17話 ああ、研修の日々
「それでは、研修を始める」
講師の声に全員が耳を傾けていく。
何はなくともこれはやっておけと言われた射撃についての研修。
それに赴いたヒロキは、講師というよりは教官という言葉が似合いそうな男に目を向けた。
元々自衛隊にてモンスター相手にしてきたという歴戦の強者だとか。
その経歴と経験を買われて、退役後はここで講師をしてるという。
威圧してるわけではないが、ほのかにすごみが漂っているように感じられる。
前線・現場を離れてそれなりに経ってるはずだが、身についた何かはまだ消え去ってないようだった。
そんな男が受け持つ講習は、無駄な発言のないまま進んでいく。
射撃についての研修は基本的に二週間となっている。
この間に基本的な射撃姿勢から始まり、隊列を組んでの移動、野外・屋内などにおける射撃姿勢の取り方などを教えられる。
いずれも射撃場における的に弾を当てるだけの訓練ではない。
動きながら、あるいは身を潜ませて撃つという、実際に必要になる行動の中での射撃方法を教えられていく。
既に仕事でモンスターと向かい合ってきた者達であるが、あらためて教わる内容に学ぶ事も多い。
何となくやってきた動作と違った、理にかなった動き。
それらと今までの自分を比べて、新たな発見をしていく。
例えそれらに気付かなくても、教えられた事を素直に受け入れていこうとする。
今は気付かなくても後で分かる事もあるからだ。
それに、知っていて損をするような事は何もない。
使う機会があるかどうかはともかく、どれも無駄なものはない。
だからこそ研修生達は少しでも多くを出来るだけ短い時間でおぼえようとしていく。
二週間という期間は、何かをおぼえるには短い。
教える事、教わる事が多い場合は特に。
しっかりとおぼえるまで反復練習する余裕もない。
昨日と今日では内容が違うし、明日もまた別の事を学ぶ。
練習の機会は一日しかなく、その日の研修が終わっても訓練施設にこもる者は多い。
講師が教える時間が終わったあとも、希望者は訓練施設を使えるので、教えてもらった事をおぼえようと誰もが居残りをしていった。
あくまで希望者だけが対象なので、好んでやる必要はない。
だが、身につけられなくて困るのは自分である。
その結果進退窮まって行き着く先は、あの世でしかない。
もちろん居残って練習を繰り返したとておぼえられない事もある。
それでも、やっただけの努力は何らかの形で残る事もある。
研修生達はそれを期待して、あわよくば習った事を身につけられるよう期待して自主的な居残りを続けていく。
「きつい……」
訓練施設の使用時間がきて帰宅時間になると、ヒロキはこんな言葉を呟く。
一度や二度ではない。
研修初日からほぼ毎日だ。
体力的に厳しいというほどではない。
疲労がないわけではないが、それほどきついわけではない。
だが、頭を使いながら、記憶をたぐりよせながら、そして教本を見返しながらというのが辛かった。
頭に記録されてるか、記録通りに動けるかと確認しながらなのでどうしても疲れる。
体力よりも神経の方がすり減った。
だが、教わった事を少しでも身につけたいとは思ってる。
もらった教本などをもとに、帰宅後も習った動作を繰り返す。
その日教わった事だけではない。
前日も、その前の日に教わった事も繰り返す。
寝る時間ぎりぎりまでそうやって体を動かし、頭を使って一日が終わっていく。
研修一週間目の最後に、今までやった事のおさらいが行われた。
何をどれだけおぼえてるか、どれだけ動けるようになってるのかを確認される。
復習を重ねてどうにかおぼえていたと思っていた動作にだめ出しがなされていく。
どうしても勘違いしていたり、知らずに今までの癖が出ていたりする。
それらを一つ一つ見つけ、修正が為されていく。
単純におぼえられていなかった部分も見つかる。
とにかくそれを最後の一日で直されていった。
休日前の一日、ひたすら復習がなされていく。
