9話 モンスター退治の余録
『射撃やめ、射撃やめ!
全車両停止、全車両停止!
これより最後の始末を開始する』
「よーし、停止だ」
「はいよ」
通信機の指示に従い北川が声をかける。
仁科は返事をしながら車を停止させた。
エンジンはかけっぱなしでいつでも発信出来るようにはしている。
「いいか新人、よく見ておけ。
倒したモンスターがどうなるのかを」
撃ち尽くした銃の弾倉を交換しながら北川が促す。
「もう聞いてるとは思うが、あいつらがモンスターと呼ばれる理由をしっかり見ておけ」
「はい」
同じように弾倉を交換したヒロキが、言われるがままにモンスターの方に目を向ける。
そこでは倒れて苦しげに体をよじるモンスターがいた。
一番近くにいるのは、おおよそ30メートルくらいまで接近してるようだった。
射撃開始がおおよそ50メートルまで接近してからだとすると、射撃中に20メートル進んだ事になる。
銃撃で倒れていくにも関わらずそれだけ進んだ事に驚いた。
モンスターの強靱さというのを感じる。
そのモンスターに近づいていった者達が、最後のトドメとして銃で急所を撃ち抜いていた。
頭を狙って手持ちの銃で撃ち、モンスターを確実に倒していく。
身動きがとれず、放っておいても死ぬであろうモンスターである。
単に身の安全を確保したり、モンスターを倒す事だけが目的ならばここまでする必要はないかもしれない。
しかし、モンスターを倒すのはそれだけが理由ではない。
倒したモンスターが残していくものを回収するためである。
「……消えてく」
モンスターを見つめていたヒロキが呟いた。
その言葉通り、モンスターが消えていっている。
通常の生物ならありえない事であるが、倒れた、そして死んだモンスターは次々と体を霧散させていく。
これがモンスターが化け物やモンスターと呼ばれる理由である。
一般的な生物と違い、モンスターは死体が残る事は無い。
死ねば体が崩壊し、気化していく。
モンスターと呼ばれる存在が、通常の生命体とはかけ離れてる事を示している。
研修でこうした説明を受けていたし、その場をおさめた映像も目にしている。
しかし、実際にこうして目にしてみると、説得力が桁外れに違う。
先ほど倒した、確実に生きて動いてるように見えたモンスター。
それらが決して人間や動物、植物に昆虫などとは違うものなのだと感じさせた。
「あれが化け物だ」
北川がはっきりと告げる。
決して自分達と同じ存在ではないと言うように。
「だから絶対に油断をするな、まともにとりあうな。
生き物だから殺すのを躊躇うなんてのも捨てろ。
あいつらは普通の生き物じゃない」
「はい……」
「普通の生き物だって、俺達に危害を加えるようなら撃退しなくちゃならん。
でなけりゃ俺達が被害を受ける。
ましてあいつらは、ああいう風に消えていく化け物だ。
何一つ躊躇いを持つな、遠慮をするな。
迷わずに撃て。
でないと、お前が死ぬ。
お前と一緒の俺達も死ぬ」
「分かりました……」
もとよりそのつもりは無かったが、あらためてモンスターは確実に仕留めていこうと決意する。
そんなモンスターが消えた後には、貴石のような結晶が残された。
核と呼ばれる貴石のような物体は、エネルギーの結晶である。
かなりの高密度であるこれは、エネルギーに転用した場合の効率がかなり良いという。
まだ研究段階であり、実用化されたものはほとんど無いと言われているが、一部実験的に用いられてるものはかなりの効果をあげているという。
たとえば、小型のモンスターから採取できる核だけで、平凡な一軒家の一ヶ月の電気がまかなえるほどのエネルギーを持ってるという。
もしこれらを量産できれば、定期的に一定量を採取出来れば新たなエネルギーとして用いる事が出来ると言われている。
だが、現状ではモンスターから収集するしかなく、安定した確保の方法がない。
牧畜などで増やせれば良いのだが、好戦的な性質をもつのでそれも難しい。
どうにかして生け捕りにして飼育をしようにも、ほどなく仲間同士で殺し合ったりもする。
他の標的(人間など)がいればそちらに襲いかかってくるが、そうでなければ仲間同士で殺し合うらしい。
このため、繁殖させようにもまず不可能という状態になっている。
なので、こうして遭遇した場合には倒して核を持って帰る事になっている。
モンスターという存在を解明する手がかりになるかもしれないし、そうでなくてもエネルギーとしての利用方法を探る為である。
また、組成を調べて作り出す事が出来ないか、派生的に何かが発見出来ないかという理由もある。
様々な資源と同じようにモンスターが残す核は重要な存在として扱われていた。
その為、一般人がモンスターを倒して得た核をある程度の金額で買い取ったりもしている。
さほど高値がつくわけではないが、これによって生活をしてる者もいる。
そうでなくても、襲ってくるモンスターを倒して核を手に入れるという事はある。
生き残る事が出来た者達へのささやかな祝福としても、ちょっとした収入として核は取引されていた。
モンスターが消え去り、残った核を回収する。
