ないです
人の火種がヴァヴラッシェを焼いた日から、数十年がたっていた。
この短い歴史の出来事の中で、災厄から免れた人々は、あの恐ろしい火を『動乱の火』と呼んだ。
火種を失い自在に火を扱えなくなった人は、また昔のやり方で火を起こす外無かった。
しかし何十年もの間火種に頼り、発展してきた文明。かつての方法を知る者は少なく、火を無くして普通に生活する事さえままならなかったという。
そして国が焼けただけではなく、その後も動乱の火は人々を苦しめた。
生き物は火に触ると火傷を負う。通常ならばその火傷も、治療すれば治るものだった。
ところが今では火傷という外傷は不治の病と化していた。
火傷を負うと、その箇所を起点に体中に広がり、皮膚は爛れ、時間が経つと炭の様になる。
最終的には火傷は全身に広がり、人の形をした炭の怪物、煤になるのだ。
煤になった人間は人間だった頃の記憶や精神、心を失い、熱を求める。人間も僅かながら熱を持っている。そのため煤は人を襲い、熱を喰らう。
煤に熱を喰らわれた人間も煤になる。火傷を負わずとも人は煤になると知った人間たちは原始的な方法で武器を作り、武装した。
起こした火は厳重に保管され、煤が寄り付かないように見張りを立てた。
人々の集落が点々と在る中、その中の一つの集落にその少女はいた。
彼女はマイア。彼女の出生は、火種がヴァヴラッシェを焼いた日まで遡る。
その日の彼女はまだ母親であるエリザベートの腹の中にいた。
真夜中に業火に襲われたエリザベートは、夫であるジョーゼフと共に必要なものだけを家から逃げ出した。
しかし臨月を迎えていたエリザベートにとって、走るだけでもかなりの負担だった。逃げる途中、燃え崩れてきた家屋の下敷きになり、足を火傷した。
何とか火の手が来ていない場所まで逃げおおせたものの、その後、エリザベートは火傷に苦しむ事となる。
そんな中、避難民が集まる集落でマイアが産まれたのだ。
産まれたばかりのマイアは普通の赤子より幾分か体温が高く、何より他と違っていたのは胸に揺らめく炎を灯していた事だった。
この炎は触れても熱は無く、何かを燃やす事も無かった。しばらくすると炎は体の中に吸い込まれる様にして消えた。
マイアを取り上げた産婆は、マイアの体については誰にも言わず、エリザベートが歩けるようになったら集落を離れた方が良い、この子は特別な子のようだから、と二人に言った。
しかしその翌年、エリザベートの火傷は既に全身に広がっていた。
その頃から火傷は治らないものと変わり、煤は灰だらけの街を熱を求めて歩き回っていた。
外の煤を見てエリザベートは言う。
「おねがいジョーゼフ……。私、外でうろついてる怪物みたいにはなりたくないの……。だから、だからあんな風になる前に、貴方やマイアの事が分からなくなる前に、殺してほしいの」
「エリザ、頼むからそんな事を言わないでくれ。きっと治る。僕だってマイアだってそう願ってる」
「ジョーゼフ、もうこれは治らないのよ。おねがい……」
その夜、同じく国から逃げおおせた集落の人々にジョーゼフは、エリザベートを介錯すると話した。
すでに同じような境遇の者がいたため、反対する者はいなかった。
ジョーゼフの友人の一人には、同じ理由で妹を介錯した者がいた。
翌日、エリザベートの遺体が共同墓地という名の粗末な穴に放り込まれるのを、ジョーゼフはただ黙って見ていた。
穴を埋めている最中、ジョーゼフの友人の一人が慰めるように話しかける。
「仕方ないさ、これも運命ってやつなんだからさ」
「運命……君も妹を失った時にそう思ったのか。僕はそうは思わない。エリザベートを失うのが運命であってたまるか!」
翌月、友人もエリザベートや彼の妹と同じ一途をたどった。
集落の人間が毎月一人ずつ減る様子を見続けて、正気を保っていられる方がめずらしかった。
ジョーゼフはその月に集落から出て、マイアと二人で暮らす事にした。
それから数年、マイアが9歳になった頃、ジョーゼフが集落に用を済ませに行った時の話だ。
彼はもう一人の友人に会い、そろそろ集落に戻ってきてはどうかという誘いを受ける。
集落もそれなりに発展し、火種があった頃とまではいかないが普通の暮らしができるようにまでなっていた。
ジョーゼフは快くその誘いを受け、マイアと共に集落へ戻った。
かつて自分たちが住んでいた家ままだ残っていた。内装も古くなっている物の、ほとんど変わりは無かった。
唯一胸が苦しくなったのは、エリザベートが臥していたいたベッドもそのままだった事だ。
そしてまた数年の間、父子は特に不自由なく暮らしていた。しかしその頃からマイアに少し異変が起き始めていた。
その年でマイアは14歳になるというのに、数年前から一向に背が伸びず、顔立ちも9歳の頃と全く変わらないのだ。
人々はマイアの事を奇妙に思い始めた。
そしてマイアは、二十歳を迎える年になっても見た目は変わらず、そしてその心も9歳の少女のままだったのだ。
ジョーゼフはこの奇妙な娘をなるべく外に出さぬようにと決めた。
外に出れば人々に好奇の目で見られるかもしれない、そう思ったのだ。
しかしこの小さな異変が徐々に大きくなっている事は、誰も気づく事は無かった、
「なぁ、最近煤の数が多くねぇか?」
