第九話
「あぁ〜、やりてぇ。」
「ア、アンタいきなり何言ってんの!?」
その日の授業が終わったあと、カインはおもむろに呟いた。 周りの生徒たちはすでに帰りの準備を始めていたが、カインだけは机に肘を付いて帰ろうとする気配を見せない。そしてそのカインを囲んでルナ、サジ、シンクが集まっていた。
「早く戦いをやりてぇぜ。実戦授業受けさせてくれるまで後三日だし、いつになったら俺の出番はくるんだよ。」
「な、なんだ……そういうことね。」
カインの言葉をどのように取っていたのか、ルナは顔を真っ赤にしながら息を吐いた。そしてカインもルナとは違う意味でハァ、と大きく息を吐いた。
「まあマリア先生を怒らせたお前が悪い。」
「サジ、てめえが言うな。」
バシッ!!
「いてっ!!」
サジの発言に、カインはいつものようにサジの頭を叩く。
「でも授業以外での戦闘は校則違反だし、仕方が無いよ。」
シンクにそう言われて、カインは腕を組みながら目を瞑って顔を上に向ける。 そのままウーンと唸り続けて、何かを考えてるようだった。
「…………よしっ。 ルナ、今から勝負だ!!」
「アンタさっきまでなに聞いてたの!? 校則違反なんかしたらまた怒られるじゃない。 そんなのごめんよ。」
先ほどのシンクの言葉を全く無視したカインの発言に、思わずルナはツッコミを入れてしまう。
「チッ。 はぁぁ〜。まったく、この学園に来てから身につけた事といえば、正座しながら寝るっていう特技だけだぜ。」
「ということは今までの実戦の授業はずっと寝てたのね。それはそれである意味凄いけど。」
そしてカインはもう一度、盛大なため息を吐いて机に突っ伏した。 そんな中さっき頭を叩かれたサジが口を開く。
「それならギルドへ依頼でも受けに行ったらどうだ?」
「ギルド?依頼?」
カインは顔を机につけたまま、顔だけを動かしてサジを見る。
「なるほど、その手があったね。 さすが情報通のサジ。」
「そういえばこの学園にもそんなものがあったわね。」
シンクとルナは感づいたようでサジとの三人で話を進めていく。
「おい、その依頼ってのはなんだ?」
しかし一人だけ何の事か全くわからないカインがたまらず三人へ聞く。 三人はえっ?そんなことも知らないの?とでも語っているような冷めた目でカインを見る。
「まあ百聞は一見にしかずだ。 着いて来いよ。」
サジはそう言って教室から出て行く。 ルナとシンクもそれに続き、カインが一足遅れで走ってそれを追いかけた。
「よし、着いたぞ。」
「着いたぞって………ここは学園の寮じゃねえか。こんなところに来てどうする気だ?」
カインだちがたどり着いたのはいつも生活をしている寮だった。しかしサジは違う違うと首を横に振って、寮の隣にある建物を指差す。
「あれは…………何だ?」
「おいおい、ここまでくりゃ察しはつくだろう。あれが依頼を管理している場所、通称『ギルド』だ。」
サジが指差した建物は寮の二回り以上は小さく質素な感じである。
「ギルド……あっ、思い出したぞ!!そういえば入学してすぐにコニル先生が説明してたな。」
カインは手をポンッと打つと頷いて言う。サジたちは今頃思い出したのかよ、とでも訴えているかのような目でカインを見る。そんな目線を向けられているのに気付かないカインは、コニルが言っていたことを思い出している。
「たしか依頼を頼んだり受けたりできる場所で、強さや依頼の達成回数によって自分のランクが上がって、受けることができる依頼の難易度も変わってくるんだっけか?」
「その通り。自分のランクは下からF、E、D、C、B、A、S。依頼の難易度はレベル1〜6だ。ちなみにレベル6の依頼は最低でもランクSの者一人、もしくはランクAの者が三人いないと受けれない。ちなみにこのレッドクラウン学園でさえSランクの生徒は一人しかいない。」
サジはポケットから自慢のメモ帳を出してスラスラと話していく。カインは一回でもいいからそのメモ帳見せてくれないかな〜、などと思いながら話を聞いていた。
「ところでそのSランクの人ってのは誰なんだ?」
「お前本当に何も知らないんだな。この学園の生徒会長だよ。」
サジはため息をしながらカインの質問に答える。ちなみにこの学園には生徒達の秩序を守るために、五人の生徒で構成された生徒会というものが存在する。
「それにしてもSランクは一人だけってずいぶん少ないのね。この学園は生徒数も多いんだからもっといても不思議じゃないと思うんだけど。」
サジの一人しかいないという言葉に、思わずルナがサジに質問をぶつける。
「Sランクに簡単になれると思ったら大間違いだぜ。Sランクの奴なんかこの世界には数えるほどしかいないんだ。学生でSランクになれたのは長い歴史の中で今回が初めてなんだよ。そんな15〜17の若輩者が普通はSランクになれるわけがないんだ。」
