「ん?なんだ?この店は?」
するとカインがある店の前で足をとめた。その店は大きさで言えば少し小さいのだが、おしゃれな外装をしていて、カインは興味深そうに店の中を覗き込んでいる。
「そこは魔石専門店。さまざまな魔石を売っている。」
「魔石?たしか魔法のような効果を持っていたり、何か特別な効果を持っている石のことか?」
「そう。そして今はその魔石などを加工して色々な物に活用している。練習場で大怪我をしないのは、そういった効果を持つ魔石があそこに組み込まれているから。」
「へぇ〜、なんか面白えな。ちょっと見ていこうぜ。」
そう言ってカインとミランはカランカランと扉を開けて店の中へと入っていった。
「おぉ、こりゃすげえな。」
そしてカインたちの目に映ってきたのは、ガラス越しに綺麗に輝く魔石の数々だった。早速カインたちは店の中を色々と見て回る。その中には熱を帯びている魔石や、常に水蒸気を発しているというような面白い魔石もあった。
「ん?この『縮小の魔石』ってのはなんだ?持ってる奴の大きさが小さくなるのか?」
するとカインはある魔石の前で足をとめた。カインはそれをガラス越しに見ながら首をかしげる。
「近いけどちょっと違う。その魔石は触れているあらゆる物質を縮小させる効果がある。その証拠に、この魔石は特殊加工された箱の中に入っている。ちなみに人間には効かない。」
カインはそう言われて縮小の魔石を入れている箱を注意深く見ている。確かにちょっと手の込んだ箱だが、まだカインにはその縮小するという事がいまいち信じられなかった。
「本当に物が縮小するなんてことがあるのか?ちょっと信じられないぜ。」
「だったらコレを見るといい。」
そんなカインの言葉を聞いたミランがおもむろに上着のボタンを外し始めた。カインは急いで目をそらしたが、ミランが下にまだちゃんとした服を着ているのが分かると、少し落胆した様子で再びミランへと向き直した。
「ん?なんだ?その爪楊枝みたいなナイフは?」
そしてミランが全てのボタンを外し終えて上着をバッと開くと、そこには人差し指サイズのナイフがギッシリと並んでいた。カインは近づいてそれを目を凝らして眺める。
するとミランがその中から無造作に一本だけナイフを取り出した。
「うおっ!!!?」
その瞬間、先ほどまで小さかったナイフが見る見るうちに大きくなり、小型のナイフ程度の大きさまでになった。そのことに驚いたカインは思わず尻餅をついてしまった。
「ど、とうなってんだ!?服から取り出した途端にナイフが……?」
「私のこの服は縮小の魔石を加工して作られている。だからこの服の内側に触れている武器は全て小さくなる。それに私の服に使われている魔石は普通のより効力が強いから、市販されているものよりもずっと物を小さくできる。」
ミランはそう言ってナイフを元の場所に戻し、再び上着のボタンを留め始めた。
「へー、いつもお前がどこからそんなに武器を取り出してるのか不思議に思ってたけど、そういう仕組みになってたんだな。ただなんでそんなにブカブカの服なんだ?」
カインは全てのボタンを掛け終えたミランを指差しながらそう言った。ミランが着ている服は、下は膝上あたりまであり、袖の方はミランの手をすっぽりと被っている。
「…………コレを作ったのは大分昔。だから少し大きめのサイズで服を作ってしまった。」
そう言ってミランは遠い目をしながらフッと笑って、おもむろに外を眺めだした。カインはそんなミランを見て自分のした質問に少し後悔した。
ミランの身長はとにかく低い。男子生徒の中で一番のチビがカインなら、ミランは女子生徒では一番のチビなのである。そんなカインから見てもミランはかなり小さく、今も物思いにふけるようにどこか遠くを眺めているミランの姿は、さながら買いたいものが買えなくて拗ねている子供のようである。