それが終わった一行は再び走り出し、隊列を組んでいく。
襲撃があったので時間を余分に食ったが、それについてはさして問題にはならない。
こういった事が当たり前のように発生するので、到着予定時刻などは余裕を持って設定されている。
それでも間に合わない場合であっても、モンスターに遭遇したと報告すれば問題にはならない。
これを口実としたさぼりなどを防ぐためにも、モンスターと遭遇したという記録が必要だが、運転記録として映像をとってるので問題もない。
町に到着しても、「災難だったな」と慰められて終わりであった。
時間厳守が徹底されてる日本企業というか日本の風土であるが、さすがにこういった事態には鷹揚に対処していく。
当初はそれでも時間厳守をうるさく言っていたのだが、それに腹を立てて怒髪天を怒髪天を衝いた現場の人間による襲撃がそれを覆した。
銃器などで武装した者達による襲撃は、この世界の短い歴史の中にしっかりと刻み込まれた負の遺産として語り継がれている。
その時に発生した戦闘と損害、死亡者と重傷者が無理強いをさせる事を阻むようになっていった。
法律による規制や、組合などによる交渉よりもこれは有効であったらしい。
以後、極力時間を守ろうという美徳を残しつつも、モンスターだから仕方ないという現実とのすり合わせは続いている。
移動中の車内でヒロキは、空になった弾倉に弾丸を込めながら周囲への警戒を続けていた。
また再び襲いかかってきたらと思うと自然と神経が研ぎ澄まされていく。
そんな簡単にあらわれるものではないと分かっていても、どうしても気になった。
町に到着するまでずっと後部座席で左右を見渡していた。
それからもヒロキはモンスターに遭遇した。
次の週もその次の週も。
概ね一週間に一回くらいの割合である。
比較的安全な地域といってもこれくらいの頻度でどうしても出てくる。
それだけモンスターが入り込む隙間が大きいという事になるが、これは解消しようがない事だった。
守るべき範囲は広く、それでいて人員も機材も足りない。
防衛用の設備を作ろうにも、それだけの余裕もない。
金や物資もそうだし、何より人手が足りない。
そんな中では、周辺地域に入り込むモンスターの発見や駆除にかける余裕がなかなかなかった。
開拓・開発が進み、異世界における人口も増大しているが、それらも資源の確保に回されてる状態だ。
拡大する人口を養うためにもこういった産業に、金や物資、そして人という様々な資本を投入せねばならない。
大きな成長はしてるが、そうやって出来上がった大きな体を支えるためにやらねばならない投資がある。
こうして拡大していく勢力圏が、防衛する範囲をも拡大し、モンスターへの対策がどうしても遅れがちになってしまっていた。
「せめて高架道路だけでも造れればいいんだろうけどな」
この世界における問題を語っていた北川は、そう言って笑った。
「そうなりゃ、モンスターのいる地面の上を走れるんだけど」
「それも難しいんですか」
「ああ。
金も物も必要だかな。
だったらそれを資源の採掘につぎ込んじまえ、って偉い人は考えてるようだし」
間違ってはいない。
今も拡大を続ける異世界における勢力圏を考えると、早め早めの資源確保は必要不可欠である。
「それに、道路を造るのも大変だしな。
作業中の護衛をどうするのかって問題もあるらしい」
地面に道路を作っていくよりも、高架の方が手間がかかる。
建設期間も長引くだろうし、その間の護衛が大変な負担になってしまう。
その為、どうしてもなかなか踏み切れないでいたりもする。
「だから、当面はこうやって俺達のような護衛が必要だろうな」
職にあぶれる心配はなさそうである。
だが、こういう仕事が必要な状態は早急に解消されてほしいものである。
「モンスターがいなくなればいいんですけどね」
「次の仕事が決まった後ならそうなって欲しいな」
北川の言葉に、それもそうだなとヒロキは思った。
「まあ、それはそれとしてだ」
車の中で北川が話題を変える。
「明日から、本格的に仕事に入る」
「それは、どういう事で?」
「お前が入って一ヶ月。
モンスターとの戦闘もこなした。
ある程度やり方も分かってきただろう。
だから、本来の仕事に入る事になる」
それは、新人としての猶予期間が終わったという意味である。
「これからはもっと離れた所まで出向く事になる。
モンスターも今でより危険なものも出てくる。
道の周りも見通しが悪い場所が増えてくる。
そういう所に出向く事になる」
「本番ですか」
「そうだ、ここからが本番だ」
運搬業務を考えればそれが普通であろう。
いつまでも安全な所だけを回っているわけにもいかない。
それだと危険な地域に出向いてる者達の負担が大きくなりすぎる。
順番に危険な所と安全な場所を交代させていかねばならない。
その流れにヒロキも入っていく事になる。
「そういうわけで、明日から頑張ってもらう。
腹はくくっておけよ」
「……はい」
異世界にやってきて二ヶ月余り。
更にヒロキはモンスターと向かいあう事になっていく。