サクラ桜
私は、サクラ。春に咲く、桜の木。
姿は桜ではないの。ピンクのワンピースを着ているの。
それでも、私は桜の木。決して、ふざけてなんかない。
彼女と、私は、繋がっているの。
春になると、みんなで花見をするの。彼女が喜ぶ、そしたら私も喜ぶの。
夏になると、太陽が眩しいの。彼女が私を日陰にいれてくれる。私は微笑んだ、そしたら彼女も微笑むの。
秋になると、彼女が紅葉に染まるの。綺麗だね、て彼女を褒めるの。彼女が嬉しがる、そしたら私も嬉しいの。
冬になると、枝が寂しくなるの。雪が降ると、寒くなるの。私が寒がる、そしたら彼女も寒がるの。
私は彼女で、彼女は私。嬉しいことも、悲しいことも、全部が全部同じで、お互い分かり合っている。
でも、あの時は違かった。
次の春のこと。今年もみんながやってきて花見をしたの。
彼女もね、私もね、喜んでいたの。けれどね 、花見が終わると悲しんだんだ。
それはね、ゴミが捨てられていたの。
ゴミ袋に空き缶、紙くず……とにかく、酷かったの。
その光景に、私は悲しくなったのに、彼女は何故か悲しそうにしてなかったの。
悲しくないの?、て私は聞いてみたの。けど、彼女はこれっぽっちも「悲しい」なんて言わなかったの。
だから、私は気にしなかった。だから、私は何も言わなかった。
でも、やっぱり、彼女は悲しんでたの。夜中に、涙がすする音が聞こえて。
けれども、ゴミが捨てられるのは、後が絶えなかったの。
どんどん、ゴミは増えていって。春だけでは終わらなくて。
私は何度も言ったの、ゴミを捨てさせないようにしよう、て。けど、また彼女はそれを拒んだの。
なぜか、なんて知らない。だって、同じ桜の木だけど、同じであって同じじゃないから。
気がつく頃には、彼女の根元は見えなかったの。山のように埋まったそれに、被さってしまって。
この頃からだった。彼女と話すことができなくなったのは。
いくら声をかけても、返ってこなくて。いくら揺さぶっても、なにも音がしない。
そんな彼女を見ていると、なぜか、私のせいだと思ってきたの。
私がもっと早く、説得していれば。もっと早く気づいてあげれれば。
でも、気がついた頃にはもう遅くて。もう私は何もできなくて。
私は泣いたの。これまで隠していたのに、もう抑えられなかったの。
悲しくて。苦しくて。辛くて。もう、消えてしまいたいくらいに。
その時だったの。彼女に近寄っていった影を見たのは。
どうせ、またゴミを捨てにきた人間だろう、そう思っていたの。
だからあえて、訊いてみたの。彼女をこんなにした人間は、どういう考えをしているかを。
あなたもココに捨てにきたの?
涙を拭って、拳を強く握って、言ったの。
その影は、振り返ると、私を見て体を跳ねさせたの。瞬間、空き缶の落ちた音がしたの。
やっぱりね。
言葉にしない代わりに、おもいっきり睨みつけたの。
返事を聞かなくてもわかっていたの。どうせ、どうせみんなそうなんだって。
けど、彼は変だった…いや、違かったの。
捨てたはずの空き缶を拾って、ポケットから出したビニール袋に入れたの。
それで終わりかと思ったら、彼女に捨てたゴミも、入れ始めたの。
最初は、何かの冗談かな、と思って、見ていた。けど、彼の手は止まらなかった。
次々、ビニール袋に入れて、膨らんだら、またもう一つのビニール袋に入れるの。
その光景に、私は唖然としたの。
なんで?
なんで、この人はゴミを拾ってるの?
なんで?
なんで、掃除なんてしてるの?
なんで?
なんで、彼女を救おうとしているの?
