4話 研修の日々ですが、思ってもいなかった内容に驚きつつ、この世界の現実を知る
予想外、想定外な事を伝えられつつも研修は進んでいく。
一週間はこの世界の状況と、ここで生きていくための常識。
そして社員として働くにあたって求められる最低限の情報などを教えられていく。
ヒロキのようにアルバイトを続けていたりして、企業としての約束事を知らない者にはありがたいものではあった。
格式張って堅苦しいと思うものもあるが、そういったものが会社内という小さな社会に必要なものであるのは十分理解している。
何はともあれある程度の蓄えを手にするまではここに厄介にならねばならないのだから、処世のためにもこういた情報は身につけておかねばならない。
それらが終わると、もう少し専門的な業務紹介になっていく。
一井物産の業務は幅広い。
基本的には商社であり、ありとあらゆる商品の流通・販売を手がけている。
だが、業務はそれだけに留まらない。
同じ系列内に様々な業種の関連企業があり、生産から開発なども行っている。
鉱業に工業も含めた多角的な経営が一井物産という企業と企業集合体の担ってる業務である。
ヒロキ達もその一端を研修と言う事で目にしていき、実際に仕事の一部をやらされもした。
ほとんどが二日か三日で終わり、すぐに次の部署に回るという忙しさであった。
それで業務が理解出来るわけもないが、こういった仕事があるのだという事を実感する事は出来た。
これを通して、実際にどこの部署が良いかという希望をあらたに考えていく事になる。
もちろんヒロキ達が経営や運営の中枢に配属される事はない。
あくまで下っ端、一井物産という巨大企業集合体の末端業務を担う事になる。
巡るのもそういった場所になる。
それでも大手企業であり、行かねばならない場所は多岐にわたった。
事務処理作業に、あちこちから集まる製品の倉庫内搬入や管理、そしてこれらにまつわる作業となる。
「忙しいなあ……」
あちこち連れ回されるものだから、どうしてもしんどい。
それでも、この会社がとてつもなく大きいという事だけは分かった。
こんな調子で三週間が過ぎ、研修の最後の一週間となっていく。
そこでは思いもがけない内容が待っていた。
「え?」
間抜けな声を思わず漏らしてしまう。
最後の研修で連れてこられたのは、
「射撃場?」
誰かの声がこの場を正確に言い表した。
そこは確かにそう言うべき場所だった。
目をこらせば、数十メートル先に的が横一列に並んでいる。
唖然呆然とするヒロキ達。
そんな新人達に研修の案内をしていた者が声をかける。
「ここでは、これから必要になる銃器の扱い方をおぼえてもらいます。
大変危険ですので、教育係の方の指示には絶対に従ってください」
そう言って既に射撃場にて待機していた教育係であろう者達を紹介していく。
「こちらの皆さんは、実際にこの世界でモンスターを相手にしてきた方々です。
また、自衛隊を定年退官された方もおられます。
こういった事にかけての専門家なので、言う事をしっかり聞いて学んでください」
並んでる教育係が「よろしく」と声を揃えてくる。
つられるようにヒロキ達も頭を下げた。
それから一週間は銃器の扱い方を教えられた。
渡されたのは単発の猟銃で、これの撃ち方、弾丸の込め方、分解しての整備の仕方を習っていった。
事前に研修でこの世界にモンスターがいる事は聞いていたので、こういう事も必要なのだとは思ってはいた。
だが、研修がてら語られた事はその更に上をいった。
「確かに都市や町の中にいれば、そうそう襲撃は受けないんだけどね。
でも、全く出てこないってわけでもないから」
新開市のように周囲を防壁で囲っていても、どこからかモンスターが侵入してくる事はあるという。
たいていは体の小さなものばかりで、対処出来ないわけではない。
だが、体の大きさが人間と同程度であっても、もともとの力が違う。
襲いかかられたら間違いなく殺されてしまう。
その為、町にいる者達もそれなりに銃器を保有している。
猟銃免許なども取得しやすくなっている。
ただ、あくまでこの異世界限定の免許、新地道という新しい都道府県内だけで有効なものである。
大穴というトンネルを越えて日本本国に銃器などを持ち込むとは禁止されている。
「あくまで自衛のためだから」
教育係の言葉に誰もがこの世界の現実を垣間見た。
銃器を保有せねばならないほど、この世界は危険であるという事を。
「それに、外に出たらこんなもんじゃ済まないしね」
町と町をの間の野外が危険な事は言うまでもない。
だが、新開市の外にある町なども安全というわけでもない。
規模が小さく、その分防衛のための要員も少ないので、新開市ほどの力がない。
また、塀や掘りといった防備も予算の都合でどうしても後回しになりがちである。
その為、少し大型のモンスターが襲ってくると町の中まで侵入される事もある。
