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5話 配属前の研修で早くも地獄を見る事になった

「新人の立橋ヒロキです。

 よろしくお願いします」

 定型文的な挨拶をして配属前研修に臨んでいく。

 これからヒロキは一ヶ月ほどの新人研修を受けていく事になる。

 最も危険と言われる運搬部門。

 そこで必要になる事をこの一ヶ月でおぼえねばならない。

 自然と緊張していくのをヒロキは感じた。



 運搬部門は基本的には製品や商品の運送を主力業務としている。

 商社としての一井物産としても中核部門である。

 この世界においては、各地にある採掘所や加工工場と新開市を、ひいては日本への物資輸送を司っている。

 いわば生命線であり、この部門が滞ると経済全体への影響も懸念される。

 そんな運搬部門にやってきたのだから緊張するのも無理はない。



 研修はある意味予想通りであった。

 戦闘が基本になるだろうと思っていたが、その通りだった。

 銃の扱い方はもとより、よく遭遇するモンスターについての講習もあった。

 運搬部門だけに、護衛のための車の運転の仕方と、車からの射撃の仕方なども教わった。

 それに、簡単な車の補修の仕方も習うこととなった。

 タイヤやオイルの交換に、バッテリーが上がった場合の対処方法などだが、こういった事をやった事が無いヒロキには新鮮なものとなった。

 そして、怪我をした場合の応急手当や、万が一歩いて帰らねばならなくなった場合の移動方法なども教わる事となった。

 運搬と言っても車の運転だけではなく、覚える事は多かった。

 これも仕事、そして生き延びるためだと思って食らいついていく。

 何よりも、

(給料のため、給料のため……)