「ま、まぁいいじゃねえか!コレから大きくなるかもしれねえだろ?そ、それよりもこの縮小の魔石は便利だな!俺も買おうかな!カハハ!」
そんな気まずい雰囲気から逃げ出すようにカインは話を逸らしていく。そしてカインはそのままの勢いで縮小の魔石の値段を見た。
しかしそれを見た瞬間、カインは笑うのを止めて自分の目を大きく見開かせた。そして何度もその目を擦って値段を指で数える。
「一、十、百、千、万…………い、一千万!!!?コレ0の数三つくらい間違えてるんじゃねえか!?」
カインは思わずそう叫んだ。縮小の魔石の前に置いてある紙には確かに一千万フィンと書かれてある。
「この魔石はとても希少なものなの。だからこれくらいの値段が相応。」
「にしても高すぎだろ!?お前よくこんなもの買えたな!?」
「私のは父がどこから発見したもの。私の父は冒険家で、久しぶりに帰ってくると必ず私にお土産をくれる。父はお金にはあまり興味がないから、この服の魔石を発見した時も、売らずにそのまま服に加工してそれを私にくれたの。」
「あの……お客様、どうかなさいましたか?」
するとおそらくこの店の店員であろう、長めの黒髪を後ろでくくっていて、見た目十代ほどの若い男性がカウンターの向こうから現れた。どうやら騒いでいるカインたちに気づいて声をかけにきたらしい。
「い、いや、何でもねえ!ただちょっとコレの値段に驚いて……」
そんなカインの言葉を聞いて店員は何か気づいたように笑顔でウンウンと頷いた。
「あ〜、なるほど、そういうことでしたか。確かにこの縮小の魔石は大変貴重なものでして、買う方といったら上流貴族というような人ばかりですから。あっ、何なら実際にお手に触ってみますか?」
「えっ!?こんな高級な物をいいのか!?それに俺はコレを買うような金なんてないし……」
突然の店員の提案にカインは驚きの声をあげる。しかし店員は首を横に振ると口を開いた。
「ここにある商品はお客様を満足させるためにあるものです。お客様が満足するなら、たとえそのお客様がその商品を買おうが買うまいが、コチラはコチラのできる最高のサービスをするようにしております。」
「…………アンタ、将来絶対に大物になると思うぜ、カハハ!」
「いえいえ、私には勿体無いお言葉です。ではコチラです、どうぞ。」
そして店員はガラスケースの中から魔石の入っている箱を取り出し、さらにその中から赤く透き通った、手のひらサイズの大きさである魔石をカインたちへと差し出した。
カインはそれを慎重にゆっくりと手に取る。なにせこの魔石の値段といったら、一介の学生どころか、普通の大人ですら弁償できないほどの値段なのである。そしてしっかりと魔石を掴んだカインは光に当てたりして色んな角度からそれを見る。
「へぇ……これはまた綺麗だな…………」
「一般に綺麗に透き通っているほどその魔石の効力は大きいと言われています。少し試してみますか?」
カインの呟きを聞いた店員が説明をする。そして店員は一度カウンターの方へ戻ると、今度は一本のペンを持って帰ってきた。
「少しの間、魔石を返していただけますか?」
店員に言われてカインは素直に魔石を店員へと渡した。
「ありがとうございます。いいですか、よく見ててくださいね……」
そう言って店員はゆっくりとペンを魔石に近づけていく。そしてそのペンが魔石に触れた刹那、一瞬にしてそのペンは元の大きさの十分の一ほど大きさへと縮小した。それを見たカインは小さく感嘆の声をもらす。
「おぉ、やっぱりすげえな。ていうかコレってお前の服と同じくらい効力があるんじゃねえか?」
「おそらくこの魔石も私の服と同じように上物。この店は中々いい物を売っているみたい。」
小声で会話するカインとミラン。そんな二人の会話が聞こえない店員は笑顔のまま首をかしげていた。
バシッ!!
