心の変化
梨沙視点です
高橋 和希。気に入らない。
同じクラスになったのは今年、高校二年になって初めてだけど、あたしは去年からコイツのことは知っていた。ちょっとした有名人だったし。
一度も話したことがない男。何を考えているのか分からない男。
まさか、そんなヤツがいるわけがない。
あたしは最初はそう思った。
だけど、いた。本当にいた。
初めてアイツを見かけた時、微動だにしないでボーッ、と黒板を眺めていた。あんな話を聞いた後だったからか、なんだか少し不気味だと思った。
そのときからだろうか。アイツを毛嫌いするようになったのは。
本当に、理由なんてない。気がついたら、嫌いになっていた。
そんなおかしなヤツなのになぜか、中学から一緒の和花と、アイツと同じクラスの人気者、川田 稜介くんは、毎日アイツと仲良く話している。……いや、一方的に話しかけている、のほうが正しいかな? 高橋は話さないんだし。
あたしは一度、和花に尋ねたことがある。
「ねぇ。なんでそんなにアイツに構うの?」
「アイツ?」
「高橋だよ。高橋 和希」
ああ、と和花は言って、にっこり笑った。
「だって和希は優しいもん」
「そういうことじゃなくて」
というか、“和希”って呼び捨てで呼んでるし。少し気に食わない。
「アイツに話しかけてるの、和花と川田くんぐらいだよ? それに、和花はアイツとクラスが違うじゃない」
和花は一組、高橋と川田くんは二組、そしてあたしは三組だ。
わざわざ違うクラスの、よりによってアイツに話しかける意味が分からなかった。しかも、和花は異性に対して人見知りするから、さらに不思議だった。
「後悔、したくなくて」
開けかけた口を閉じる。和花が困ったように笑うから、あたしは何も言えなかった。
「……何の後悔?」
迷った末に、あたしは聞いてしまった。
「昔の。小学生ぐらいかな。同じことは、もう起こしたくないの」
和花がお人好しだと言うことは知っている。
中学のときから、自分は全く関係ないとしても、他人の苦しみや悲しみを背負ってきていた。
あたしは何もすることができず、何かしたいと思っても何をしたらいいのか分からなくて。ただ今までみたいにそばにいることしかできなかった。
小学生のときの後悔。
一体何なのだろう。
「まぁ、害はないんだから。りっちゃんも話しかけてみなよ。ちゃんと反応してくれるよ?」
いつもの調子で和花は言った。
いや、少し彼女の笑顔に陰があるような気がする。
「絶っっっ対に嫌!!」
だけど、私はこれ以上聞いてはいけない気がして、和花の陰には気が付かなかったフリをしてしまった。
「そんな断固拒否しなくても……」
和花は、困ったように笑った。
誰があんなヤツに話しかけるか。アイツとは、関わりたくもない!
そう、思っていたのに――
どうして、こんなにもドキドキするんだろう。
どうして、こんなにも胸がきゅん、と痛くなるのだろう。
この気持ちは、一体……?
……いや、ちゃんと分かっている。
だけど、認めたくない。
自問自答したあたしは、自分の拳をぎゅっ、と握りしめる。
高校二年になって、高橋と同じクラスになって。
最悪だ。そう、思った。
そして、二学期になって少ししてから行った席替えで、なんとアイツと席が前後になってしまった。
ついてない自分を恨んだ。
さらに、英語の授業でやるプレゼンでは、本当は和花と2人でやろうと思っていたのに、お人好しの和花がアイツを誘った。
和花が必死だったから、思わず承諾してしまったが、すぐに後悔した。
「あっ、ごめん、和花。原稿忘れた」
「え!?」
そのプレゼンで、あたしは緊張していた和花に、ちょっとウソをついてみた。
緊張をほぐそうと思っていたのだが、違うウソにすればよかったかなって、やったあとに思った。
「何その顔。机に、だよ」
「ああー、なんだ……びっくりさせないでよー」
「ごめんごめーん」
あたしは軽く笑って、原稿を取るために自分の席へ戻ろうとした。
高橋と一瞬合った目。
その直後、高橋は川田くんの方へ寄った。
高橋は何をしてもムカつく。理不尽だとは思うけど、ムカつく。
そう思った時、足に何かが引っかかった。それを確認する間もなく、あたしの体は前のめりになる。
「きゃッ……!」
反射的に出る声。
最悪。みんなの前で転ぶなんて、ホント最悪!!
そう思いながら、あたしは痛みを覚悟してギュッと目をつぶった。
しかし、
「……ん?」
痛みも衝撃もない。その代わり、全身に人の温もりを感じた。
え、誰?
真横から、バサバサと何かが落ちる音が聞こえた。
何かと思いゆっくりと目を開けると、目の前にあったのは高橋の顔。意外な人物の顔が、そこにあった。
あたしもだいぶ驚いたけど、高橋自身も驚いているのか、キョトンとした顔であたしの顔をジッと見つめている。
今までよく見たことがなかったけど、コイツ目が大きかったんだな。というか、意外と顔が整っている……って何を考えてるのよあたし!!
すぐにハッとしたのか、高橋は私の体から素早く手を離した。そして、床に落ちていた画用紙と模造紙を拾い上げて、早足で黒板の前に行ってしまった。さっきの何かが落ちる音は、あの画用紙と模造紙の音だったのか。
顔が、あつい。
そして、胸がきゅっ、と締め付けられた。
えっ……
待ってよ……
ここ感覚って……
嫌だっ……!
嫌だ嫌だ嫌だっ!!
高鳴る胸。そこが、じわじわと甘い熱に侵されていく。
あたしは自分の気持ちを否定しようとした。
だけど、自分にウソをつくことなんてできない。
自分のこの気持ちを確認する。鳥肌が立った。
だけど、それと同時に、周りの人たちに聞こえてしまうんじゃないかというくらい、胸がドキドキと激しく音を立てた。
「梨沙? 大丈夫?」
近くの席の友だちに声をかけられて、私は我に返った。
「う、うん。大丈夫だよー……」
苦笑して、元気のない声でそう返してから、あたしは原稿を手に取ると黒板の前へと足を向けた。――高橋のいるところへと。
嫌でもそう考えてしまった。
また心臓が激しく脈打ち始める。
これは、本人に直接文句を言わないと……!!
あたしは高橋をキッ、と睨みつけながら、自分の下唇を噛んだ。