サジの説明にそこにいる三人は、現在の生徒会長がどれほど規格外であるのかということを実感する。
「あとちなみに以前カインに説明しかけたが、ギルドでSランクの称号をもらった者は各々に二つ名が与えられるんだ。二つ名はその人の強さ、戦闘スタイル、容姿などを象徴している。そしてその二つ名を持っている先生がこの学園には三人ほどいる。」
その言葉と同時にサジは三本の指を立てる。
「その三人っていうのは誰なの?」
「まず学園長のロベルト・レッダム、うちの担任のコニル・アネティブ、そして魔法学の先生であるスキャッタ・キャレスだ。」
ルナの質問に、サジはスラスラと答えていく。そんなサジの言葉にカインがふとある事を疑問に思った。
「あれ?生徒じゃなくても依頼は受けれるのか?」
「あぁ、ギルドは世界中のそこら辺にあるからな。軍の兵士だったり、修行者だったり、金儲けをしたい人とか誰でも依頼を受けれるってわけだ。」
「ふぅん。まっ、そんなことより早く依頼を受けに行こうぜ!!」
サジの話を聞いた後、そう言ってカインはギルドへと勢いよく走っていった。
「待てこの野郎!!そんなこと、ってお前が聞いてきたんじゃないのか!?」
サジもカインを凄い勢いで追いかけていった。残されたルナとシンクは苦笑とも言える笑みをこぼしていた。
「まったく、二人とも仲がいいわね。」
腰に手を当てながらハァっと息を吐いてルナは呟く。ルナは最後にバカみたい、と言葉をもらした。シンクはそんなルナの言葉を聞いてクスッと笑みをこぼした。
「ふふっ、あの二人らしくていいじゃないか。ああいうのを親友って呼ぶんだね。羨ましいよ…………」
「??」
「さあ、僕たちも早く行こう。」
「あ、あぁ、そうね。」
シンクの言葉にルナは少し詰まりながら答える。そしてルナとシンクはギルドに向かって歩き出す。
「(さっきのシンクの表情、一瞬凄く悲しそうに見えたけど……気のせいかしら?う〜ん、でも以前にもあんな表情を見たことがある気がするのよね…………いつだったかしら?)」
「ほら、ルナ、急いで急いで。」
ルナが気付くと2メートルほど前にシンクがいた。どうやら考えている間に歩幅が縮まって、歩くのが遅くなってしまっていたようだ。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!!(……まぁいいか、どうせ大したことじゃないわよね。)」
シンクに追いつくために少し小走りになりながらルナは前に進む。そしてシンクに追いつくと、再び速度を落としてシンクと共にギルドへと入っていく。
ガチャ
「よう、遅かったな。二人とも何してたんだ?」
ルナとシンクの目に映ったのは少し息を切らして手を膝についているカインと、息一つ切らさずにルナたちに話しかけたサジだった。
「あれ?サジは全然疲れてないみたいだね?」
「そりゃ最近毎晩トレーニングしてるからな。でもここ数日でこんだけ体力がついた俺って結構体術の才能があるのかもな、フッ。」
多分最近とはあの涙を流した日からであろう。腕をグッっとして力こぶを作ろうとしたサジだったが、そんなにはできなかった。それを見たルナがため息をつく。
「あんたバカなの?もし万が一あんたなんかにそんな才能があったとしても、普通基礎トレーニングの効果がでてくるのは最低でも一ヶ月はかかるのよ。あんたが息切れしてないのは単にそれだけの体力があっただけよ。いつも魔法が使えないせいで体術戦しかしてなかったわけだし。勘違いも甚だしいわね。」
「ぐふっ!!さすが女神の攻撃………精神的に効いた…ぜ……。」
ルナに必要以上のキツイ事を言われたサジは、地面に手をつきながら涙を滝のように流す。シンクはそれを気にしないで、と言いながら慰めている。
「それよりどうやって依頼を受けるんだよ。」
そこにすっかり息を整えたカインが声をかける。サジは涙をぬぐっていつかルナを見返す日を願いながら口を開く。
「それにはまずそこにある鐘を鳴らしてくれ。」
「え〜と、これだな。」
チリンチリン
鐘の音色が建物内に響く。しばらくするとカインたちの目の前の床に魔方陣が浮かび上がってきた。
「こ、これは…………転移魔方陣!?」
転移魔方陣とは字のとおり魔方陣を通じてある場所から他の場所へと転移できる物のことである。ただこの魔方陣を作るには魔石という特殊な魔力が秘められた高価な道具を使うので簡単には作れない。ちなみに空間魔法の使い手であるスキャッタは転移魔方陣無しでも転移できるとか。
そしてその魔方陣から出てきた人物は
「「フラシス寮長!?」」