「「「!!!?」」」
すると突然、男が店員の背後から凄い勢いで走ってきたと思うと、店員の手から魔石を奪ってそのまま店の外へと飛び出していった。あまりに突然の出来事に、カインたちも店員もただ突っ立ていることしかできなかった。
「ど、泥棒ーーーー!!!!」
そしてすぐに状況を理解した店員が大声で叫ぶと、同時にカインたちもハッとなって何が起きたのかを理解した。
「ど、どうしよう!!今この店には私しかいないし、もしあの男を追いかけている間に他の魔石が盗まれたりしたら…………あぁ、どうして店長がいない時に限ってこんなことに!!あの高価な魔石を盗まれて、私はクビだけでは済まないぞ…………」
そう言った店員は混乱して自分がどうしていいか分からずに、頭を抱えてその場にうずくまった。
ポンッ
そんな店員の肩に、ふと軽い重みが加わる。店員が顔を上げると、そこには目つきが悪いながらも笑顔を見せているカインがいた。
「店員さんよ、あのコソ泥野郎は俺たちに任せろ。必ずこの俺が捕まえてきてやる。だからアンタはここでゆっくりとお茶でも飲んで待ってな。」
「し、しかし……」
「大丈夫、カインには私がついているから。だからアナタが心配する事は何も無い。」
目を丸くしている店員の言葉を遮って、ミランが平地の胸を張りながら自信満々に言った。
「……何か納得できねえけど、コイツの言うとおりだ。それにアンタにはさっき魔石を見せてもらったお礼もあるしな。アンタは絶対に大物になる予感がする、だからそんなアンタをこんな事で潰したりたりはしねえ!」
「二人とも…………お願いします、どうかあの魔石を取り返してください。ただ無茶だけはしないでくださいね。」
「よし、それじゃとっととコソ泥を捕まえに行くか!ミラン、お前は念のためにルナたちを呼んできてくれ。俺は先にコソ泥野郎を追いかける!」
カインの言葉にコクリと頷いたミラン。そして二人は急いでこの店から飛び出していった。残された店員は二人が出て行った扉をジッと見つめる。
「カインくんとミランさんか…………私は思います、きっとアナタたちこそ本当に将来この世界を揺るがすような大物なるということを。」
というようなことがあって、現在カインたちは前方に走っている泥棒の男を追跡中というわけである。
「いきなりミランさんが店の中に飛び込んできた時は何事かと思ったよ。」
「あぁ、突然『泥棒が逃げた、今カインが独りで追いかけている』って冷静な口調で言うんだもんな。…………しかし、何でアイツがいる所にはいつもトラブルが起きるんだ?」
そう言ってサジは少し前を走っているカインを見る。カインはまだ曲がりやがった!と苛立ちを隠せない様子で泥棒を追いかけていた。
「カインには事件を呼び寄せるという能力がデフォルトで備わっているとしか思えないね。」
「もしかしたら私がウッドウルフの群れに遭遇したのもカインのせい?」
するとさきほどまで黙っていたミランが突然後ろから口を挟んできた。
「いや、流石にそこまで言ったらカインが可哀想だろ……それよりもミランちゃん、よく俺たちについてこれてるね。前まではソレを上手く使いこなせてなかったのに。」
「特訓の成果。ずっとこの魔法を練習してきた甲斐はあった。」
ミランはそう言って自分の足元へと目線を落とす。そしてミランの足の下にはずっと風が巻き起こっているのが見えた。
この魔法は風属性の初級魔法『フロートシューズ』。効果は自分の足元に風を起こすことで一歩の距離を延ばし、自分尾移動速度を上げるといった一旦簡単にできそうなもの。しかし一定の魔力を放出していなくてはならなく、風属性の初級魔法の中では中々難しいと位置づけされている魔法である。
「私は以前のウッドウルフの一件で自分の力の無さを実感した。だからアナタたちが集まって訓練していることを知って、私は皆を助ける事ができるようにこの魔法を練習した。」
ミランの口からギルドに入ってきた時からは考えられないような言葉が発せられていく。そんなミランの言葉に思わず近くにいるサジとシンクは微笑んだ。
「ミランさんは仲間想いの素晴らしい人だね。そんな人がチームに入ってくれて、僕は本当に嬉しいよ。」
「それにひきかえ、カインの奴といったら…………」
笑顔で話すシンクとは逆に、サジは溜め息をつきながらカインへと目線を向けた。カインは最初は先頭を意気込んで走っていたが、今はその速度は段々と落ちて、いつの間にか既にサジたちの少し後ろを走っていた。
「おい、カイン!何してんだよ!早くしねえと置いてくぞ!!」
「ま、まってくれ!ゼェ、ゼェ…………お、俺はお前らみたいにそんな体力が無いんだよ!」