私の頭の中は、?で染まっていた。不思議でしょうがなかった。
彼女のことを一番わかっているのは、私のはずなのに。
そしたら、その人が言ったの。これはおれがやったわけじゃない。けれど、同じ人間がやったってことは、おれにも責任がある。何より、この桜の木がかわいそうだよ。
心に槍が刺さったかのようだった。
そう、私は気がついていたんだ。同じ桜の木である彼女が、かわいそうだってことを。
彼女は強がりなの。だから、私の前では強がっていたんだ。私を悲しませないために。
一番、私が彼女を分かっていたはずなのに。
気づけば、私が一番彼女を分かっていなかった。
後悔がのしかかってきた。さっきの涙よりも重い、罪悪感が。
すると、その人が近寄ってきたの。怒られる、どうせこんな私は怒られるんだ。
けど、やはり外れた。影から顔を出した青年は、私の手をつかんでこう言ったの。
お前も手伝えよ。見ているだけじゃ、どうも解決はしないぞ。後悔をしてるなら、ちゃんとつぐなえ。
青年が分かっていたのは、彼女だけではなかった。私も、分かってくれていた。
何故か、心が温かくなったの。彼女だけが唯一の理解者だと思っていたから。
青年は、手を引っ張った。そして、私は手伝い始めた。
彼女へのつぐないとして。青年への感謝として。
暗くなっていた。泥や汚れまみれになった、私たちの目の前にあったのは、根元まで見えた、桜の木だった。
一回深呼吸をして、お互い目を合わせると、
体の力をおもいっきり無くし、その場に寝転がったの。
やったんだ、私。
達成感が心の底から込み上げてきた。諦めていたことが、できて。一人じゃできなかったことが、二人だとできて。嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
青年にお礼がしたかった。いや、お礼をしてもしきれないぐらいに、感謝したかった。
何かお礼がしたい、なんて言ったけれど、青年はぐっすりと、目を閉じていた。
その、清々しい寝顔に、自然と微笑んでいたの。理由はわからない。
私は、もうずっとこうしていられない。
私には、タイムリミットがあるの。
だから、すぐに済ましたい、という想いが強かったの。
私はお願いしたの。彼女を元気な姿に戻してください、私は消えても構いませんから。
すると、私の周囲から、青緑に輝く粒子が現れたの。その粒子は数が増えていき、周りが見えないほどになったの。やがて、その粒子は、ゆらゆらと彼女の方へ流れていったの。天の川のように綺麗だった。彼女に粒子が溜まると、竜巻のごとく、回りだしたの。だんだんと速くなって、頂点になると、粒子が周囲にばら撒かれた。粒子の後に目に焼きついたのは、これまで見たこともないほどに、綺麗に桜に染め上がった、彼女の姿だった。
目を輝かせた。美しい、の限度を越えたそれは、とても幻想的で、なにより綺麗で、ずっと見ていたかったの。
けれど、それは叶わない。桜色に髪が変わった私は、だんだんと姿は薄くなっていた。
これが、私がしたお願いの代償。
本当なら、切ない気持ちになるはずなのに、これっぽっちもそんな気持ちはなかった。
青年が喜んでくれたらいいな、て。ただ、ただそれだけを想っていたの。
思うと、桜を見て青年は喜ぶのか?なんて苦笑い。喜んでくれなかったら、ちょっとやだな、て。申し訳ないな、て。
けど、私は今更変えるなんてことは考えてなかったの。喜んでくれなくても、この青年なら、私の気持ちをわかってくれる。と信じていたから。
最後に、消えてしまう最後に。
私は、寝転んでる青年に近寄って。
ありがとう。
これまでにない最高の笑顔をつくって、頬にキスをすると、呼ばれたかのように消えた。
消えた姿から現れた、青緑の粒子が桜の木の上空へ、帰るかのように飛びさった。
それは、突風がやってきたかのように一瞬で、桜の木に負けないくらい美しかった。
月の光で輝きを放つ、桜の木から、ありがとう、と声が聞こえた。