変人
授業が始まると、岡水は席に着いて、真面目にノートを取っている、、、のではなく、何故か、机に足を乗せ、エロ本を読み始めた。岡水の隣の席の女子なんかは、耳まで真っ赤でちょっと同情してしまう程だ。
「岡水! お前、授業中になんてもん読んでんだ!!」
問題を解く時間になり、担当教師が教室内を周っているところで、案の定見つかり、取り上げられる。すると、岡水はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「You had sex with the woman except the wife yesterday.」
「、、、は?」
怒っていた教師は、今の英語を聞き取れなかったらしく、何やら考え込んでいる。補足だが、この教師は英語の教師だ。発音が酷く下手ではあるが。
というか、このイケメン転校生、公衆の面前でよく恥ずかしげもなくこんな事が言えるな。
俺は、日本語に訳すこともしたくない言葉を、無駄にネイティブに話す岡水に軽く尊敬の念すら覚える。いや、決して真似はしないが。
「すいません、先生の授業があまりに低レベルで。せめてもう少し、マシな発音で読んでください」
岡水の嫌味としか取れない言葉に対して、ぐうの字も出なくなった教師に、教室でクスクスと笑いが起こる。教師は気まずそうに岡水から目をそらすと、すぐ後ろの席の俺に目を留めた。
「月城!、ボーっとしてないで早く問題を解け! そんなだからいつも欠点ギリギリなんだ!!」
「あ、はい」
うぜー。慌てて問題を解くフリをしながら、再びエロ本を読み始めた岡水を観察する。そして、これから面倒な事が増えそうだと、内心溜息を吐いた。
この時、俺はまだ知らない。これはまだまだ序の口だという事を、、、。
次は休み時間の事。
クラスの奴らが、よくある転校生への質問という目的の為に岡水の席を囲もうとした時、突然、廊下で、ピーーー!!と甲高い音が響き渡った。驚いて全員が、一斉に音のした方を見るが誰もいない。何故なら音の発信源はすでに移動していたからだ。
「純真せんぱーーい!!!」
いつの間にか、1人の活発そうな少年が満面の笑みで岡水に後ろから抱きついていた。その様子はまるで、大好きな飼い主にひっつく柴犬のようだ。そして、抱き着かれている岡水は、素知らぬ顔で、今度はスマホで何やらリズムゲームに向かっている。そんなカオスと言うべき空間に、とうとう耐えきれなくなったクラスメイトの1人が岡水に声をかけた。
「お、岡水ー、こいつ、、、誰?」
岡水は顔はスマホを見たままで、「後輩」と短く答えた。それに不満を持ったのは、どうやらその後輩のようだ。
「純真先輩! そんな適当な紹介しないでくださいよー」
「自分のことは自分で言え」
またも、短く言う岡水だが、彼は気にすることなく、「はーい」と手を挙げた。
「今日、純真先輩と一緒にこの水月学院高等部に転入してきました、一年A組の金本壮吾でーす! 先輩の愛しい後輩ちゃんとは俺のことっす!! 先輩に手出した奴は、まぁ、、、ね? ってことでよろしくお願いしまーす」
教室には微妙な空気とチャイムだけが漂っていた。
そして最後は昼休みの事である。
「、、、で、この東棟が特別教室が集まっている棟」
本来なら、クラスの比較的よくつるむ奴等と適当に昼飯を取っている時間に、なんの因果か俺は、岡水に校舎案内をしていた。
「へー、この学校は広いんだね」
「まぁ、割と田舎だからな」
つまんない奴と絡まないんじゃ無かったのかよ。内心毒を吐きながら、相槌を打つ。
まぁ、この棟の説明をすれば終わるんだ、そう思って説明を続ける。
「ここが第1音楽室、隣が第2音楽室で、向かいが美術室と技術室になってる。で、その奥は準備室で、まぁ、物置みたいなもんだから省くな。次は二階、、、、、、」
「ねぇ」
振り返ると、岡水は、朝と同じ何かを見透かすような目で不敵に笑っている。思わず惚けてしまっていたのを取り繕うように、慌てて笑みを作った。これで大抵の人間は話題を変えてくれる。しかし、俺は失念していた。こいつはそこらにいる、大抵の人間に当てはまらないことを。
「君、しんどくないの?」
その言葉で、俺は直感した。こいつは俺の演技に気付いていると。しかし、この程度で狼狽えるわけはない。そんな事ではアイツと会話をして平静さを保てるわけがないのだから。
「何がだよ」
拒絶を混ぜて発した言葉は残念ながら、軽くいなされてしまった。どうやら中々の強者らしい。いや、何となく分かっていたけど。
1人で俺が考えている間、岡水も何か考えていたらしく、1人で頷くと、手を差し出した。
「僕の仲間になって、革命を起こさない?」
「、、、、、、革命?」
頭大丈夫か?こいつ。素直にそう思った。大体、革命ってこいつの頭の中は中世ヨーロッパにでも飛んでいるのだろうか。いやいや、落ち着け、俺。こいつのペースに巻き込まれてはいけない。
「悪いけど、お前の言ってる事の意味が分からない。他をあたってくれ。」
そう告げると俺は、これ以上、岡水が何か言う前にと、その場を逃げるように立ち去った。