サジの言葉に情けなく返事をするカイン。既に息も切れ切れなカインは走っているのもやっとの状態だった。
「まったく、カインのほうから俺の訓練を手伝うって言ってたのによ、今まで一回も訓練に出てきたことが無いなんてどういうことだ?あの時の俺の感動を返して欲しいぜ……ハァ。」
溜め息混じりで呟いたサジはもう一度カインの方へと顔を向けた。先ほどよりも距離が広がっているのはサジの気のせいではないだろう。
実はサジがあの模擬戦で涙を流してから、カインは一度も訓練をしにきたことが無い。以前サジがその理由を聞いてみたところ、『訓練に行く気はあるんだぜ!?でも何つーか……そう!色々勉強とかして忙しいんだよ、多分!!』と一発で嘘だと分かる言い訳をずっと言い続けていた。
「まぁ大方、訓練するのが面倒くさいとか思ってるんだろう。それにしてもアレはひど過ぎるだろ……」
サジが気づくと既にカインは後ろの方で手を膝に置きながら立ち止まっていた。
「もうあんなアホは放っておけばいいのよ。それよりも今はあの泥棒を捕まえることが先よ。ちょうど道が直線になってきたとこだし、アンタたち、もうちょっと速度を上げれる?」
ルナの問い掛けにサジたちは頷いた。そしてルナが行くわよ!と言ったのと同時に先ほどまでよりも一段階速く泥棒の方へと一直線に向かって行った。泥棒とルナたちの距離が見る見るうちに縮まっていく。
「な、なんで俺は追いかけられなきゃいけないんだ!?お前らには全く関係のないことだろ!?」
「うるさいわね!泥棒を見つけてそのまま知らん振りなんてできるわけないでしょ!アンタもいい加減諦めてさっさと捕まりなさいよ!!『フレイムショット』!!」
ルナの威嚇のために手から放った魔法が泥棒のすぐ横を掠めていく。しかしそのことに泥棒は諦めるどころかヒィィィ!!という叫び声を上げてさらに加速した。再びルナたちと泥棒との差が開いていく。
そして直線の道が終わって、泥棒はすぐさま脇にある狭い道へと入っていった。
「チッ、逃げ足だけは速いわね。でもどうせ私たちからは逃げられないんだから、素直に捕まっちゃえばいいのに。」
「…………いや!!まさか!?」
しかし突然シンクが何かに気づいたように声をあげた。
「確かあの道は大通りに続いているはずだ!!もしそこに逃げられたら人が多すぎて、もう見つけることはほとんど不可能に近いよ!!」
「な、何ですって!?」
そのシンクの言葉に思わずルナが驚きの声をあげた。サジもしまった、という表情で一度舌打ちをした。
「くそっ!!してやられた!!それじゃ尚更早く追いかけねえと!!」
「でもここの道は入り組みすぎて上手く動けないわ!もう!こんなことになるんだったらさっきの時に魔法を当てておけばよかったわ!!」
サジはただただ焦るばかりで、ルナは自分の拳を握り締めながら怒りを露にする。シンクの顔にもいつもの笑顔は無かった。そして泥棒は大通りへと続く道の最後の角を曲がった。
「くそっ!ここまできて結局逃がしちまうのかよ!!」
「…………それなら大丈夫。」
すると先ほどまで冷静に黙っていたミランが口を開いた。
「ついさっき、私は彼の気配を感じた。だから何も心配する事は無い。」
ミランは静かにそう呟いた。そんなミランの言葉にルナたちは意味が分からないといった様子で首をかしげる。
すると突如、先ほど泥棒が走っていった角の向こう側からヒィィィ!という情けない叫び声が聞こえた。サジたちも急いでその角を曲がる。
「よ、よう、お前ら。ハァ、ハァ……お、遅かったじゃねえか、カハハ。」
そこには泥棒の前に立ちふさがっているカインがいた。ただカインはそんな余裕がある言葉とは裏腹に、余裕が無い表情をしており、息を切らしながら大量の汗を額から流していた。
そして泥棒はいつの間にか先回りしていたカインに驚いたのか、地面に座り込んでカインから後ずさりをしている。それに伴ってカインもゆっくりと泥棒へと近づいていった。
「やっと追いつたぜぇ……手間かけさせやがって、さっさとその盗んだ魔石を返しな。」
カインは息を整えながら泥棒へと手を差し出した。
「い、嫌だ!コイツがあれば俺は一生楽して暮らせるんだ!そんな易々と返せるわけ無いだろ!」
しかし泥棒はまるで手入れをされていない髭を揺らしながら、手に持っている魔石をギュッと抱えて言った。
「そうか、だったら…………力ずくでも取り返させてもらうぜ!!『フレイムショット』!!」
バンッ
カインの手から火の弾丸が撃ち放たれる。しかしその大きさはルナのと比べて一回りも、二回りも小さく、威力も弱いように感じられる。
「ヒィィィ!!」