おっとりとした雰囲気をかもし出しているフラシス・ベージュだった。フラシスはあらあら、といいながらカインたちを見る。そしてコホン、と一回咳払いをして口を開いた。
「ようこそギルドへ。レッドクラウン寮長兼ここの管理者であるフラシスです。ここへは何の用で来たのでしょうか?」
「えっ!?寮長ってここの管理者だったのか!?」
フラシスの発言にカインは口をあんぐりしながら驚く。フラシスはフフッと笑いながらそうですよ、と答えた。するとサジがカインを押しのけてフラシスの前に立つ。
「今日は俺たち依頼を受けに来たんです。初めてなんですけど、どうしたらいいんですかね?」
「そうですか、ではまずランクを決めるためにそこにある水晶玉に手をあててもらいます。」
フラシスが手を差し延べた先にはスイカほどの大きさの水晶玉があった。みんながその水晶玉の周りに集まる。
「これは…………この学園の試験の時にも使った魔力を測る水晶玉ではないんですか?」
シンクがフラシスに訊く。この学園に入学する時の試験に魔力を測るものがあったわけだが、この水晶玉はその時に使った物とまったく同じの形をしていた。
「形はまったく一緒なんですけど、これはその人の本来の力、つまり実力を測れるものなんですよ。魔力だけではなく体力、知識なども測る要素に含まれるわけです。この水晶玉は貴重なもので世界に二つしかありませんのでくれぐれも傷をつけたり、壊さないようにしてくださいね。」
その言葉を聞いてカインたちはゴクリと唾を飲み込む。もし壊してしまったらという考えがカインたちを緊張さしていた。
「さ、さて、誰から測る?」
「サジ、あんたから測りなさい。ここに連れてきたのはあんたでしょ?絶対に落としたりするんじゃないわよ。」
「えっ!?」
ルナの言葉にサジは一瞬体をビクッとさせる。そしてサジはゆっくりとルナたちを見る。サジにはみんなの目が早くしろ、とでも言っているかのように感じられた。
「わかったよ!!やりゃいいんだろ!!それで、どうやって測るんだ?」
「それは試験の時と同じです。水晶玉を持って上に掲げてください。念のためにもう一度言っておきますが大変貴重なものなのでくれぐれも落とさないようにしてくださいね。」
そのフラシスの言葉がプレッシャーとしてサジの心にグサグサと突き刺さる。水晶玉を持とうとするサジの手はプルプルと震えていた。そしてサジは一度深呼吸をしてから、意を決して水晶玉を持ち上げて掲げた。
「これは…………黄色に光ってる?」
サジが水晶玉を掲げると水晶玉が急に光りだす。そして光った後、水晶玉の色が黄色へと変化していた。
「あっ、説明するのを忘れていましたね。その水晶玉は魔力を測るものと違ってはっきりと数値がでるのではなく、その人の強さによって色が変わるんです。ギルドでは黄色ならF、緑色ならE、青色ならD、赤色ならC、銀色ならB、金色ならA、そして黒色ならSランクと定めています。サジ君は黄色なのでFランクですね。」
「最低のFランクかよ……やっぱり俺って落ちこぼれだな…………」
がっくりと肩を落とすサジ。そこにフラシスが来てサジの手を握る。そんな行為にサジだけでなくカインたちもびっくりする。
「そんなことないですよ、サジ君。入学したばかりでFランクというのは珍しくありません。それに私は何年もここの管理者をやっていますが、Fランクの方が卒業までにAランクになったというのを何度も見たことがあります。だからサジ君も落ち込まないで努力して頑張ってくださいね。」
ニコッ
「は、はい!!」
フラシスの最後の笑顔にサジは顔を真っ赤にしながら返事をする。そしてウヘヘっと笑いながら鼻の下を伸ばしてカインたちの下へと帰っていった。
「手を握りながら頑張ってくださいね、だってよ。ウヘヘヘヘ、もう俺フラシス寮長と結婚するわ。」
「バカみたいなこと言ってんじゃないわよ。じゃ、次は私が測らしてもらうわ。」
腑抜けた事を言っているサジと入れ違いに、今度はルナが水晶玉の前に立ちそれを掲げる。サジが先頭をきってくれたおかげで少し緊張がほぐれたようだ。すると水晶玉が先ほどのように光りだす。そして光がら収まるとそこには青色になっている水晶玉があった。
「入学したばかりでDランクなんて凄いじゃないですか、ルナさん。一年生ではトップクラスですよ。」
「まあこんなもんね。…………ところで一年生のトップは誰なの?」
「キール・レッダム君です。ちなみに彼は入学する前からギルドに入っていたみたいですね。ランクはCです。」
「!!? ……そう、やっぱりね。まあいいわ、一ランクくらいすぐに追いついてみせる。私が一番強いって事を証明してあげるわ…………」
バァン!!
