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灰の街  作者: Diverくん
3/4

マイア

 止まぬ雨は平等に降り注ぐ。

 煤塗れになったロングコートが濡れるのも構わず、ひときわ体躯の大きな男は林道を大股でゆっくりと歩く。

 彼はレイム。かつて存在した国の王。

 今の彼の役目は、彼の日に起こった惨劇の清算を済ませる事。人の火種を神に還す事だ。

 どこを目指して足が動くのか分からないが、火種がその場所を教えてくれる。火種が指し示す方向にひたすら歩き続けるのだ。

 午後の刻、雨はまだ降っていた。その行く先に一匹の煤がよたよたとレイムの前に現れる。

 雨のせいで幾分か弱っているように見えたが、煤はまっすぐレイムの背負った火種の容器に目を向けていた。


 「火が欲しいか。寒いか……熱も恋しくなるだろう」


 レイムは容器に取り付けられたノズルの伸ばしグリップを握る。するとノズルの先から勢いよく炎が噴き出す。

 炎は煤を瞬く間に包み、灰に変えてしまった。

 レイムの役割は火種を還す事だけではなく、煤達の退治―――もとい供養であった。

 煤が熱を求める理由は定かではないが、燃やされた煤は瞬く間に灰になる。つまり煤は灰になる為に熱を求めている。

 彼らは死に場所を探している。

 レイムはこうした煤達に熱を与え、介錯の手助けをしている。

 時に危険なときもあるが、そういった時は心苦しいが携えた手斧で手足を切り落としてから燃やすのだ。

 そうして灰に変えてきた煤は、最初こそ数えていた物の、今ではその数さえ忘れてしまった。

 燃え尽きた灰は雨に濡れてその色を暗くする。レイムはかつての自国の国民に対しての手向けと僅かな時間だが手を合わせ、その場を立ち去る。


 しばらく歩いていると雨が止んだ。空が晴れ間を見せるのは此処の所では珍しく、太陽が黒焦げた木々を照らすと、林道は一層視界が開けた。しかし太陽が出ると煤達も動き出す。まだ地面が濡れているとはいえ、一か所に留まるのは危険だ。レイムは歩みを早める。

 日が低くなり始めた夕方。雨に濡れていた地面はとおに渇いているが、湿った空気が土の匂いを鼻腔を抜ける。

 野営に伴い危険なのは煤と、物資を強奪しようとする人間だ。レイムは眠る事は無いが夜はなるべく行動を控えるようにしていた。動かなければ人目に付く事も無い。黒ずくめの身なりも幸いしてか、これまで野盗の被害に遭った事は無い。

 野営に使える手頃な場所を探していると、一匹の煤がどこぞに走っていくのが見えた。

 不審に思ったレイムはその煤の後を追うと、数匹の煤が林道の端にある崩れた家屋の回りに群がっている。何事かとしばらく様子を窺っていると、僅かに人の声のような音が聞こえた。

 しかも耳に疑いが無ければまだ幼い少女の声だ。

 人が襲われているところに遭遇するのは無きにしも非ずだが、助けた後はその大抵はレイムの体躯と異様な身なりに驚き逃げてしまう。

 しかし助けない訳にはいかない。

 レイムが煤が集まっている廃屋に近づくと、レイムが持っている熱を感じ取ったのか煤達が一斉にレイムに狙いを変える。

 一匹一匹臆する事無く燃やす。集まっていた煤を全て灰に変えた後、レイムはいつものように手を合わせる。

 そういえば襲われていたと思われる人間はどうしただろう。周囲を見回すと、緋色の髪の少女が瓦礫の隙間から恐る恐るレイムを見つめていた。

 

 「もう出てきても大丈夫だ」


 そうレイムが声をかけると、薄汚れたウサギのぬいぐるみを抱きかかえた少女が怯えた表情で歩み寄ってきた。齢のほどは一〇才と満たないだろうか。

 

 「たすけてくれて……ありがとう」

 

 少女はレイムにおびえた様子ながらも礼を述べた。

 そこでレイムは少女に対して僅かながら違和感を覚える。普通の人間よりも強い熱を少女から感じるのだ。その熱はどこか柔らかく、懐かしさを覚える熱だった。

 レイムは少女に尋ねた。


 「お嬢さん、家は何処かな?」

 「おうち、おとうさんが逃げなさいって言ったから……」

 「何故、逃げなければならなかったのかな?」

 「さっきの黒いのが……たくさん追いかけてきて、それで、おとうさんが……」

 「そうか……」

 「わたし、ほかの子と違うんだって……ねぇ、それって、あの真っ黒がわたしを食べようとするのと関係あるかしら?」


 尚も少女は怯えた視線でレイムに語る。

 レイムは気付いた。レイムがこの少女から感じている熱は、煤を引き寄せる熱だと。

 少女をこのまま放っておけばいずれ、近いうち、今夜にでも、今度こそ煤に襲われてしまう。

 レイムは少女をどこか安全な場所まで連れて行かねばならぬ。煤の及ばぬ場所に連れて行かねばならぬと思った。

 

 「ねぇ、おじさん」

 「レイムで構わない。お嬢さんの名前を教えてもらえるかな」

 「マイアよ」

 「ではマイア、私はこれから君を安全な場所に送り届けなければならない。きっと君は特別な子なんだと私は思う。私のいう事をよく聴いて、ついて来てくれると約束してくれるかな?」

 「おじさんと一緒に行っていいのね?おじさんの言う事は聞くと約束するわ」


 これがレイムとマイアの邂逅。

 そしてマイアの辛く悲しい旅の始まりである。

お待たせ!アイスティーしかなかったけど、いいかな?

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