そしてそれを泥棒は横に転がることによって避ける。なんとかその魔法を避けた泥棒は目を丸くしながらカインを見た。
「ま、魔法が使えるってことは、もしかしてお前はレッドクラウン学園の生徒か!?」
「その通り!勝ち目が無いのがわかったのなら、さっさとその魔石をこっちによこしやがれ。」
焦っている泥棒に、もう一度カインは促すように右手を前に差し出した。そのカインの表情からは余裕が感じられる。
この世界では人間全てが魔法を使えるというわけではない。魔法を使える者の大半は学園へ入って己の腕を磨いたり、逆に魔法が使えない者は商人や鍛冶屋などの様々な職に就く。まあ魔法が使えても学園に入らない者もいたり、魔法が使えなくても学園に入ったりする者もいるわけだが。
そして魔法が使えない者にとって、魔法が使える者と戦うことはほとんど自殺行為に等しいと言える。サジのような鍛えられている人間は別として。だからカインは年上である男性と対峙することになっても、こうして優勢的立場に立てているというわけである。
「そ、それじゃもしかして後ろから追いかけてきてる他の子供たちも……」
「俺と同じ学園に通ってる生徒だ。どうするんだオッサンよ?もう観念して素直に魔石を返した方がいいんじゃねえのか?」
カインのその言葉に、泥棒の男性はワナワナと肩を震わせている。
「…………クソッ、クソッ、クソォォォ!!俺は牢屋で過ごすのなんて真っ平御免だ!!魔法が使えるのは自分たちだけだと思うなよ……『ウィンドカッター』!!」
「「「ッ!!!?」」」
そして突然叫んだか思うと、泥棒は懐の中から小さな杖を取り出してカインへと振りかざした。小さな風の刃がカインへと襲い掛かる。それに驚いたのはカインだけでなく、泥棒の背後から走ってくるルナたちもだった。
「おいおい、マジかよ!泥棒のくせに魔法なんか使いやがったぜ!?」
「確かに魔法が使えても仕事に就くことができず、盗賊や泥棒になったりするような例はあるけど、まさか追っかけていた泥棒がそうだったなんて……」
サジとシンクは泥棒が魔法を使ったことに対して目を丸くしている。
「それならあの足の速さも納得。途中から急激に速くなったのは魔法を使ったから。そして最初から魔法を使わなかったのは、恐らくあの泥棒の魔力が少ないため最小限魔法を使うのを控えていたから。」
そんな二人を余所にミランは冷静に先ほどまでの泥棒の動きを説明していく。
「ていうか三人ともそんなこと言ってる場合じゃないわよ!特にミラン!!」
そしてルナはサジとシンクよりも焦っている様子で三人にツッコミをいれる。さらにルナはそのままカインへと声をかける。
「カイン!アンタじゃその男の相手は無理よ!!後のことは私たちに任せなさい!!」
しかしそんなルナの助言にもカインは耳を貸さず、ただ笑顔で泥棒が放った魔法を見据えていた。
「カハハ!心配すんな!俺はこんなこんな奴に負けるほど柔じゃッブルゥゥァア!!!!」
「「「弱っ!!!?」」」
その攻撃を華麗に避けようとしたカインだったが、見事に風の刃がカインの腹に直撃してそのままカインは地面へと倒れこんだ。ちなみにそのあまりの呆気なさにルナたちだけでなく、泥棒も思わず目を丸くしてしまった。
そして数秒ほどポカ〜ンとしていた泥棒だったが、ハッと意識を取り戻すとすぐさまその場から立ち去ろうと再び走る姿勢に入った。だが……
「……止め方はどうあれ、兎にも角にもカインはアンタのことを足止めすることに成功した。だからは私たちはようやくアンタの側に来ることができた。……さて、どうする?アンタ程度の魔法使いが私たちに勝てるとは思わないけど?」
「っ!?」
泥棒がカインへと気を取られているうちに、いつの間にかルナたちが泥棒のすぐ背後まで来ていた。ルナは自分の大きな杖を泥棒へと向けながら、まるで諦めろとでも言っているかの口調で泥棒へと話しかける。
「い、いつの間にここまで!?くそっ!コイツが現れなかったら追いつかれることも無かったのに!!」
泥棒はそう言って地面へ倒れこんでいるカインを見る。カインはピクリとも動かず、恐らく先ほどの攻撃によって気絶していた。
「ん?まてよ?もしかして……」
するとカインを見ていた泥棒が何か気づいたように呟くと、急にニヤリと口元をつりあがらせた。
「ひょっとしたらお前達もコイツみたいに弱いんじゃないか?いや、そうに違いない!そうと決まればすぐにお前達を倒して、さっさとこの場からおさらばだ!!」
そして泥棒は自信満々な表情をしながら高らかにそう言った。ルナたちはそれを聞いて深いため息をついた。
「まったく……『フレイムショット』。」
ビュ!! バァン!!