人里離れた所にある出張所や営業所なども同様だ。
「だからなあ、こういう事もおぼえておかないと大変な事になる」
この世界において、銃器を含めた生存技術の獲得は必要不可欠だという。
「人によっちゃ、銃を一つだけじゃなくて二つ三つって持ってる奴もいるしな」
何かあった場合には、それくらいの用意がないとまずいらしい。
モンスターは基本的に群れて行動をする。
一頭だけということはまずないらしい。
よほど強力な個体ならそういう事もありえるらしいが、ほとんどが集団で行動してるという。
このあたりは野生動物と大差はない。
だからこそ危険であった。
「小型で、比較的弱い連中は特に大勢で押し寄せてくるからな。
だいたい30やら40でやってくるのも珍しくない」
そんな奴ら相手に、猟銃一丁で立ち向かうのは危険だという。
「一丁にだいたい5発しか入らないからな。
撃ち尽くしても込め直す暇なんてない。
だから、二丁三丁って持っておいて、次々に撃っていかなくちゃならん」
これが銃を複数持つ理由であった。
別にマニアだから数多く必要としてるわけではなくて、それくらい無いと命に関わるという現実的な理由からだった。
「新人のお前さん達には理解しにくいかもしれないが、そういうもんだとおぼえておいてくれ」
これを聞いたヒロキ達は熱心に銃の扱い方を学んでいく事になった。
誰だって死にたくない。
「でも、そうなると銃を持つには免許が必要になるんじゃないですか?」
聞いてて思い浮かんだ疑問を口にしていく。
ヒロキの問いかけに、教育係達は少し意外そうな顔をする。
「良いところをついてくるな。
そこに気付く奴はなかなかいないぞ」
笑顔を浮かべて教育係は説明をしていく。
「個人で銃を持つなら、確かに免許がいる。
けどな、仕事で必要になる場合は少し変わってくる」
一部の免許がそうであるように、組織や集団が銃器を運用する場合は、必ずしも全員が免許を保有する必要はない。
管理者などが許可をもらい、所属してる者達に必要な訓練を施しておく事。
そして、訓練を受けた者達が最低限必要な技術を身につけた事を証明すればそれで良い。
この場合でも試験は行われるが、その内容は免許のものに比べれば簡単なものになっている。
危険なこの異世界において、各自が身の安全を守るためにこうした制度がとられていた。
一井物産もこの制度に則って、危険な所に赴く者達に銃器の扱い方を学ばせ、所有する武器を貸与していた。
「あくまで貸し出しって形なんで、一人一人が持ってるってわけじゃないけどな」
業務中に用いるだけで、仕事が終われば回収される。
持ち出されて事件が起こると大変な事になるので、このあたりは慎重かつ厳重な対処がなされる。
「それだと普段は丸腰だから、免許を取ろうって考えるようになるんだけどな」
それもそうだろう、と話を聞いた者は誰もが思った。
銃の扱い方を覚えるために一週間が費やされていく。
良くても各地の出張所に営業所勤務。
場合によっては野外に出る運搬業務。
どれをとってもモンスターとの遭遇率は高い。
そんな中で生きていくのだから、みんな真剣に銃器に向かいあっていく。
日本国内にあってあまりにも異質な世界である事を感じながら。
何は無くとも、一ヶ月でヒロキ達はこの異世界における最低限の事を学んでいった。
業務内容も含めて様々な事を知り、最後にあらためて希望部署の調査が行われた。
各部署の要望もあるので希望が全て受け入れられる事もないが、出来るだけ本人の意思を尊重する形をとるようにはしている。
会社の都合で本人の意思や適正を無視して各部署に放り込んでも、作業効率が落ちてしまうからである。
また、引く手あまたなの採用事情である。
この異世界において、人手を求めてる会社は数多ある。
そちらに人が流れる事を懸念して、いかな大企業と言えども無理や無茶や無体は出来なかった。
とはいえそこは大企業でもある。
部署も業務内容も幅広いだけに、新人の希望をある程度はくみ上げる事も出来る。
これが小さな会社だったらこうはいかない。
本人に適正がない業務に就かせるしかない事もある。
このあたりは一井物産という巨大企業のありがたさだった。
そんな中でヒロキも、決断をしていく。
(これでいくか)
あれこれ悩みながらも、選んだのは最も危険な業務である外回り。
何処にいても危険であるのが分かった以上、だったら稼ぎの一番良いところを選ぶ事にした。
どれだけキツイか分からないし、続けられるかどうか、そもそも生き残れるかもあやふやであるが。
(他を選んでも、どうせ大差無いだろうし)
そう思うと、考えるのもどうでも良くなった。
それが一番悪い事なのかもしれないが、ヒロキは考えるのをやめた。
立橋ヒロキ、一井物産運搬部門への希望を出す。
希望はかない、そのまま配属前の研修へと向かう事となった。




