昼休み
「和希っ!」
「そのままシュートだ!」
昼休み、稜介たちに誘われてバスケをすることになった。
相手チームのリングめがけてドリブルする。
シュートを妨げようと僕の前に立ちふさがる人たちを、楽々とかわす。シューズと床が擦れてキュッ、と音が鳴った。
視界の隅に映るクラスの女子が、目をキラキラと輝かせて、ずっと試合を見ているのが気に食わない。稜介目当てで来たのがバレバレだ。応援してるつもりなんだろうけど、こっちからしてみれば大迷惑だ。そんなことを思っているのは僕ぐらいだろうけど。
「和希ー! 決めろよー!」
試合に集中しないと
相手チームが目の前にいない隙をついて、僕はリングに向かってシュートを放った。
ボールが、リングに上から吸い込まれるような軌道を描き、綺麗にシュートが決まった。ポスッ、という音が気持ちいい。
「和希、ナイッシュー!」
自分のチームからの歓喜の声。
満面の笑みで両腕を上げてきた稜介とハイタッチした。
その瞬間、背中に突き刺さる冷たい視線。試合を見ていた女子たちからのものだろう。
嫌とか悲しいというより、少し勝ち誇ったような気分になった。
「バスケはやっぱり、和希の方が上手いなー!」
稜介が肩を組んできた。
「それに、どんなにシュートが決まっても、浮かれないで冷静でいる和希もすごいと思うよ!」
悪意はないのだろうけど、少しだけ、傷ついた。
やっぱり、僕は無表情なんだなぁ……
改めて突き付けられた現実。
ふと時計を見ると、予鈴が鳴るまであと5分だった。
床に転がっていたボールを拾い、ボールカゴに投げ入れた。
「あっ。もうこんな時間か。……やっべぇ、何も準備してない!」
焦ったような声を上げると、稜介は走って体育館を出て行った。
女子たちの横を通り過ぎる際、リーダー格の人――確か、名前は須藤と言っただろうか。彼女と目が合った。途端に、鋭くなる須藤の目。僕も、少しだけ目をキュッと細くした。
体育館を出て、そこと校舎を繋ぐ渡り廊下を歩く。
そういえば、次の授業は英語だ。先生が、プレゼンをするから二、三人でグループを作って何について話すか決めろって言っていたけど、誰とも組んでいない。いつものことだから、特に焦りはしないけれど、きっと先生に迷惑をかけるな。
何について話そうか……
教室までの道のりで、何にしようかと考えていたら、誰かに後ろから声をかけられた。
驚いて振り向くと、図書館の本を数冊抱えている和花がいた。
「バスケ、どうだった?」
自然と僕の隣を歩く和花に驚いていると、そう尋ねてきた。
知っていたのか
図書館に行くのに、体育館の前は通らないはずだけど……気にしないでおくか。
「……っ、…………」
『シュートを決めたんだ』と言おうとして、喉仏が動く。しかし、出たのはヒュッという、狭い喉を空気が通る音だけだった。
何も答えない僕を見て、和花は悲しそうに微笑んだ。
僕は下唇を噛む。
「あっ。英語のグループ、メンバー決まった?」
首を横に振ったら、じゃあ、と続ける。
「私と組む?」
僕の脚の動きが止まる。
聞き間違え、かな……?
「いっ、嫌だったかな!? そうだったら、その……なかった、ことに……」
なぜいつも、僕が反応しなかったらネガティブな考えをしてしまうんだろう。反応しない僕がいけないんだけど。
どうやって伝えようか
和花の誘いを断るはずがない。
一緒のグループになりたいということを、どのように伝えよう。
「和希。ねぇ、行かないの?」
疑問形だったが、質問というより、急かしているような口調だった。
あっ……
校舎の外を見て、僕はすぐに反対方向に向かって走り出した。
「かっ、和希!? 待ってよ、どこに行くの?」
ついて来れば分かるよ
そう言いたいけれど言えないもどかしさを感じながら、走る。
先ほど通った渡り廊下の脇を降りて、校庭に入った。僕の学校は、体育館のすぐ目の前に校庭がある。
「和希、どこまで行く気?」
そこまで遠くに行くつもりはない。ただ、ある程度の砂があれば……
いいところを見つけたので、僕はその場にしゃがみ込んだ。
「和希……?」
和花も、僕の隣にしゃがむ。
木の枝を拾い、地面にこう書いた。
『よろしくお願いします』
和花の顔を見ると、きょとんとしていた。
ウソでしょ……
その下に、書き加える。
『英語のグループ』
「ああー!」
やっと理解したらしく、嬉しそうな顔をした。
「そういうことね! もちろんよ! あ、もう一人いるんだけど……いい?」
それは初耳だ。
でも、確かに和花が一人でいるはずがない。
我慢するしかないな
和花と同じグループになるためだ。
僕は渋々うなずいた。
「よかった! じゃあ、りっちゃんに言っておくね!」
りっちゃんって誰だ?
和花以外の女子の名前やあだ名を気にしたことがない。だから「りっちゃん」と言われても、僕にはさっぱりだった。
「……って、授業に遅れる! 急がないと!」
まずい……!
僕と和花は、走って教室を目指した。
こういう何気ない瞬間が、僕にとっては最高な一時だということを、彼女は気づいているのだろうか――