「…………えっ?」
ルナがそう小さく呟いた瞬間、ルナの杖からカインの魔法とは比べ物にならないほどの威力を持った炎の弾丸が飛び出した。そしてその炎は泥棒の顔のすく横を通り過ぎると、地面に当たって爆発した。
そんな直撃すればただでは済まない魔法を見た泥棒は、先ほどのまで自信に満ち溢れていた表情を固まらせながら間抜けな声をあげた。
「カインの体に切り傷ができていないということは、アナタの魔法はあまりにも不完全。アナタが使った風の魔法は普通ならこうなる……『ウィンドカッター』。」
ヒュン! スパッ!
「…………ほえ?」
未だに表情が固まっている泥棒に、今度はミランが『ウィンドカッター』を放った。泥棒の放ったものよりも数倍鋭い風の刃が、泥棒のお腹のすぐ脇を駆け抜ける。そしてその風の刃が通り過ぎた後、泥棒のお腹辺りの服がゆっくりとめくれた。
「アナタは魔法の威力を増大させるために杖を使っている。だけどその威力は僕たちの魔法の三割にも満たない。こんな風にね……『ウォータージェット』。」
そしてさらにシンクが手を泥棒へとかざしながら魔法を唱えた。するとシンクの手からまるで小さな鉄砲水のような勢いで水が発射される。その水は凄い勢いで泥棒のすぐ目の前の地面へと直撃した。魔法が当たった地面は石で舗装されているにもかかわらず、少しえぐれて下の土が見えていた。
「…………ひ、ヒィィィャャア!!!!」
すると今まで一歩も動かずに……否、動けずにいた泥棒は急に変な叫び声を上げてルナたちとは方向へと走り出した。その表情にはもはや恐怖の色しかみられない。
「…………ったく、ここまできて往生際が悪いぜ。よっ!!」
ダンッ!!
サジは逃げていく泥棒を見ながらヤレヤレと首を振ると、強く地面を蹴って飛ぶように泥棒へと走り出した。そしてすぐに泥棒のすぐ後ろまで着くと、サジは大きく自分の右拳を振り上げた。
「暫く大人しくしてろ!!」
バキィ!!
「ゲボォォォ!!!?」
そのままサジが拳を泥棒の後頭部へと振り下ろすと、泥棒は変な叫び声をあげながら前方へぶっ飛んでいく。そして泥棒は地面を数メートルほど滑って地面へと倒れこんだ。サジは泥棒の手から飛び上がった魔石を見事にキャッチする。
「ふぅ、これで一件落着だな。まったく、買い物をしに来ただけでこんな事になるなんてな。」
サジは手に持っている魔石を見てそう呟いた。そんなサジの周りにルナたちが集まってくる。
「とりあえず魔石専門店の人も心配しているだろうし、早くその魔石を届けにいきましょう。シンクはコソ泥を街の警備員に突き出しておいて。」
「……カインはどうするの?」
そしてルナがサジとシンクに指示を出していると、ふとミランが気絶しているであろうカインを見ながらそう言った。
「あぁ……アレは放っておきましょう。ここまでアホだともう関わりたくもないわね。」
しかしルナは渋い顔をしながらカインを見ると、そのまま放置するという考えを明示した。
「でも実際の問題、カインが弱すぎるっていうのは本当に不味いよ。だってもうすぐアレがあるわけだし。」
「……あぁ〜アレか!確かにこのままだとアレはマジでヤバイかもな……」
シンクの言葉の意味にサジも気づいたようで、サジは首を傾かせてウ〜ンと唸っている。しかしルナは大して気にする素振りを見せずに、そのまま魔石専門店へと歩を進める。そしてミランはというと、未だに倒れこんでいるカインをサジにしたの同じようにチョンチョンとつついていた。
「本当にありがとうございました!何てお礼を言ってよいのやら……」
「いやぁ〜、気にするなって!俺たちが勝手にやったことだしよ、カハハ!!」
魔石専門店の店員の男性は深々と頭を下げている。そしてそれに笑いながら答えたのはカインだった。
「お前が言うな!誰がここまで気絶してたお前を運んできたと思ってるんだよ。」
そんなカインにサジは不満げな表情をしながら愚痴をこぼした。
