過去
春。
つい先日あった入学式には八分咲きだった桜達もすっかり満開で、辺りをピンクに染め上げていた。
そのせいか、いつも通りの生徒達の姿も何となく、浮き足立って見える。
まぁ、実際、新しい学年、クラスになって、浮かれている奴らは多い。
そんな中、人気のない裏庭の、唯一桜の咲かない木の下で、1人菓子パンをかじっている俺は、割と、異質な存在だ。
いや、誤解のないよういっておくが、俺だって、飯を共に食う奴ら位いる。そいつらを友達というのかは疑問だが。
ただ、今日は1人で食う気分だっただけだ。
この木は、かなり古く、俺が入学する三年ほど前から、桜が咲かなくなってしまったらしい。その時、伐採してしまおうか、という話も出たらしいが、当時の職員、生徒達、近所の人達の反対声で、残されることになったのだ。
だけど、それも昔の話。
今では誰も滅多に寄り付かず、半分、存在を忘れられている。
という訳で、1人になるのには絶好の場所だ。
そう思って、のんびり菓子パンをかじっていると、後ろから足音が聞こえた。
「あのー、、、、って、りお先輩?」
誰だよ。
「りお先輩。お久しぶりです」
1人の時間を邪魔されたイライラを抑えて、顔を上げると、そこには、真新しい女子制服に身を包んだ中学時代の後輩、火野雫が立っていた。
「火野?」
俺が名前を呼ぶと、少し照れたように微笑んだ。
あの頃と変わらない火野に、あの懐かしく、忌々しい記憶が蘇りかけ、慌てて、笑みを浮かべ、口を開く。
「久しぶりだな、火野。お前はてっきり内部進学でそのまま、間波学園にいるんだと思ってたよ」
すると、火野は少し顔を赤らめた。
「、、、、、、りお先輩がここに入学したって聞いたから」
「え?」
驚く俺に、慌てたように、火野は続けた。
「いや、それで興味を持っただけで、進学の事とか色々条件に合いましたし、それに、、、、」
「それに?」
途中で途切れた言葉を促すと、火野は俯いて小さく呟いた。
「間波学園には、残り辛くて、、、。他の生徒会の子達も外部に行きました」
あぁ、聞かなきゃよかった。
本当に、俺は、人に迷惑しかかけられないようだ。
「、、、そうか、お前らまで巻き込んで悪かったな」
俺の言葉に、気まずい空気が流れる。
その事に更に気まずくなって、俯いたその時。
「やぁ、月城君、それに火野。久し振りだね」
最も聞きたくない声、水月学院高等部生徒会長であり、俺の過去のトラウマの元凶とも言える人物、西宮昂征だ。
「ゆき先輩、、、」
心なしか、火野の声も震えている。
ダメだ。これ以上、火野に迷惑は掛けられない。
俺は、とっさに火野を庇うように立ち上がり、西宮と向き合った。
「会長、何かご用ですか?」
「嫌だなぁ、そんなに警戒しないでよ。今日は、火野の方に用があるんだ」
「私ですか?」
西宮は、俺の後ろの火野を真っ直ぐに見つめ、言った。
「生徒会に入らないかい?」
「え?」
西宮の突然の誘いに戸惑う火野。そんな火野にお構いなく、西宮は更に続けた。
「火野は優秀だ。そんな君と高校でも一緒にやっていきたいと思ったんだけど、駄目かい?」
火野が、ゴクリと唾を飲み込む音がやけに響いた。
「、、、、、、すいません。私は、生徒会に入る気はありません」
「理由は?」
「怖いんです、ゆき先輩が。りお先輩を追い詰めて、あんなに雰囲気の良かった間波学園を一瞬で変えてしまった貴方が。私はりお先輩に憧れてここに来たのに、貴方につく事なんて出来ませんから」
「火野、、、」
火野は、引っ込み思案だけど、いざという時、しっかりと気持ちを伝えられる。伝える信念がある。
俺にもそんな強い気持ちがあれば、ゆきを止められたのだろうか。
「あーあ、せっかくチャンスをあげたのにね」
ゆきの声に意識を戻される。ゆきの口は怪しく弧を描いているのに、目は敵を睨む肉食獣のようだ。
まずい。咄嗟に、いつの間にか前にいた火野の腕を掴み、後ろに戻す。
「火野雫。君に地獄を見せてあげるよ」
冷たい声は大して大きいわけでもないのに、辺りにやけに響いた。