第十一話
ザワザワザワ
第一練習場の中央を大勢の生徒たちが囲っていた。生徒たちは何やら騒いでおり、その場はざわついていた。そしてその中央にはルナとキールが向き合って立っていた。
(ルナさんとキールの試合だってよ。どっちが勝つと思う?)
(そりゃやっぱりキールだろ。なんたってあのレッダム家だぜ?)
(でもルナさんも相当強いよ。どっちにしろかなりの接戦になると思うわ。)
(それにしてもいつかこの試合が見れると思ってたから楽しみだな。)
生徒たちは隣同士で話したりして自分の意見や気持ちを語っている。まだまだ騒ぎは収まりそうになかった。
「なあ、シンク。」
そしてカインたちもまたチーム内で会話をしていた。
「カイン、どうしたの?」
「お前の目から見てルナとキール、どっちが勝つと思う?」
カインがシンクに対して問いかける。シンクは手を顎に当てて少し考える素振りをみせた後に口を開いた。
「十中八九でキールじゃないかな。」
その言葉を聞いてカインは驚いた。キールの試合は居眠りによって一度も見ていないが、ルナの戦いは合計で二回は見ている。そしてその少ない回数の戦いでルナの実力が並大抵ではないということはよくわかっていた。それなのにシンクはルナが勝つ確率は十分の一ほどだと言うのだ。
「マジかよ………。キールってのはそんなに強いのか?」
「もう強いってもんじゃねえよ、ありゃ一年の中じゃ最強だな。なんてったって武器も使わずに体術といくつかの初級魔法だけで今のところ模擬戦全勝、しかもその全部が十秒以内で試合終了している。俺は一生勝てる気がしねえな。」
サジがお手上げだといった感じで言葉をもらす。カインはそれを聞いてゴクリと唾を飲み込む。そこまで言わせるキールとはどんな奴なのか、カインは楽しくて仕方がなかった。だんだんとカインの顔がにやけてくる。
「そんじゃ俺がアイツを倒したら俺は一年最強ってわけだな。アイツと戦う日が待ち遠しいぜ、カハハ!!」
「まったく、そんな自信がどこから湧いてくるのか俺は知りたいねえ。」
未だに笑い続けているカインを見て、サジはやれやれといった感じでため息をつく。シンクはそんなのを気にもせずにニコニコと微笑んでいる。
「カインらしくていいじゃないか。僕はカインのそういう所好きだよ。……………それにカインの実力を早く見ておきたいし。」
シンクは言葉の最後にボソリと呟いた。その呟きははっきりと聞こえていなかったようで、
「ん?何か言ったか?」
サジは空耳かと思ったが一応シンクに問いかけてみた。シンクはその笑顔を絶やさずに首を振る。
「ううん、なんでもないよ。あっ、そろそろ試合が始まるんじゃないかな。」
シンクは話を変えるように中央へと注意を向けた。そしてカインとサジはそれにつられて中央へと目線を向ける。そこでルナとキールはなにやら会話をしていた。
「ついにこの日が来たわね。私はこの時をずっと待ちわびていたわ、私が一年生の中で最強という事を示す時をね。今日は武器を使ったほうがいいんじゃない?後で負けた言い訳にしてほしくないし。まっ、使ったとしても私が勝つけど。」
中央でキールと向き合っているルナが鋭い目つきをしながら挑発的な態度で言った。しかしキールは何も聞こえていないかのようにただ前を向いて無言で立っている。そのことに怒りを露にしたルナはビシッ!!とキールに向けて指をさす。
「私がここまで言ってるのに何か反応しなさいよ!!私はギルドでDランクなのよ!?あんたとはたった一つしか変わらないわ!!」
怒りを爆発させているルナに周りの生徒たちは少し後ずさりをする。ルナの様子は遠くから見ても怒っていることがわかるほど凄まじいものだった。しかしキールはそれでも表情を全く変えずに、ゆっくりと口を開いた。
「お前は分かっていない。」
ルナとは対照的に冷めた声でキールは一言だけそう言った。周りの生徒たちはキールが何と言っているのかさえ聞き取れず、ルナは聞こえてはいたが言葉の意味がわからずキールに聞き出そうとした。しかし第三者の声によってそれは遮られた。
「ええい!!私語はそのくらいにしておけ!!お前らもいくら注目の一戦だからといって騒ぎすぎだ!!」
いつまでたっても騒ぎが収まらないのでついにマリアが怒鳴りだした。マリアの言葉に生徒たちはピタリと騒ぐのをやめる。あのカインがぶっ飛ばされた事件がいまだに恐怖として生徒たちの頭の中に刻まれていたので、みんなあんな風になりたくないと必死なのである。
「よし、では二人とも準備はいいな?」
周りが静かになったの確認して、マリアが言葉を発する。それを聞いてルナはいつもの大きな杖を構え、キールは手には何も持たずにただルナを見据えているだけだった。周りの生徒たちは心臓をドキドキしながらその状況をジッと見つめる。全員の体をピリピリとした緊張感が包む。
「…………始め!!」
ダンッ!!