結局あの後、泥棒はシンクが、そしてカインはサジが背負ってそれぞれの場所へと連れて行った。カインはこの店に入った途端に目を覚まし、あたかも自分が功績を残したかのような態度で店員へと接していた。ただ泥棒を足止めできたのは事実なので、一概に活躍していなかったとは言えないのだが。
「それよりもアンタ、どうやって先回りしたの?」
するとサジの愚痴を無視して、ルナがカインへと疑問をぶつけた。ルナたちが追いかけている時、カインは大分後ろの方にいたのだから、ルナがそんな疑問を持っても何の不思議も無い。
「そのことか。そんなの簡単だぜ。正解はコレだ。」
カインはそう言うといきなり上へと指を差した。そんなカインの行動にルナは首をかしげる。
「天井がどうかしたの?」
「そうじゃねえよ。まったく、コレだからルナは……ヤレヤレ。」
ルナの言葉を聞いて、カインはバカにしているかのように首を振る。ルナは怒りで一瞬我を忘れそうになるが、ここがお店という事もあり、思いっきり拳を握るだけでこの場は我慢した。
「くっ!そ、それじゃさっきのはどういう意味なのよ?」
そして少し冷静さを取り戻したルナは気を紛らわせるためにカインへと問いただした。
「天井じゃなくて屋根だよ。あの後すぐに屋根に上って一直線に声のするほうに向かったんだ。だから泥棒よりもあの場所に先回りできたってわけだ。」
カインは自慢げにルナへと説明をする。
「そういう発想が出てくるってのはいいんだけどよ、もっと自分の強さ自体を鍛えた方がいいんじゃないか?」
するとそんなカインに先ほどまで愚痴をこぼしていたサジが話しかける。
「お前もみんなと一緒に訓練に来いよ。つかお前から言い出したんだから一回くらい顔出せよな。」
「いや、だから……そう、俺には勉強が――」
「あんな成績で勉強も何もあったもんじゃないけどね。」
「うっ……!!」
サジとルナに言い寄られて、カインはぐうの音も出せない様子で言葉に詰まる。そしてサジはそのままカインへと近づいた。
「とにかく、明日はお前にも絶対訓練に出てもらうからな。そんなんじゃ魔法を使えない俺にも負けるぜ?」
「でもよ……」
「そんなんだからあんなコソ泥にも一発でヤラれちゃうのよ。弱いくせして努力もしないなんて、アンタよくそれで私に勝つなんて言えたもんね。呆れちゃうわ。」
いつまでも言い訳がましい様子のカインを見て、ルナはイライラしながらそう言った。
「なんだと!?お前なんか犬みたいに泥棒を追っかけまわしてたくせによ!このブス犬が!!」
そんなルナの言葉に腹が立ったカインは、自分の感情の赴くままに言葉を発した。しかしすぐにこの行為が間違いであることに気づく。
「ななな、なんですって!?私のことを事もあろうにブス犬ですって!?…………今日こそ殺す!!」
ブワッ!
そしてルナがそう言った瞬間、ルナの周りから大量の魔力が放出される。一度は我慢できたものの、二度目はそうもいかなかったルナ。今更ながら自分の言動に後悔したカインは焦りながらルナを抑えようとする。
「ま、まて!ここは一旦落ち着こう!もし周りの魔石が壊れでもしたらどうするつもりだよ!?」
「大丈夫よ、アンタだけに当たるようにできるだけ魔法を凝縮させるから。」
「や、ヤバい!!コイツはマジだ!!」
しかしルナはそんなカインの話には聞く耳をもたず、大きな杖をカインへ向けながら何やらブツブツ呟いている。流石に不味いと思ったカインは急いでこの店から逃げるように出て行く。
「待ちなさい!今日こそ絶対に息の根を止めてあげるから!!」
そしてルナもカインを追いかけて店の扉を壊すぐらいの勢いで出て行く。店に残ったのはあまりの出来事に目を丸くしている店員と、冷静に色んな魔石を眺めているミラン、そしてカインとルナのやり取りに深いため息をついたサジだった。
「この調子で大丈夫なのか?もうすぐアレが始まるっていうのによ…………ハァ〜。」
そう呟いたサジは、最後にもう一度大きくため息をついた。