あけて翌日。
休日に研修生達は訓練施設に向かっていった。
研修を受けてる者達に解放されてる施設の中で、誰もが休むことなく練習を繰り返していた。
前日になおされた部分を思い出しながら体を動かしていく。
頭を使って自分の状態を確かめ、間違いなく正確に体を動かすようにしていく。
体や頭を休ませるのも必要とは分かっているが、休んで忘れてしまう事を誰もが恐れていた。
むろん、疲れを残さないように休憩を多めにとりながら、力んで体をこわさないよう注意しながらではある。
中には昼下がり、夕方になる前に切り上げる者もいる。
自分の体調や具合と相談しながら誰もが練習と復習をしていた。
そして二週目。
休日をさほど休むことなく過ごした研修生達は、ならった全てを出し切る事になった。
最初の一週間が基礎であり、二週目はそれらを用いて的確に動くよう求められた。
屋内への突入、屋内から外に向けての攻撃。
仲間同士の連携、その中での自分の位置取り。
ただ弾を当てるだけではない。
弾を当てるまでにどう動くか、当ててからどう動くか。
それらが求められる。
基礎的な動きだけでなく、動作の間の動きをどうするかも求められた。
それらも講師から次々に指摘されていく。
怒鳴り声ではないが大声で、見逃すことなく不備を見つけられていく。
そしてそこを修正し、少しずつ動きが変わっていく。
急遽数人ずつまとめられた研修生達は、急造の部隊として訓練に明け暮れる。
それも毎日違う者達と組み合わされていく。
その日その日で適当に、何の基準もなく別の誰かと組まされる。
それでも的確に動くよう求められる。
いついかなる時でも最善を尽くすように。
たとえそこにいるのが馴染みでなくても、最適の連携を出来るように。
仲間同士で上手く動けるのは当たり前。
馴染みのない者といても最善の成果を出せるようにである。
もちろんそんな簡単にはいかない。
一日をかけてある程度馴染んできたところでの変更である。
また最初からやり直しとなる連携は見るも無惨なものになる。
それでも日を重ねるごとに動きはよくなってはいく。
別の誰かと組んでもそれなりに動けるようになっていく。
もちろん最適とは決して言えない。
だが、確実に動きは良くなっていった。
誰が来ても相手の特性を把握し、それに合わせ、なおかつ自分の最適を出せるようにと考えていく。
それらの集大成を最終日に発揮していく。
さすがにモンスター相手というわけにはいかないが、敵役の部隊が研修生の相手となって対決する。
手慣れた対戦相手に研修生達は苦戦をするが、それでも善戦はした。
一回だけで終わらず二回三回と数を重ねる。
その度に少しずつ戦闘終了時間が延びていく。
勝てないまでも知恵と体力を出し切り、少しでも相手を倒そうとしていく。
二日間にわたる対戦は確実に研修生達を成長させていった。
決して勝てはしなかったが、無駄になるものは何も無かった。
「まあ、こんなものだろう」
講師が素っ気ない評価をくだす。
「まだまだ改善の余地がある。
もっと成長する事が出来る。
自分の限界をここまでと思わずにいる事だ。
ここで学んだ事を日頃の訓練に、何より外のモンスターを相手に活かすように」
その言葉で研修は終わった。
全てが終わって帰宅したヒロキは、寮の中で横になる。
どうにか研修は終わったが、自分が変わったとか成長したとは思えなかった。
どれだけ厳しい訓練をしてもたかだか二週間で劇的に変わる事もないだろうと思っている。
だが、やってきた事が無駄になったとは思えない。
明日からの仕事に活かせるかどうかは分からないが、何かしら手に入れたものはあると思いたかった。
「さて、どうなんだろうな……」
自信はないがもし何かを手にしたなら、それを上手く用いたかった。
出来るかどうかは別として。
ただ、それも明日からである。
復帰する職場でいつも通りに頑張ろうと思いつつ、研修最終日を終えていった。