ルナがそう小さく呟くと同時に、扉のほうから大きな音がした。みんながそこを振り向くと、そこには肩を上下に動かしながら息を切らしている女の子がいた。
「す、すみません!!ここに誰でもいいから先生はいますか!?」
「いえ、ここにはいませんけど…………どうしたんですか?」
あせっている女の子とは反対にフラシスは冷静に対処をしている。しかし女の子は冷静さを失っており、外へと指をさしながら大きな声で言い続ける。
「すぐそこで生徒同士で喧嘩してるんです!!でも片方は一方的にやられているだけで!!助けようと思ったんですけど人数も大勢いて、周りには誰もいないし………それで……私……!!」
「大丈夫よ、落ち着いて。その人たちの学年はわかる?」
「わかりません……、とにかく必死で紋章を見る余裕もなくて…………」
ちなみにこの学園では学年によって胸についてある紋章の色が違う。一年生は緑、二年生は赤、そして三年生なら青色ということになっている。
「…………あなたたち、初任務ですよ。その場所に行って様子を確認してきてください。私がその間に先生を呼んできます。もしその人たちが一年生なら止めに入ってください。」
フラシスの急な依頼に四人は戸惑いの色を隠せない。
「大丈夫、Dランクの人がいるならそれくらいはできるはずですよ。でももしその人たちが二、三年生なら何もせずに、その近くで上級生か先生を探してきてください。」
フラシスにはいつものおっとりとした雰囲気は無く、真剣な顔つきでカインたちに話しかける。しかしこの状況にまだ頭が追いついていない四人はただ焦るだけだった。
「えっ、でも、」
「早く行きなさい!!時間がないの!!」
「「「は、はい!!」」」
突然凄い剣幕で怒鳴ったフラシスに驚いたカインたちだったが、返事をするとすぐに足は扉へと向かっていた。その事を教えに来てくれた女の子はこっちです!!と言ってカインたちを先導する。フラシスはそれを確認すると先生を呼ぶためにすぐに転移してきた魔方陣に入っていった。
「ハァ、ハァ、その角を曲がってすぐです!!」
女の子が数十メートル先を指差す。それを見たカインたちは速度を上げる。女の子は先ほども走って疲れているのかカインたちの速さについていけない。
そしてカインたちが角を曲がり、足を止めると、そこには顔を殴られたのか鼻血を流して壁を背に座り込んでいる男子と、それを囲んでいる五人の男子がいた。その男子生徒たちの胸の紋章を見ると全部緑色なのでどうやら全員一年生のようだ。するとその男子生徒たちはカインたちに気づいてそちらへ顔を向ける。
「なんだお前らは?俺らに何か用か?」
すると一人の男子生徒がカインたちに話しかけてきた。その男子生徒は睨みながら聞いてくる。
「あんたたち、何やってるのよ!!はやくその人から離れなさい!!」
ルナは男子生徒の質問には答えずに、男子生徒たちへ怒鳴り散らす。
「その人ってのは……こいつの事か??」
ガスッ!!
