2話 トンネルの向こうの異世界で、新人教育を受けていく……が、なんだこれ?
(へえ……)
高速鉄道にのり、途中で何度か宿泊し、そうやってたどり着いたのは異世界だった。
(本当にあったんだ)
大穴出現からそれなりの時間が経過し、異世界の事は当然となっている。
しかし、それでも実際にやって来てみるまではあまり実感もなかった。
だが、巨大ではあっても大穴──トンネルのような場所を潜り抜けてやってくると嫌でも体感する。
そこにしっかりと存在する地面。
見上げれば広がる青い空。
大穴の異世界側の終着駅を降りて、やはりバスに乗り込んで現地の都市へと向かっていく。
その途中で窓の向こうに広がる世界を見つめていく。
日本と違い、自然がそのまま残ってる状態なのが見て取れた。
森林や平野が広い。
それでも大穴を取り囲むように柵や塀が作られているのを見て、人の手が加わってるのが分かる。
何より、進む先に見えてくる高層建築物の並ぶ町並みが、異世界であっても人がいることを示していた。
日本の新しい都道府県である新地道。
その中心となる新開市。
人口数百万を超えた異世界における日本の拠点。
それが目の前に広がっていた。
建設が始まってそれほど長い時間が経ってるわけではない。
にも関わらず新開市の規模はかなりのものだった。
開拓初期から参入してる大企業と、その関連会社、更には下請け企業なども含め、ありとあらゆる団体や機関が進出している。
その為、町の規模は常に広がり続け、今も拡大を続けてるという。
とはいえ、この新開市だけが人類の、日本の拠点というわけでもない。
資源採掘地などにも大小さまざまな町が作られ、交通の便が良いところにも宿場町が作られている。
もっとも、規模はそれほどでもなく、どうしても新開市が唯一の最大規模の都市になっている。
その新開市にバスは入っていく。
ヒロキがバスを降りたのは、現地にある巨大なビルの前だった。
就職した大企業の現地支社であった。
支社と言っても異世界における本社と言えるものではある。
(こんな所で働くのか……)
社内において仕事をするかどうかは分からないが、今までの自分では考えられないような職場である。
何の特技も能力も無いヒロキであれば、本来なら全く縁のないところであっただろう。
あらためて異世界のおかげだと思いながら、ヒロキは他の者達と同じようにその中に入っていった。
「ようこそ一井物産新開市支社へ」
集まった新人に、担当者らしき者が挨拶をしていく。
「現在、わが社はこの異世界において様々な挑戦をしております。
その為、どうしても戦力の増強が急務となっております。
皆様には、我々の仲間として、我が社の一員として是非とも力を貸していただきたい」
おそらくは定型文であろう歓迎の言葉を受け、ヒロキを含めた新人達はこれからの説明を受けていく。
最初の一週間は基本的な研修となっていく。
この異世界における一井物産の業務と、関連する様々な作業。
そこにおける新人達が受け持つ仕事。
それをこなすために必要な最低限の訓練などなど。
基本的な事は他の会社と変わらないであろう。
まず必要な事を一週間で学んでもらおうという事だった。
ただ、さすが異世界と思わされたのは、それらよりも先にこの世界における常識の講習がある事だった。
新開市のような都市部ならば基本的には日本と同じ生活が可能である。
法令や生活習慣に大きな差は無い。
だが、そこから外に出れば、そこにあるのは異世界である。
地球にいた頃には想像も出来ないようなものが存在してたりもする。
そこに何が存在するのかをまずは知らねばならない。
講習はその為に行われるという。
(なるほど……)
言われてみれば道理であった。
ここは地球ではないのだから、この世界にあわせた知識や対応が必要になる。
それを知らなければ先々困るだろう。
たとえば、土着の病原菌があったり、地球にはいなかったような危険な動植物があるかもしれない。
知らず知らずにそれらに遭遇してしまったら大変な事になる。
町の中にいるならそれらを考えなくても良いのだろうが、これから仕事でどうしても外に出向くこともあるだろう。
その為に、まずは必要な知識を伝えようという事であるのが伺えた。
(何が出てくるのかな……)
何となくヒロキは興味を抱いた。
そこからは驚きの連続だった。
この異世界の大きさや大陸や海の位置。