 新人ながらも30万を超える手取りを得るためである。

 辛くて苦しいものだが、食らいついていくしかなかった。

 とはいえ、研修の成果はそれほど芳しいものではない。



「ギリギリだなあ、どの項目も」

 苦笑しながら教育係の者が成績を伝えてくる。

 秀でた能力も経験があるわけでもないヒロキの成績は、どれもこれもかろうじて合格させられるという程度だった。

「まあ、素人ならこんなもんだけどな」

 教育係もそこは分かってるので、文句を言ってるのでも不満があるというわけでもない。

 素人が始めてやって合格ギリギリのところまでやれるのは、むしろ御の字である。

 そして、たった一ヶ月の研修では必要な事を全ておぼえる事は出来ない。

 その中でヒロキは頑張ってる方であった。

「この調子でがんばってくれ」

 万全ではないにしてもそれなりに成績を出してるヒロキにはこの調子でいってもらいたかった。



「とはいえ……」

 全てが順調というわけにはいかない。

「これは、きつい……」

 研修中に必ずやらされる長距離走。

 他にも、体力を作るためにとにかく運動はやらされる。

 運搬部門といっても車を運転するだけではない。

 それよりも重要なのはモンスターとの戦闘である。

 そうそう遭遇する事はないと言っても、出会ってしまえば撃退するしかない。

 その為に銃器の扱い方を含めて色々覚えてるが、それらの基本はどうしても体力になる。

 いくら銃器によってモンスターを倒せるとはいえ、長時間の運転に周囲への警戒を続けるには持久力が必要になる。

 その為、研修の間運動を常にさせられていた。

「勘弁してくれ……」

 運動と無縁な生活を送っていたヒロキには苦痛でしかない。

 仕事と言えどもこれはどうにかならないかと思ってしまう。

 だが、無いよりあった方がよいのも確かだし、仕事中にへばるよりは良い。

 何より、持ってみて分かったのだが、銃は結構重い。

 持ち歩くならそれなりの体力があった方が良い。

 それに、動きが鈍いとそれだけで致命的になりかねない。

 様々なモンスターの映像を見せてもらったが、そのどれもが結構素早く動いていた。

 それに対抗するためにもそれなりの体力は持ってないとまずいような気がした。

「……ちくしょう!」

 ぼそっと呟きながらヒロキは足を動かしていく。

 それはもう歩いてるのと大した違いがないような動きであったが、本人は必死になって動いていった。

 筋肉痛は必至である。



 ありがたい事に大手企業は社員へのサービス体制もそれなりにととのっている。

 研修における運動が終わったヒロキ達には、筋肉をほぐす為のマッサージが提供された。

 躊躇うことなくヒロキを含めた新人数人はそれを受け、そして地獄の苦しみを味わう事になる。

「いててててて!」

「これ……は!」

「ぐが……うっ!」

 マッサージを受けてるとは思えない悲鳴があがっていく。

 しかし、凝ってるところなどに触られるとこれが結構痛い。

 まして筋肉痛になりかねない部分を揉みほぐされるのだ。

 痛くてしかたながい。

「うひいいいい!」

「ぐうぇ……」

「死ぬ、死ぬ!」

 そんな新人達をマッサージ師達は容赦なく揉んでいく。

 やらないと明日が大変な事になるからだ。

 それはヒロキ達も分かってるので止めてくれとは言わない。

 言わないが、現在受けてる痛みのためにどうしても悲鳴が漏れてしまう。

「た、助けてくれえええ!」

 半ば冗談で、でも半分は本気でそう叫ぶ。

 そんな彼らをマッサージ師も居合わせた他の社員も笑いながら見ていた。

「頑張れよー」

「明日の為にもなー」

「今ここで死んでおけば、明日は生きてられるぞ」

 かつて同じ道を歩んできた経験者達は、励ましの言葉を後輩に贈る。

 それを受けてヒロキ達も、

「は、はいいいいい!」

「がんばり……ます!」

「う……がああああ!」

と返事をする。

 周囲に更なる笑いが上がった。



 そんな調子で一ヶ月が過ぎ去っていく。

 まだ完璧にこなす事は出来ないが、何をやるのかは分かっていった。

 当たり前だが、製品の運搬とその護衛。

 その為に必要な事は何かがだんだんと見えてきた。

 頭で理解してるだけではなく、それが体に少しずつしみこんでいく。

 常に必要な周囲への警戒。

 移動中の速度厳守と車間距離の確保。

 モンスターに遭遇した場合の対応と動き。

 車両からの射撃。

 そして、まず最初に担当する事になる、新開市と最も近くにある町との間の道路と地理の把握。

 地図や航空写真、更にはドライブレコーダーで撮影された映像も用いて道を把握していく。



 新開市の拡大に伴い、この区間は大分落ち着いて来ていると言われてるが、それでもまだモンスターが発生する事がある。

 その為、どの辺りで出現しやすいのかをしっかりと把握しておかねばならなかった。

 不思議なもので、モンスターが出没する地域というのはある程度限られている。

 出る時はどんな場所からも出てくるが、それでも出現しやすい場所というのは幾つか存在していた。

 おそらく、そこがモンスターにとって飛び出しやすい場所なのだろう。

 様々な調査からも、そこがモンスターの通り道に近いのが分かっている。

 それに、モンスターが生活しやすい場所に近いらしく、なんだかんだで道路に出て来る事が多い。

 こればかりはどうしようもないので、出て来たら撃破するしかない。

 モンスターがやってくるのを防ぐ手段は今の所ないので、こうやってその都度対処するしかなかった。



 最後の一週間は、実際に車に乗り込んでの訓練となった。

 隊列を組んで移動し、モンスターが出て来たと想定して迎撃態勢をとっていく。

 実弾を発砲する事はさすがに出来なかったが、空砲が派手な発砲音を鳴らしていった。

 そうやっていく事で、ほんの少しだけだが体が動くようになっていった。

 先輩達に比べれば褒められたものではないが、全く何も出来ないというほどでもない。

「今回の新入りはそれなりに使えそうだな」

 教育係の評価もそれなりに高かった。

 素人にしては上出来という意味なのは言うまでもない。

 だが、何の経験もない割にはそれなりに様になってるのは大したものであった。

「これならどうにかなるかな」

 まだまだ訓練を繰り返してもらいたいが、一応は業務に出ても支障はなさそうな所には来ていた。

 もっともそれは、すぐに死ぬことはない、ある程度は抵抗が出来るという程度である。

 確実に生き残れるという保証は全く無い。

 それでも、何も知らない者よりは生き残れる可能性が高い。

「じゃあ、彼らも業務に入るという事で」

「しょうがないな」

 少しばかりやりきれないものを感じながらも、教育係はヒロキ達を仕事に放り込めると判断した。



 最も、この段階にまで到達出来ないような者はそれほど多くはない。

 普通の人間ならばそれなりに出来るという程度である。

 これすらもこなせないなら、ここではやっていけない。

 他の部署に回すしかない。

 出来る出来ると言っても、ヒロキ達はその他大勢と同等という程度であった。

 そんな状態で仕事をさせるのも問題だが、その程度であっても人が欲しいというほど逼迫してる状態である。

 仕事を滞らせる事になったら売り上げと利益が減ってしまう。

 そうならないようにするためにも、なるべく早く人を放り込まねばならなかった。

 会社としても苦しい判断ではある。

 その事情が分かってるから、合格と判断する教育係もため息を漏らすしかなかった。



 地獄の一ヶ月が終わり、明日から勤務となる事を通達される。

 研修終了と同時にそれを伝えられ、辞令を渡される。

(いよいよか……)

 自分がどの程度出来てるのか、どれほど出来ないのかも分からないまま、ヒロキは仕事に入る事になった。

 いよいよ逃げられなくなっていく。

 不安だらけである。

 それでも、まだ逃げようとまでは思わない。

(やるだけやってみるか)

 ある意味投げやりな気持ちで仕事に臨んでいこうとしていた。

 そう思わなければ、不安の重圧に押しつぶされそうになる。

(どうにかなるさ、たぶん)

 不安をそうやって流して、明日に備えていく。

 とりあえず必要なのは、集合時間に遅れないこと。

 初日から遅刻では格好がつかない。

(風呂入ってさっさと寝よう)

 宛がわれてる寮の自室に戻りながら、そんな事を考えていった。

 次もなるべく早く出したいと思ってるけど、どうなる事やら。

 出来れば毎日投稿したいところだが。

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