すると男子生徒はルナの指差した男子の腹を思いっきり蹴る。蹴られた男子生徒はウッ!!と呻き声をあげる。
「!? やめろ!なんでこんな事するんだ!?」
「あぁん?それはこいつが俺たちが言ってたものをちゃんと買ってこなかったからだよ。」
サジの問いかけに答えた男子生徒の手には数個のパンがあった。
「まったく、こんな簡単なお使いもできないなんてよぉ。せっかく俺たちが平民なんかであるお前の友達になってあげてるっていうのに。」
そう言うと男子生徒は座り込んでいる男子の頭をベシベシと何度も叩く。そのことによりカインたちの怒りのボルテージがMAXまで上がっていく。
「そんなことでそこまでするなんて…………てめぇら絶対に許さねえ!!」
そしてカインが大声をあげて飛び出そうとする。しかしそれをシンクが手を出して止めた。
「何すんだよ!?もう俺は我慢の限界だぜ!!」
「あぁ、それは僕もだよ……。だからここは僕にやらしてくれないか?こいつらは僕の手でやらないと怒りが収まりきれないよ…………」
シンクの体から魔力が放出される。それを見たカインは少し驚いた感じで一歩下がる。逆にシンクは一歩ずつ男子生徒たちへと歩いていった。
「なんだお前?もしかして俺たちとやるってのか?」
「うるさい、もう喋るな。」
シンクがいつもの笑顔からは想像がつかないほどの冷たい表情をして言う。その言葉に男子生徒たちは額に青筋を立てる。そしてそのまま男子生徒たちはシンクを取り囲む。
「おいおい、シンクは大丈夫なのか?」
その様子を見たカインは、隣にいたルナに話しかける。しかしこんな状況でありながらも、ルナの表情は平然としていた。
「大丈夫なのかって……もしかしてあんた、シンクがやられるとでも思ってるの?それならまったく心配ないわ。」
「なんでだ?前にシンクはお前にぶっ飛ばされて気絶してたじゃないか。」
カインはまるでシンクが弱いとでも言うように喋る。ルナはそんなカインの言葉に対して首を横に振った。
「それは不意だったし、私の攻撃だったからよ。普通あんなのよけれないわ。とりあえず黙ってみてなさい。あんなにキレたシンク、めったに見られないんだから。」
ルナがそういうとカインは黙ってシンクの様子を見守る。そして一人仲間はずれのように思えてきたサジは何も言わずに、その場の雰囲気に身をまかせて同じようにシンクの様子を見守る。ついでにたった今追いついた女の子も状況がいまいちわからなかったので、とりあえずみんなに合わせて真剣な顔を作ってシンクを見ていた。
「おい、優男、今なんつったんだ?」
そして取り囲んでいた一人の男子生徒が、指をポキポキと鳴らしながらシンクに話しかけた。他の男子生徒たちもずっとシンクを睨んでいる。
「聞こえなかったのかい?僕は喋るなって言ったんだ。根性も腐っていれば、その耳も腐っているんだね。」
「なっ、この野郎!!完全にぶちキレたぜ!!ぶっ殺してやる!!」
シンクの言葉にキレた男子生徒の一人がシンクに殴りかかる。しかしシンクはそれを避けようともしない。そして拳がシンクの顔に当たると思った瞬間、
「『ウォータージェット』」
バシュュウ!!
「ぐはっ!!?」
シンクの手から凄い勢いの水が噴射される。それをくらった男子生徒は吹っ飛ばされてそのまま気絶した。その魔法の威力に他の男子生徒たちに焦りの色が浮かび上がる。
「ぶちキレた、だって?……ぶちキレてるのは僕の方だ!!一人残らず僕が相手をしてやるよ!!」
怒りを露にするシンクに気圧されて、男子生徒たちは少しずつ後ずさりをしていく。傍から見ているカインたちも、シンクのあまりの気迫に思わず唾をゴクリと飲み込んでしまう。そして男子生徒は逃走を謀ろうとしているのか、後ろへと目線をチラチラさせる。
「逃がしはしないよ。恵みをもたらす水よ、今こそ人々を脅かす恐怖となれ、『ウォーターズウェイブ』!!」
ゴォォォオ!!!