マリアが若干いつもよりも大きな声で開始の合図をする。そして開始と同時に地面を強く蹴って飛び出したのはルナ。ルナは授業の模擬戦では全て先制攻撃を仕掛けている。元々ルナは攻撃的なスタイルで、いつかのカインのときは例外で、得体の知れないカインに対して少し慎重になっていたのである。しかし今回の場合、キールの試合は何度か見ていて実力はある程度わかっているつもりなので、先制攻撃を仕掛けたほうが有利だと判断したのだ。
そしてその勢いのままルナは杖をキールに向けて構える。
「『ファイヤー』!!」
ボンッ!!
ルナの杖から初級魔法が放たれる。しかしその威力は他の生徒の初級魔法を遥かに凌ぎ、その魔法をくらえばいかにキールだろうと無事では済まないということをそこにいる皆が思っていた。だから生徒たちは当然キールは避ける、または魔法で相殺したり、なんらかの防御手段をとると思っていた。
バンッ!!!!
「「「「!!!?」」」」
ところがキールは皆の予想を裏切り、真正面からその魔法をうけた。それにより煙があがり、キールの姿が見えなくなった。生徒たちは予想がはずれ、驚きの色を隠せない。そしてそれと同時にキールの敗北が頭によぎった。
「なによ!?もう終わり!?レッダム家っていうのもたいした事ないわね!!」
ルナが動きを止めて勝ち誇った顔をしながら言った。そしてその様子を見た生徒たちはキールの敗北を多分から確実にかえた。
「…………お前は分かっていない。」
「!!!?」
しかしそこに開始前に聞いたのと同じ言葉が聞こえた。そしてルナは驚いて煙があがっていたところを見る。煙が風によりだんだんと飛んでいき、そして煙が完全に無くなるとそこには開始前と同じ姿勢のキールがいた。
「…………あんた、何したの?」
ルナが再び杖を構え、警戒しながらキールに問いかけた。周りの生徒たちはキールが無傷で立っていることにまだ騒ぎ続けている。
「だからお前は分かっていないと言ってるんだ。」
「何の事よ!!」
ダンッ!!
キールの言っていることの意味が分からないルナは、もう一度キールに向かって走り出した。そして今度は蹴りをキールの顔に向かって放つ。しかしキールはそれを少し後ろに下がって避けると、自分も蹴りを繰り出した。その蹴りは他の生徒にははっきりと確認できないほど速い。
「まだまだぁぁあ!!」
しかしルナもそれを横に回転する事で避け、そのままの反動で杖をキールの足に向けて振る。キールはそれを少し跳ぶことによって避けるが、キールが気付いたときにはルナの手が目の前にあった。
「この距離なら確実!!くらいなさい!!『ファイヤー』!!」
ボンッ!!!
