プロローグ
北の古い国、ヴァヴラッシェ。
この歴史ある国には、神に与えられし特別な『火種』を用いる事によって、人々の生
活が成り立っていた。
その昔、人々は自然の力を利用して火を起こし、生活していた。
木と木を擦り合わせる事によって起きる熱、石同士をぶつけて起こる火花。それらが
人間たちの火の源であり生活の基盤だった。
しかし人間たちをある災害が襲った。300日の間、絶える事の無い雨が国全体に降
り注いだのだ。
雨で地盤が弛み、各地では土砂が流れ込み、川の増えた水が足元に流れ込み、湿った
木では火が起こせず、また火打石で火を起こしても濡れた薪ではどうしようもなかった。
そこでそんな人間たちの不運を見た神は、慈悲か気まぐれか、人々に『火種』を与え
た。
火種は濡れても風に吹かれても決して消える事は無く、人々を煌々と照らした。
この火種は人々の希望の火、『人の火種』と呼ばれた。
神はこの火種を与えた際、一つだけ条件を出した。
それはこの火種を使って争いをしない事。
ヴァヴラッシェの王はその条件を快く飲み、永劫守っていくと神に誓った。
――――――――はずだった。
それから数百年後、火種によって人々の生活や技術は発展した。
火力の調節や燃えやすい物質の研究が進み、様々な火を使う道具が開発された。
まず最初に移動手段である車が発明され、次は武器が発明された。
すると今後は人々はその道具を使って他の国への略奪を始めた。
武器や車に使われる火は、いずれも火種を利用するものだった。
ヴァヴラッシェの王は火種を利用して悪さをする人間が出る度に裁いた。しかしそれ
でも火種と道具を使って悪さをするものは絶えなかった。
果てには国の更なる繁栄を考え、火種を争いに利用する事を助長する者まで現れた。
そしてある日、深夜に城の者が皆寝静まった頃、城に保安されている火種を盗もうと
忍び込む者がいた。
その者は火種が入れられた盃を持ち出したが、城から出ようとした瞬間、盃の中で揺
らめいていただけの火種が業火に変わったのだ。
盗人はその場でたちまち炭の様になり、その後の火種は城中に燃え広がった。
騒ぎで目を覚ました王は、その惨状に目を疑った。
すでに城下町に燃え広がる火種。人々の悲鳴。燃え崩れる建物。まさに惨劇。
火の手は王の目前まで迫っていたが、王を燃やす事は無かった。
しかしその火は王に語り掛けるのだ。
「ヴァヴラッシェの王レイム、貴様は私の言いつけを守らなかった。火種を争いに使った。
情けはここまでだ。この国諸共燃え尽きるがいい」
夜が明ける頃、王レイムは木が軋むような音で目を覚ました。最初に目に入ったのは自信
の手だ。まだ僅かに赤く燃える、炭のような手。
火は王を殺す事は無かった。
しかし王以外の城の者は全員、燃え尽きて白くなった炭の様になっていた。
火種があった場所に行くと、そこには逆さになった盃と、小さく揺らめく火種の一部。
王はその火種を特別な容器に入れると、旅支度を始めた。
彼はこの火種を、火を受けた国の王として、王の責任として、神に還す事を決めた。
煤の王レイムの、長く悲しい旅がここから始まる。