しかしそんなことをシンクが許すはずもなく、突然シンクの真下から水が溢れ出し、それが波となって男子生徒たちを襲う。男子生徒の全員が波に飲まれ、そして波が無くなるとそこには四人の男子生徒が倒れていた。しかしその内の一人がよろよろになりながらも立ち上がった。
「あれ、まだ意識があるんだ。中級魔法を喰らったのに、意外としぶといね。」
「う、うるせえ。な、なんでだよ、ただ俺たちはあいつに友達として当然のことを教えてただけだぜ。それをなんでまったく関係の無いお前たちが…………」
「黙れ!!!!」
男子生徒の言葉を遮って、シンクが凄い剣幕で叫ぶ。
「お前らみたいなのがが友達を語るな…………虫唾が走る。」
シンクの言葉にその場がシーンとなる。そしてその沈黙を破ったのは残っていた男子生徒だった。
「くそ野郎が!!こんな状況でも魔法くらいなら使えるんだぜ!!くらえ!!サン――「遅いよ、『魔法解除』。」」
男子生徒が手をかざして魔法を発動させようとした瞬間、シンクが男子生徒の手に自分の手を合わせると、男子生徒の手に集まっていた魔力が無くなり魔法が発動しなかった。
「あれは確か以前ルナに対して使っていた…………」
シンクのしたことに、カインは入学式の時のことを思い出す。
「そう、『魔法解除』。相手の魔法を打ち消してしまう魔法よ。」
「でもそんな魔法聞いたこと無いぜ?」
ルナの言葉を聞いて不思議に思ったサジがルナに訊いた。なぜなら魔法解除という魔法はこの世界では存在していないから。
「噂では親のどちらかが特殊属性だったらしいわ。それでシンクはあんな魔法が使えるわけ。でも本人曰く、直接相手の手に触れないと効果が無いし、連続して使えないから万能じゃないらしいわ。」
「ていうか噂ってなんだよ。お前ら幼馴染じゃないのか?」
今度はカインがルナに質問をぶつける。
「シンクの親はシンクを生んですぐに旅に出たらしいの。今まではうちの近くの教会の人がシンクの世話をしてたのよ。だからシンクの親のことは全然知らないし、周りの人も特殊属性だったってこと以外何も教えてくれないのよ。」
「…………何かありそうだな。今度調べてみるか。」
ルナの話を聞いて、サジは少し考えた素振りを見せた後、そう呟いた。
「おいおい止めとけよ。人の身内を探るなんて趣味が悪いぜ。」
「まぁそれもそうだな。また今度シンクに直接聞いてみるか。とりあえず今はこっちに集中だな。」
しかしカインの言葉にサジはどうでもいいか、と考えるのをやめた。そしてサジがそう言ってシンクの方へ顔を向けると、カインたちもシンクの方を向いた。シンクは暴れている男子生徒の手をしっかりと掴んでいる。
「ヒィィ!! 許してくれ!!お、俺たちが悪かった!!」
あまりの実力の差にもはや反撃という手段を諦めた男子生徒は、シンクに向かって必死に許してくれるよう懇願する。
「そうだ!!金ならあるぞ!!俺の家は結構な金持ちなんだ!!いくらだ!?いくらで許し――――」
「僕は最初に何て言った? 黙れって言ったんだ。そんなことも覚えてないのか。」
しかしシンクは男子生徒の言葉に、逆に怒りを増していく。そしてシンクは冷たく囁くと空いている方の拳を握り、そして振りかぶる。その間にも男子生徒は逃げようと必死にもがく。
シュ! バキィィィイ!!
「ぐぇっ!!!!」
そしてシンクがその振り上げた拳を思いっきり男子生徒の顔に叩き込む。男子生徒は変な声を出して吹き飛び、そのまま意識を手放した。シンクは一度だけ深呼吸をするとカインたちの方へ振り向く。その顔にはいつもの笑顔が戻っていた。
「ふぅ〜スッキリした。ちょうど先生も来たみたいだし、後のことは任せていったんギルドに戻ろうか。」
いつもの調子にもどったシンクだが、カインたちは心の中でシンクだけは絶対に怒らせないでおこうと誓った。そしてカインたちは女の子と男子生徒にお礼を言われた後、ギルドに戻っていった。
その後ギルドに戻ったカインたちは他の依頼を受けようとしたが、緊急時でない限り次の依頼を受けるには十日間の間隔がいるということを聞き、カインはまた俺の出番は無しかよぉぉぉお!!と嘆き、他の三人はそれを笑いながら見ていた。そしてその後四人は各自解散して自分の部屋へと帰っていった。
「今日は疲れたな…………」
そう呟いたのはシンク。慣れない中級魔法を使ったことにより、シンクの疲労感はかなり蓄積されていた。彼は自分の部屋でイスに座りながら窓の外の夜空を見ていた。そしてギルドから帰る時のことを思い出す。
「それにしてもカイン、『お前強いんだな、今度は俺と戦ってもらうぜ!!』……なんて、フフッ。」
そのことを思い出してシンクは思わず笑みをこぼしてしまう。そしてそのまま半分ほど欠けている月を数分眺めると目を瞑った。その間も月の光はずっとシンクを照らし続けていた。