手から出た魔法は杖を使った時よりも少し小さいものだったが、ダメージを与えるには十分な威力だった。そして今度は絶対に決まった!!とルナは確信する。
しかしキールはバッ!!と自分の手を前に出すと、手からルナと同じような魔法を出してそれを相殺した。そのスピードは速すぎて他の生徒たちには全く確認できなかった。周りでは魔法が勝手に消えたように見えただろう。
「そういうことだったのね…………詠唱破棄なんてやるじゃない。」
ルナは少し息を切らしながらそう呟いた。それを聞いた生徒たちはまたザワザワと騒ぎ出す。
「(さすがレッダム家だ、一年生のこの時期に詠唱破棄が使えるとは。本来魔法は詠唱をすることによってその魔法をイメージし、それを放つ。しかし鍛練すればそのイメージを固定化し、詠唱を省略、または破棄をすることができる。初級魔法は省略する部分が無く比較的に破棄は簡単だが、それでもイメージを固定化するというのは思ったよりも難しい。普通なら一年生の三学期に教えるのだがな。…………ルナならキールと良い勝負をすると思ったがこれでは…………)」
マリアが試合の様子を見ながら心の中で呟いた。一年生のこの時期に詠唱破棄を使ったキールに対して感心する。そしてルナも言葉には出さないがキールには少し感心していた。息を整えたルナは口を開く。
「さっきも詠唱破棄を使って私の魔法を防いだのね。何もしていないように見せかけ、もの凄いスピードで手をかざし、詠唱破棄で魔法を放ち私の魔法を相殺する。注意深く見なければわからなかったわ。」
ルナの説明を聞いて、やっと状況を理解できた生徒たちはキールに対して尊敬の念を抱く。そしてそんなルナの言葉にキールは一度ピクリと眉を動かした。
「ふむ、お前は中々やるようだ。しかしそれでも結果は変わらない。お前は分かっていない、この言葉の意味を教えてやろう。」
するとキールは戦闘態勢を解いて、いつもの冷めた表情で話し出した。ルナもそれを見て、少し警戒しながらも構えていた杖をおろし、キールの話に耳を傾ける。
「まずお前は先ほど俺とランクが一つしか変わらないと言ったな。しかし実際には一つしかではなく、俺とは一つもランクが違うのだ。」
その言葉を聞いてルナは少し眉をひそめる。ルナは一つのランクぐらいならそれほど実力に差は無いのではないか、一つのランクならすぐに追いつける、そう考えていたからだ。しかしキールはそんなルナの考えは見当違いとでも言うように話を続ける。
「ギルドランクは七段階までだが、その一つの同じランクの中でも一番強い者と一番弱い者では実力にかなりの差がある。つまり一つランクを上げることは相当難しいということだ。俺は長い期間ギルドに通っているが、Dランクの者が二年かけてもランクが一つも上がらなかったというのを見たことがある。」
「だからそれが何よ!!」
長々と話すキールに少しイライラしてきたルナが我慢できずに怒鳴る。そんなルナのせっかちな様子を見て、キールは軽く息をもらす。
「俺が見た限りお前はDランクの中でも最下層、つまりCランクの俺にはどうやっても勝てない。お前は自分の実力と俺との実力の差を分かっていない。」
ルナが怒っている様子を見ても表情一つ変えないキールは淡々と答えた。そんなキールの言葉に感情が高ぶったルナの体からは魔力が放出される。
「それは嫌味?そんなこと言ってるあんたもCランクじゃ最下層なんじゃないの。」
ルナが青筋を立てながら嫌味ったらしく言う。ルナは怒りによって杖を思いっきり握り、そのルナの杖はギシギシと今にも壊れそうな音をたてていた。周りから見てもルナが怒りを我慢している事は明らかだった。
「…………そうだな。」
「!?」
しかしルナの予想していたのとは違って、キールは肯定の言葉を返してきた。それによってルナの手から力が抜け、杖の安全が確保された。生徒たちはホッと一息をつく。
「俺も最近Cランクに昇格したばかりだ。もしお前がDランクでも上の実力者だったのなら、俺は負けはしないものの少しは良い試合ができただろう。」
「…………やっぱり嫌味じゃないの。それに何が良い試合できただろう、よ!!まだ試合は終わっていないわ!!」
そういうとルナは再び杖を構える。そしてルナはブツブツと中級魔法を放つための詠唱をしはじめた。しかしキールはそんなルナに対して首を横に振った。
「いや、もう勝負はついている。それは俺がお前に話をしている最中、ずっと魔法をイメージし、そして魔力を溜めていたからだ。『フレイムウォール』。」
キールはそう言って、突然手を前にかざした。
「!!?」
ゴォォオオ!!
そしてキールの手から炎の渦が巻き起こる。ルナはとっさに詠唱を止めて、迫ってくる炎の渦を避けようとした。しかし時すでに遅し、範囲の広い中級魔法によってルナは炎に包まれてしまった。そして数秒ほど経って、炎がだんだんと自然に消えていく。そこにはうつ伏せに倒れて気絶しているルナがいた。
「そしてもう一つ、俺は生まれたときから国王の息子として最強になるという使命を背負っている。だから俺は他の者とは勝利に対する執念が違う。そこをお前は分かっていない。」
そう言うキールの目はレッダム家特有の真っ赤でありながらも、まるで氷のような冷たさを感じさせた。それは自分が勝つのは当然の事だ、と言っているかのように。そして周りの生徒たちは呆気ない幕切れに声も出せずに、ただ倒れているルナを見ているだけだった。
「勝者、キール・レッダム!!」
マリアの声が静かな雰囲気の中、高々と響いた。