7話 平和な世界ではお目にかかれないような車の列が走っていく
「そう緊張するな。
そうそう化け物も出てこないから」
「あ、はい!」
緊張のあまり声が大きくなった。
「元気はそれくらいあると良いな」
「あ、はい」
「まだ声が硬いぞ」
北川の声に、仁科と安西も笑う。
一人居心地の悪さを感じながら、ヒロキは後部座席で左右を見渡している。
他の三人と違ってやる事がないので、『そこで周りの景色を見ておぼえておけ』と言われての事である。
どこに何があるのかが分かってると仕事がやりやすくなるとも言われた。
もっとも、森や草原ばかりで変化に乏しいというか、さして大きな変化が見当たらないので記憶するのも難しい。
日本ならこういった都市と都市をつなぐような幹線道路沿いには、ところどころ町があって違いが分かったりする。
しかしこの世界ではまだそこまで人が住んでるわけではない。
どこまでも続くような草木の連なりを見て、ここがまだまだ開拓も開発もろくろく進んでない事を知る。
ただ、そんな景色よりも、ヒロキの目を引くのは護衛としてついてる車両の方である。
(これ、大丈夫なのか?)
そう思えるほど重武装の車が並んでいた。
ヒロキが乗ってるような自動車を改造したものはまだ可愛いほうだった。
数多いトラックの列の先頭を走るのは、陸上自衛隊で使われてる装甲車だった。
軽装甲機動車と呼ばれるものと同等の形状をしたものが四台走っている。
当然のように天井には機関銃が装着されていた。
これらが要所要所に配置されて長大なトラックの列を守っている。
その間に、ヒロキが乗り込んでるような一般的な四輪駆動車を改造した戦闘車両が走っている。
さらには、荷台に鉄板をつけて防御力を増したトラックも走っている。
それらの二台には複数の人間が乗り込み、人を隠すほどの高さのある鉄板に装着された機関銃を握っていた。
ガントラックと呼ばれるものだろう。
一般車両を戦闘用に改造してるという点ではヒロキの乗り込んでる車と似たような趣旨のものである。
そして、その中でも異彩を放ってるのが、指揮官が乗り込んでるものだった。
(あれ、完全に軍用だよな?)
そうとしか思えない車両が、全体の中央あたりを走っていた。
軍隊で用いられてる8輪装甲車の姿は、幾らなんでもやりすぎなんじゃないかと思わせる。
上部に搭載されてる戦車のような砲塔がいかめしい。
もちろん戦車のような大きな砲ではなく、もっと小さな機関砲を積み込んでいるが、なんにしても平和な世界であれば不要であるのを否定できない。
それが当たり前のように走ってるのだから、この世界においてこういったものがどれだけ求められてるのかが分かる。
だが、こういったものが必要なほどモンスターというのは強力なのか?
そんな疑問も浮かんでくる。
研修で見た映像を見る限りでは、そこまで強いとは思えなかったから疑問を抱いてしまう。
(いや、あれ以外にもっと強いのがいるのかもしれないし……)
自分の知ってる範囲だけで考えるのは危険と思い、浮かんできた疑念を押さえ込む。
ただ、もしこれだけ重武装の戦闘車両が必要となると、ヒロキが乗り込んでる車程度では荷が重いという事にもなる。
(大丈夫なのかな)
そんな不安も抱いてしまう。
この不安が考えすぎである、杞憂であるよう願った。
ヒロキの憂慮や不安をよそに、一行は隣の町へと到着していく。
ここまでで特に問題となるような事もなく、いたって普通に町に入っていく。
ヒロキの乗る車も駐車場にとまり、エンジンが停止していった。
「ほら、降りるぞ」
緊張していたヒロキに北川が声をかける。
促されるまま車から降りて、地面に足がつく。
長い時間乗ってるわけでもないはずなのに、なぜか足の踏ん張りがきかなかった。
思った以上に緊張していたらしく、力が入らない。
歩くのも難儀しながら、三人の後をついていった。
ただ、出発前に渡された銃などは全員持っている。
それが当たり前である事をあらためて感じていった。
「どうだ、最初のドライブは」
この町の休憩所に入って適当な席に腰を下ろしたところで質問をされた。
頭が真っ白になりかかっていたヒロキは、最初何を言われてるのか分からなかった。
少しして、新開市からここまでの事を聞かれてると理解する。
「ああ、その、何も出なくて良かったなって……」
「そりゃそうだ」
「違いない」
仁科と安西が笑いながら頷く。
「まあ、だいたい今日みたいに何もないのが普通だ。
でも、出てきた時には必死こいてどうにかしなくちゃならん。
その時に動けるように、緊張はしすぎるなよ」
「はい、気をつけます」
「なに、そのうち気の抜き方も入れ方も分かるようになる」
そうだといいのだが、と思う。
たった一時間で気が持たなくなるほど精神的に消耗してしまっている。
こんな調子ではいずれ気持ちが滅入ってしまう。
気を抜きっぱなしというわけにはいかないだろうが、程よく緊張を抜きたいものだった。
「けどな、抜きすぎてたら死ぬからな。
そこは気をつけろ」
「……どうすりゃいいんですか」
情けない声をあげてしまう。
それを聞いて仁科と安西がまた笑った。
休息を挟んで、そこから更に別の町へと向かっていく。
大勢のトラックが目的地に合わせて分かれていく。
護衛の車両もそれらに合わせて分散していく。
新人が入ってるということで、ヒロキ達はその中でも比較的安全な道を行くこととなった。
他に比べればモンスターの出現率も、出てくるモンスターの強さもそれほどではない。
遭遇しても対処は比較的簡単だといわれている。
新人が配属される車両はだいたいそういった道を通ることになる。
「こればかりは新人様々だ」
「恩に着るぞ、新米」
運転席と射手席からそう言われ、
「ええっと、ありがとうございます」
と返事をする。
こういう時、どういった返答が適切なのかは分からない。
迂闊な事を口にしないようにだけ気をつけて応える。
それがまた三人の笑いをさそう。
そこに悪意がないのが救いであった。
こうしてヒロキは比較的近くの町や営業所・出張所などをまわっていった。
それぞれの町や場所で持ってきた物資をおろし、新たに別の物を載せて出発する。
それらを繰り返していく途中で日が暮れていった。
途中の町で一晩を過ごすことになる。
さすがに夜間に走るほど無謀ではない。
緊急時ならばそれでも出発する事もあるようだが、今はそれほど切羽詰ってるわけではない。
「休める時にしっかり休んでおけ」という北川の言葉に従い、町の施設で風呂に入って眠りについた。
勤務初日ながら気が張っていたので大分疲れている。
ベッドに入ると程なく眠りに入っていく。
何はともあれ、勤務初日はこうして終わっていった。