「そうか?まぁ……そんな気はするな。今日だけでもう3匹も潰したしな」
「俺思うんだよ、この辺に煤が集まってるんじゃないかってさ」
「やめろよそんな不吉な事言うの」
集落の見回りをしている男たちがそんな会話をしているのをジョーゼフは聞いた。
その時、マイアが産まれた時の事を思い出した。
胸に灯る炎。
ジョーゼフはマイアのもとへ行く。
「マイア、マイア、こっちに来なさい」
「なあにおとうさん」
「マイア、最近、自分の体が何か変だと思った事はあるかい?」
「ないわ。でもね、お外の雪の上を歩くと、わたしが歩いた部分だけ雪が溶けて無くなっちゃうって気付いたのよ。これって関係あるかしら?」
ジョーゼフはもしやと思った。そんな話は聞いた事無いが、エリザベートが火種の火で火傷を負った時に、お腹の中にいたマイアに火に纏わる異変が起きたのではないかと。
かつてのヴァヴラッシェに詳しい老人を、ジョーゼフはマイアを連れて尋ねることにした。
動乱の火の事があってから30年余り、その当時ヴァヴラッシェの城に侍女として仕えていた事があるという老人の名はヘンリエッタといった。
「火種に焼かれて生き残った人間はいない。皆煤になるか、煤になる前に燃え尽きて灰になるか、だ。アタシはその年にはもう城にはいなかったから詳しい事は知らないが、城の者は皆焼け死んだってアタシは聞いたよ」
「そうなんですか……。ヘンリエッタさん、僕の娘、マイアについて何か分かりそうな事はご存じないですか?マイアは生まれた時、胸に炎を灯していました。かつて存在した火種は人が触れても火傷を負う事は無かったと聞きました。もしマイアに火種と同じような火が宿っているなら……」
ジョーゼフは必死だった。マイアの事について少しでも分かる事があるならば何でもよかった。彼女が成長しない事と、胸の炎の関係性。煤が増えている事とマイアに因果関係はあるのか。マイアは普通に暮らせるのか。
どれか一つでも少しでも分かればいいと思っていた。
しかしヘンリエッタの口から出た言葉はそれらとはまた違う話だった。
「アンタの娘と関係あるかは分からないけど、かつてのヴァヴラッシェの王レイムは、死体も煤になった姿も見つかってないんだってねぇ」
「この国の……王様がですか」
「もし、もしもだよ。レイム王が火種の炎に焼かれても、人ならざる者になってまで生きているんだとしたら、アンタの娘もただの人間ではないかもしれないね」
ヘンリエッタから聞いた事、何か手掛かりになるかどうかは情報が少なすぎてジョーゼフには理解が追い付かなかった。
火に焼かれても生きている人間など存在するのだろうか。
ジョーゼフはヘンリエッタから聞いた事をマイアに話す事は無かった。
更にそれから数年経とうとしていた。マイアは相変わらず成長の兆しを見せる事は無く、日に日に煤たちもその数を増していった。
そこで遂に目を向けられたのがジョーゼフだ。マイアを家から出さない事を不審に思った集落の住人達は、マイアが煤を引き寄せる要因なのではないかと疑い始めた。
何とか数週間は住人達をいなしつつ過ごしてきたが、惨劇というのは突然やってくる。
ある日、住人達が騒がしいと思い、ジョーゼフが外に出る。そこで見た光景はあの炎に包まれた街よりも惨い光景だった。
数多の煤が集落に雪崩れ込んで来たのだ。
煤は集落の住人を構わず引き裂き、熱を喰らい、その熱を失った人間の死体はまた煤となり、まさに地獄だった。
一匹の煤がジョーゼフを見るや否や、その熱を奪おうと走り出す。一匹が見つけた獲物を逃すまいと、次々と煤が我先にと襲い掛かってくる。
ジョーゼフは慌てて家の中に入り鍵を閉めるが、家の周りはあっという間に煤に取り囲まれた。
ドアに簡素なバリケードを張るが、奥の部屋でガラスの割れる音がした。
「マイア!」
「おとうさんたすけて!」
煤は最初からジョーゼフを狙っていたのではない。家の中から見えるマイアの熱を求めてやってきたのだ。
マイアの熱は集落の外にいる煤達にも見えていたらしく、この集落全体にいる煤達は、マイアを探しているのだ。
ジョーゼフは決死の覚悟でマイアを抱きかかえ家を飛び出した。
大勢の煤と自分の脚とどちらが勝つかはわからない。最悪マイアだけでも逃がす事ができればそれでよかった。
外は雨が降り出していた。
集落の外の林を走りながら、熱を見失った煤達の勢いが弱まっているのを感じた。
しかしその矢先、一匹の煤がジョーゼフの背中を引き裂く。
後ろからの一撃の勢いで、ジョーゼフは抱えていたマイアを放り出して転んでしまう。するとたちまち、複数の煤が覆いかぶさるようにジョーゼフにたかり始める。
煤で視界が真っ黒に塞がれてしまいそうになる前にジョーゼフは叫ぶ。
「マイア!!行きなさい!!」
「おとうさん!」
「行きなさい!!早く……!!」
煤の意識が自分に向いているうちにとジョーゼフはマイアに叫んだ。その意図を汲んだのか、マイアも何も言わずに走りさった。
ものの数秒後、ジョーゼフは痛みと絶望と焦げ臭い中でその意識を手放した。
ジョーゼフがその後どうなったかは誰も、マイアさえも知る事は無い。
ガバガバ文章許してください!お願いします!何でもはしません!
とりあえず頑張って続きを描きます
いつの日か、世界を救うと信じて(ノムリッシュ)