衛星軌道にあげられた観測衛星による宇宙写真で判明した地図を見せられ、まずは驚いた。
当たり前だが、地球とは大陸の形も位置も違う。
その中にある大穴と、小さくうつる新開市の姿。
人間の目からすれば大きな新開市であるが、惑星規模で見るとやはり小さいのだとしらしめられた。
そして、その新開市を中心とした周辺にある町や集落などの写真。
航空写真であるそれらによって、この周辺にどのように人が分布してるのかを知る。
資源の分布に合わせて点在してるので、どうしても広範囲になっているようだった。
ただ、必要な資源が大穴の付近に集中してるようだった。
それでも数百キロほどの範囲まで拡大はしている。
一番遠くにある採掘場所までそれくらい離れていた。
だが、地球に比べればかなり狭い範囲に集中してると言える。
たとえば、石油だと日本ははるばる中東まで買い付けに行っている。
その距離は数百キロどころではない。
他にも鉄などの資源を世界各地から輸入している。
しかしこの異世界ではこれらが数百キロの範囲で採掘されている。
地球に比べれば大分有利と言えるだろう。
「そして、これらを採掘して加工するために、一度この新開市まで運んでくる事になります」
説明を聞きながら、ヒロキはメモをとっていた。
資料を渡されてはいたが、口で伝えられる書き込まれてない情報もある。
それらをある程度は把握しておこうと思ってのものだ。
「皆さんの仕事は、これらの運搬、ならびに護衛となります」
「……え?」
思いもがけない言葉に、その場にいた誰かが声を漏らした。
他の者達も怪訝そうな顔をしていく。
ヒロキも例外ではなく、
(何だそれ?)
と思いながら説明してる者達を見る。
説明してる者はそういった反応に慣れてるのか大して驚きはしない。
「残念ながらこの世界には様々な脅威が存在しています。
それらへの対応も必要になるという事です」
そう言いながら、背後にある大型スクリーンの画像を変える。
映し出されたのは、大きな……トカゲのようなものだった。
トカゲというのも語弊はある。
それはとかげのように平たくないし、四足で地面に立ってるわけではない。
大きく発達した後ろ足の二本で地面に立っており、前足は地面から離れている。
首は比較的長く、様々な方向を見渡している。
何よりその大きさが異常だった。
移動してる車内から撮影されてると思われるそれは、周囲にあるものと比べてかなり大きかった。
生い茂ってる木々と、それがあらわれた道路の大きさからして、おそらく3メートルから5メートルくらいはある。
それらが十数頭ほどあらわれて、撮影してる者達へと向かってきていた。
「この世界に存在する動物で、我々はモンスターと呼んでいます」
説明者の声に、ヒロキ達新人はただ呆然としていた。
前屈みの前傾姿勢で走りながら移動をし、撮影しているカメラへと向かってきていた。
乾いた破裂音がして、それの体に赤い穴が開いていく。
一つ二つと増えていき、やがては地面に倒れていく。
同じように走って近づいてこようとしているモンスターの体にどんどんと穴が開いていく。
そこから血を流して倒れていくモンスター達。
やがて遭遇したモンスターの全てが路上に倒れ、撮影者を乗せた車はそこを後にする。
「さて、これが実際にこの世界にある問題です。
こういったものが侵入できないように対策はしてますが、どうしても移動中の道路は無防備になりやすいのです。
ですが、物を運ばなければ仕事になりません。
皆さんの仕事はこういった運搬業務になりますので、どうしてもこういう問題に対処してもらうことになります」
説明担当者の言葉に、誰もが唖然となっていった。
確かに危険な動物のいる地域ではこういった問題にも対応せねばならない事もあるだろう。
ライオンやトラが襲い掛かってくるような地域での作業と同じ、と言えばそうかもしれない。
しかし、今映し出されたのはそれらをはるかに越えるほど危険な存在に見えた。
人間をはるかに超える大きさ、自動車にもある程度ついていける速力。
それらを考えれば、モンスターがどれだけ危険なのかは想像がつく。
まさにモンスター(怪物)だ。
そんなものに対処せねばならない、というのがこの世界であるという。
(なんてこった……)
金払いが良いのも納得である。
これほどの危険があるなら、普通の給料ではやっていけない。
それなりの待遇でなければ誰が長く続けるだろうか。
実態を知ってヒロキは頭を抱えたくなった。